図書館に“10代の居場所”を開く意義とは?現場担当者、専門家と考える、公共施設における居場所事業の可能性

近年、増加しているいじめや不登校、そして10代の自殺……。その背景にある子どもや若者たちの社会的孤立を解決しようと、2023年12月、こども家庭庁が「こどもの居場所づくりに関する指針(*1)」を策定しました。しかし、実際には持続可能な支援体制が構築されにくいのが現状です (*2)。
カタリバでは2021年に、全国に10代の居場所がある未来を目指す「ユースセンター起業塾」を開始し、民間団体や自治体、企業と連携しながら、約30施設の立ち上げを支援してきました。
また、2024年からはサントリーホールディングス株式会社より寄付を受け、図書館などの公共施設を利用した居場所づくりにもチャレンジしています。
こうした背景のもと、2025年4月に「10代の居場所EXPO」を開催。2025年4月18日の第1弾「10代の居場所 in 図書館ー公共施設を活用した持続可能な10代の居場所の実践と展望」では、図書館内の10代の居場所の実例から、公共施設における居場所事業の成果や課題、今後について考えました。
図書館の担当者、現場スタッフ、専門家が登壇したイベントの様子をレポートします。
*2:こどもの居場所づくりに関する調査研究 報告書概要 こども家庭庁
図書館に10代の居場所が開室
半年間の実証事業で見えてきたニーズと課題
子どもの居場所の必要性が広く認知されるようになる中、ユースセンター起業塾では図書館など既存の公共施設が10代の居場所としての機能を担う方法を模索し始めています。
2024年10月~2025年1月には株式会社図書館流通センターの協力により、東京都杉並区にある宮前図書館の一部を活用して子どもの居場所をつくる実証事業を実施しました。
イベントの冒頭では、カタリバユースセンター起業塾事務局の野村美里が、同実証事業が企画された背景について説明しました。

「カタリバでは10代の居場所について、『その可能性を伸ばし、その揺らぎを支える場』と考えています。図書館の空間やコンテンツは、個々が思い思いに過ごせたり、“好き”や“やってみたい”を見つけたり、それを探究したりといった10代の居場所の価値と親和性が高いのです」(野村)

図書館にとっては、「子どもの居場所づくりを」という国や自治体からの要請に応えられるだけでなく、図書館の課題となりがちな10代の子どもたちの来館数や図書の貸出件数を増やしたり、地域インフラとしての価値向上が期待できたりなどのメリットもあると考えられます。

中高生を対象とした宮前図書館の「TEENSルーム」の開室準備が始まったのは、2024年8月。カタリバはこれまでの知見を生かしながら、居場所の空間や取り組みの設計を支援してきました。10月の開室から3カ月間はカタリバのスタッフが現場の運営に関わり、次の3カ月は図書館の司書、ボランティアの方々に運営を引き継いでいきました。
宮前図書館は3階建てで、1・2階に図書コーナー、3階には読書や学習のための読書室、講座室があります。実証期間中は、TEENSルームは空いている時間の多い講座室を利用し、月、水、土に開室しました。
自習や交流のためのスペースを提供し、子どもたちはおしゃべりをしながら学習したり、コミックやボードゲームなどを手にくつろいだり。スタッフは、その姿を見守るほか、子どもたちからの悩み事や進路の相談に乗ることもありました。
宮前図書館TEENSルームの様子
宮前図書館は周辺に小中学校があるため、もともと中高生の利用率が高く、試験前には読書室で自習をしに来る中高生も数多く見られました。こうした中で、宮前図書館館長の小野貴士氏は、「私語厳禁の読書室以外に、話しながら学習したり、グループワークができたりする場所があってもいいのでは、と考えていた」と言います。
「実際に、TEENSルームはグループ学習のニーズを持つ子どもたちに特に喜ばれ、もっと開室してほしいという声も届いています。ただ、図書館員の中には『TEENSルームは図書館や図書館員がやる仕事ではないのでは』『中高生とどう接すればいいのかわからない』と話す者もおり、難しさも感じています」(小野氏)
現在、毎週水曜日に開室しているTEENSルーム。担当者である司書の須藤凛花さんは、中高生の呼び込みにも課題感を感じています。
「講座室は場所が奥まっているためポスターやチラシだけでは気づきにくく、またSNSでの告知も利用者の年齢制限により届かないケースもあり、集客には苦戦しています」(須藤氏)
それでも「中高生と直接話せる場があることで、ニーズを捉えることができるようになった」と須藤氏。実証事業を通して、図書館の利用者が増え、図書館が地域の情報ハブとなっていくためにも、10代の居場所づくりは重要な役割を果たすだろうと話しました。
多様化、複合化する図書館で
あらゆる人が共存できる居場所を実現するには

