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25歳で社長に抜擢された酒向萌実の思春期をたどる[あのころ君は#001]

vol.060Column

date

category #コラム

writer 今村 亮

これまで20万人以上の10代に”ナナメの関係”を届けてきたNPOカタリバ。そこにはたくさんの知られざるドラマがあります。時代をときめくあの人だって、あのころ隣にカタリバがいた。あのころ君は何を思っていた?

思春期をふりかえるインタビューを今村亮がお届けします。


 

クラウドファンディングで社会をリードするCAMPFIREが、社会課題に挑む事業を分社化するらしい。しかも社長に抜擢されたのは25歳の女性らしい。そんなニュースが流れたのは、元号が変わる少し前、4月のことだった。

CAMPFIREの中でもソーシャルグッド分野は有名だ。渋谷区の子どもたちに無償で学ぶ機会を提供するため1400万円を集めた「スタディクーポン」の事例など、勢いを増しているイメージがある。

すばらしい。このニュースはNPO業界にとっても追い風になるのではないか。

どんな社長なのかチェックしておこう、と何気なくリンク先に飛んでみて驚いた。びっくりしてスマホを落としかけた。

子会社GoodMorning社の社長に就任したのは酒向萌実(さこう もみ)社長。こぼれるような笑顔の写真とともに、そう書かれている。酒向萌実社長。もみじゃないか!

CAMPFIREが社会課題のサブブランドを分社化「いいインターネットをつくる」新社長の本音

「社会をよくしたい」という気持ちはほどほどでもいい。ソーシャルグッド特化型クラウドファンディング会社の25歳社長が考える社会変革へのちょうどいいスタンス

2010年夏の表参道、高校2年生だったもみに私は出会った。カタリバが夏休みに開催した高校生向けプログラムに彼女は参加したのだった。あのもみが、社長になったのか・・・。

そんなタイミングで、この連載の話が浮上した。カタリバに関わった若者たちが、今どんな人生を歩んでいるのか、そのドラマを集めるのだという。それならば。真っ先に会いたいと思ったのが、もみだった。よし連絡してみよう。

大工事が進んで迷路のようになった渋谷駅。直結でつながる巨大ビルのエスカレーターを降りると、そこにCAMPFIRE社があった。遊び心と活気のあふれるエントランスに、もみが現れた。

2019年6月5日(水)、GoodMorning社のオフィスが入るCAMPFIRE社にて

社長になって、プレッシャーはある

酒向:「25歳で社長を任されるということは、もちろん簡単じゃないです。周りは先輩ばかりだし、頼らないとやってられない。わかりやすい話が、オフィスだってCAMPFIREの中に入っているわけだから。まずは仲間集めの段階。今は毎日、採用面接やってます。」

久しぶりに会ったもみは、忙しそうだけれど充実してそうだった。そして編み込みがばっちり決まっている。どうやら単なるIT社長とは違う。彼女の個性やビジョンがにじみでていた。16歳の頃とあまり変わらないように見受けられる。

酒向:「もし社長になっていなかったら、会社を続けられたかどうかわからない。入社して2年、それくらい大変でした。変な会社です。このチャンスを活かすことに今は精一杯です。もちろんプレッシャーはありますよ。」

事業もぐちゃぐちゃ、組織もつくりかけ、走り出したばかりのGoodMorning社。しかしメディアは彼女をこぞって取り上げる。社長である自分に、まだ少し慣れない様子がいなめない。

そんなもみに問いかけた。
あのころ君は、何を感じていた?

「追いつかなきゃ」という焦り

高2の夏、誰がリツイートしたのか知らないが、Twitterのタイムラインに流れてきたのがカタリバだった。

もみが在籍していたICU高校は、学年の三分の二が帰国子女。しかも、芸術・音楽・哲学、何かひとつ突き抜けた特技を持つ生徒が多い。周りと自分を比べて焦っていた頃、校外に世界を広げようと始めたのがTwitterだった。知らない誰かとスマホで会話するのは気休めになった。そしてカタリバに出会った。

酒向:「中学校では英語の成績は一番だったのに、高校だと一番下のクラスになっちゃって。人と違う存在にならないと認めてもらえない気がして怖かった。自分が主役になれるブルーオーシャンはどこだろう、ってずっと探してたんだと思う。」