イベントの後半では、子ども・若者の体験活動や居場所の研究・実践・政策に関わってきた文教大学人間科学部准教授の青山鉄兵氏、全国各地の図書館運営を受託する株式会社図書館流通センターの長田由美氏、宮前図書館での実証事業を推進したカタリバの米田瑠美が、実証事業を振り返りながら図書館における10代の居場所について考察しました。モデレーターはカタリバの藤原幹太が務めました。
最初に青山氏は、「図書館における10代の居場所は、10代の居場所を増やすという意味でも、図書館と地域との接点を作るという意味でも意義深い」と実証事業を振り返りました。その上で議論されたのは、図書館だからこそ提供できる居場所の“質”とは何かということ。
長田氏は以前から、家庭、学校、友人関係などに行き詰まりやすい10代にとって、多様なコンテンツがあり、なぜここにいるかを問われない図書館は居心地がよく助けになるはずだと考えてきたそう。
「私自身が図書館員をしていた時期には、図書館と縁遠いタイプの子にも使ってもらえるよう声をかけていました」(長田氏)
米田は実証事業を通して、自習室があるだけでは出会えない中高生とTEENSルームでつながれた、という実感を持っていました。
「にぎやかな中で学習したい、グループで学習したいというニーズを持った子たちだけでなく、ふらりと立ち寄った子がふとした瞬間に進路相談を始めたり、悩みを打ち明けたりする場面も多く見られ、10代には大人に関わりたいという潜在的なニーズもあると感じました」(米田)
しかし、全世代が利用でき、読書やリファレンス、学習といった機能を持つ図書館で、10代の居場所を作ることには難しさもあります。例えば、TEENSルームには「中高生の声が騒がしい」という意見も届いていました。
「居場所づくりには、ターゲットだけでなくあらゆる人の居心地がよい空間を作るという視点が重要です。ゾーニング(空間の区分)や建築的な工夫をしたり、時間帯で区切ったりなどの工夫をする必要があります」(青山氏)
アメリカや北欧では図書館がコミュニティセンター的な機能を持っていることも多く、フィンランドのヘルシンキ中央図書館「Oodi(オーディ)」では、音を吸収する技術を使い、図書室と同じフロアにベビールームや寝転んで読書できるスペース、カフェなどを併設し、あらゆる世代の人たちが思い思いに過ごせる空間を実現しているのだそう。
「“居場所”というとにぎやかなイメージがありますが、静かな場を居場所としたい人もいますよね。不安定な10代は特に、一人でいたいとき、何もしたくないときもあるはず。むしろ図書館は、にぎやかな居場所だけではなく静かな居場所を提供できる場所なのではないでしょうか」(青山氏)
「中高生がTEENSルームを学習の息抜きの場として利用していることもありましたし、TEENSルームで遊びを通して異なる学校、異なる学年の子たちが偶然つながる場面も見ました。中高生とは別の部屋で資格の勉強をしていた大人との交流が生まれたことも。図書館がさまざまなニーズに応える場になりうると思いますし、共存の仕方を考えたいですよね」(米田)
「適度に放っておいてもらえる図書館には、児童館や学童とは違う居場所の価値がある」と青山氏。図書館員は、親、先生とのタテの関係でも、友人とのヨコの関係でもない “ナナメの関係の大人”になれる存在なのではないかと指摘します。
一方で、実証事業でもあったように、従来とは異なる業務に戸惑う図書館員がいるのも事実です。長田氏によれば、「中高生にどう接したらいいかわからない」と言う図書館員は少なくないとのこと。
「彼らがモヤモヤするのは、一般的に“図書館員が自分自身の話をすること”がタブーとされているからなのだと思います。居場所事業を始めるときは、『図書館員の仕事とは別の業務だ』という建て付けにした方が、本人たちも飲み込みやすいかもしれません」(長田氏)
近年、日本における図書館の機能は広がってきている、と長田氏。静かに読書する空間が守られつつ、おしゃべりや飲食、写真撮影ができたり、3Dプリンタなどのあるクリエイティブブースが併設されたりする図書館が増加傾向にあります。図書館や保健センター、児童館などが一つの施設に入るケースも増えています。
「今後は、司書資格を持つスタッフ含めさまざまな分野の人が“図書館員”として一つのチームになって運営していくことを目指したいですね」(長田氏)
「TEENSルームのボランティアに応募してくれた人の中に、図書館を自分の居場所だと感じていると話してくれた元保育士の方がいました。図書館内の10代の居場所は、何かの場に貢献したい、地域の子どもに良い関わりをしたい地域の大人の“関わりしろ”をつくれる可能性もあると考えます」(米田)
図書館員がチーム化していくならば、司書資格を持つスタッフとそうでない人たちをつなぐコーディネーター的な機能も求められるかもしれない、と青山氏。そんな未来に向け、私たちカタリバは、今回の実証事業で得たノウハウや知見を共有しながら、図書館員やボランティアの皆さんをサポートしていきたいと考えています。
ユースセンター起業塾では、今後も公共施設を活用した10代の居場所づくりを広げていく予定です。活動についてはメールマガジンでもお届けするので、ご興味のある方はぜひメルマガにご登録ください。
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有馬 ゆえ ライター
ライター。1978年東京生まれ。大学、大学院では近代国文学を専攻。2007年からコンテンツメーカーで雑誌やウェブメディア、広告などの制作に携わり、2012年に独立。現在は、家族、女性の生き方、ジェンダー、教育、不登校などのテーマで執筆している。人の自我形成と人間関係構築に強い関心がある。妻で母でフェミニストです。
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