当時、もみが見つけたのはカタリバと化粧品メーカーとの連携イベント。表参道にあるオフィスに集まって、化粧品を体験したり社員と対話したりしながら過ごすという企画。

何者かになりたい。友達を見返したい。そんな衝動に突き動かされるように、もみはカタリバへ参加した。

化粧品会社のイベントというだけあって、表参道に集まったのはキラキラした女子高校生ばかり。女性誌から飛び出してきたかのようなメイク、つくりこまれたファッション。

そんな中、黒髪で短髪、化粧っ気もなく、シンプルな服装で現れたもみはひときわ目立った。ハードディスクをひっくり返して探したら、当時の写真が残っていた。

左端がもみ、高校2年生

2010年8月、化粧品メーカー「エテュセ」での集合写真

3.11と思春期

その半年後、東日本大震災が起きる。カタリバは存在意義を問われるように、東京のキャリア教育事業から被災地の居場所づくり事業へと踏み出すことになる。

カタリバの主力が東北へと向かう一方、東京に居残ることになったのが筆者だった。東京からも何か支援できることを、と企画したプログラムが「キズナハイスクール」。東北の高校生103人を5泊6日にわたり東京に招き、震災後の未来を考えるスタディツアーだ。

東京からも、もみをはじめ9名の高校生が参加したいと名乗りを上げた。彼女たちもまた、3.11に心を揺さぶられていた。

結論からいうと、この5泊6日はトラブル続きで、それはもう大変だった。東北から集まった103人の高校生の中に、やんちゃな男子グループがいたからだ。

彼らは朝は寝坊で部屋から出てこないし、夜はホテルを抜け出そうとする。気がつけば居眠りし始めるし、ふざけて会場の備品を壊したりもした。震災に向き合って対話しようという、もみたちの理想論は届かなかった。

2日目にはグループごとに、都内各所へテーマ学習へと分かれたのだが、たまたま彼らの行き先が文部科学省だったので冷や冷やした。なんとか高校生スタッフが場を収めてきたらしい。東京と被災地、高校生たちの断絶は日に日に広がるばかりだった

3日目になり、ついにもみは泣き出してしまう。言い合いになった相手は石巻から来た茶髪の男子だった。そのことを筆者は忘れられないけれど、もみはほとんど忘れていた。彼らを理解したい、というもみの想いはひときわ強かった。

酒向:「あのとき私、何で泣いたんだっけ?大泣きだったよね。いろいろ質問してるんだけど、何にも答えてくれなかったんだよね。」

もみは泣きながら語った。なぜ3.11に向き合ってくれないのか。あなたたちは「被災者」なのに。イメージしていた「被災者」と違う。どうして自分たちに向き合ってくれないのか。

ついに4日目、男子たちは語りだした。

足先まで襲いかかってきた津波のことを。家の屋根にのぼって助けを待っていた時間のことを。流されてしまった町のことを。もう二度度会えない誰かのことを。まだ語る言葉をもっていない地方の高校生の、方言混じりの告白に教室はしんと静まり返った。

悪ガキたちの本音を引き出したのは、なりふり構わずぶつかったもみの熱量だった。

酒向:「あの後わたし、ひとりで南三陸と気仙沼に行ったんですよ。高校3年の女子がひとりで東北ですよ。今思うと、ICU大学への内部進学が決まっていた自分は、まわりの受験生とくらべて焦っていたんでしょうね。」

2011年8月、キズナハイスクール 中央で肩を組む悪ガキたち

2011年8月朝日新聞、キズナハイスクール掲載

社会のために仕事をする自分の原点は中学時代

酒向:「実は中学時代、私、練馬区の不良だったんですよ。あの衝撃的な日々があったから、いまこんな仕事をしているんだと薄々感じています。」

もみは次第に、自分の原体験を語りだした。ICU高校に進学する前、中学時代の彼女は不良だったらしい。

酒向:「地元の中学はいじめの巣窟だった。いじめる側だったこともあるし、いじめられる側が回ってくることもあった。どれだけブスって言われたかわからない。」

いじめ・ケンカ・友だち同士の諍い、誰の思春期にも避けては通れない課題だ。多感だった中学生時代のもみは、嵐のような思春期の渦中にいた。

酒向:「しかも先生の理不尽な生活指導が気に食わなかった。ろうかの右側を歩きなさい、生徒会長には男の子がなるものだ、とか。『どうしてですか?』と食ってかかる中学生でした。」

「どうしてですか?」の度が過ぎたのか、もみは先生から煙たがれるようになる。

ある学期末、テストの成績では申し分ないはずの英語に、通知表では思うような評定がついていないことに気づく。いつものように「どうしてですか?」と聞きに行くと、「そういうところだよ!」と先生に怒鳴られる。納得がいかなくて、悔しくて、次第に不信感がつのった。

いつしかもみは、学校で不良のグループと過ごすようになる。授業に出ない日も、放課後に買い食いすることも増え始める。

中でも仲が良かったのは「たまちゃん」という女子。ある日たまちゃんは、家族を自分の目の前で亡くした過去をもみに語った。たまちゃんの痛みを理解したい、友だちでいたい。もみはそう思うようになる。

夜中まで家に帰らない日もあった。そんなとき、もみの両親は必ず自分を探して叱ってくれたけれど、たまちゃんたちの親が迎えにきたことは一度もなかった。もみは次第に、自分と周囲の家庭環境が同じではないことに気づき始めた。

酒向:「あるとき、社会のサトウ先生に『あいつらと一緒にいるといつか恨まれるぞ』と言われたんですよ。それがあまりにムカついたから、社会の授業に出ることをやめました。中学二年生から三年生にかけて、一度も社会の授業に出たことないんですよ。」

どんどん教室に居場所がなくなって、週の半分くらいは保健室で過ごすようになった。保健室の先生が共感してくれたのは救いだった。

そんなあるとき、転機が起きる。

酒向:「中3の春、吉祥寺の街で5人くらいで遊んでいるときに補導されて、警察に反省文を書かされたんです。その作文を読んだ警官に、自分だけ別室に連れ出されて言われたのが、『お前はやっちゃいけない』って言葉。」

中学生のころから、もみは作文が得意。反省文なのに文意は簡潔で、字もきれい。警官は驚いたのかもしれない。

酒向:「そのときは反発したけれど、ルールを破り続けるのはこれで終わりにしようと思った。」

理不尽なルールに我慢しなくてもいい学校へ。お互いの個性と多様性を認められる未来へ。社会の理不尽を解決できる自分になるために。ICU高校を目指して、もみの猛勉強が始まった。

いつしか、地元の友だちとは疎遠になっていった。

がんばったら、あの子に届くかもしれない

GoodMorningの社長になって、数年ぶりに中学時代の友だちからも連絡がくるようになったという。

もみのことを散々「ブス」と言ってきた男子からもSNSで連絡がきたらしい。当時のことを思い出して腹が立ったりもするけれど、中学生ならではの不器用さも少しなつかしい。

酒向:「たまちゃんとは今、連絡が取れません。それでもいいから、どこかで元気でいてほしい。GoodMorningという会社を通して、彼女のような状況にある人も、私のような人も、同じように機会を得られる社会をつくりたい。GoodMorningならば、そんな願いを届けられるかもしれません。」

社会の課題を解決するGoodMorningという会社は、未来を願っている。その原点を少し理解できた気がする。

そういえば高校3年生の秋、もみに突然呼び出された日のことを思い出した。大学での奨学金プログラムに応募するために志望理由書を作成していたもみは、当時の自分に分厚いノートを見せた。

そこには、リベラルアーツ、エシカルファッション、雑誌編集部でのインターンシップ、海外留学・・・、贅沢すぎる大学生活4年間の未来図についてびっちりと書き詰められていた。

シャワーを浴びるように熱っぽいもみの話をひとしきり聞き終わった自分は、こんなメモを残していた。

それは少しワガママすぎる内容ではありましたが、私は不覚にもわくわくしてしまいました。酒向さんを自由自在に4年間、ICUで学問と活動に没頭させることができたならば、未来は何か思いもかけない方法で明るく照らされていくのではないだろうか、と。

あれから8年、自分の予言が正しかったことを時代が証明しようとしている。GoodMorningの若き社長酒向萌実は、始まったばかりである。

 

取材・編集・執筆・写真=今村亮
バナーデザイン=青柳望美

Writer

今村 亮 パートナー

1982年熊本市生まれ。東京都立大学卒。NPOカタリバ創業期からのディレクターとして、カタリ場事業、カタリバ大学、中高生の秘密基地b-lab、コラボ・スクールましき夢創塾、全国高校生マイプロジェクト事務局を手がける。文部科学省熟議協働員、岐阜県教育ビジョン検討委員会委員を歴任。2019年に独立し「ディスカバ!」立ち上げ中。NPOカタリバパートナー。慶應義塾大学にて非常勤講師を兼務。共著『本気の教育改革論』(学事出版)。

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