「数字」より「当事者」と向き合いたい。仕事のやりがいを追求した結果、出会ったカタリバ/NEWFACE


山口 洸輝 Kouki Yamaguchi Rootsプロジェクト
東京都出身、早稲田大学理工学部卒業。食品業界の上場企業で経営企画・広報・CSRなどコーポレート業務に従事。保育ICTベンチャー企業で自治体カスタマーサクセス業務、新規プロジェクトのPM業務を経て、2024年よりカタリバに参画。Rootsプロジェクトで行政・企業・学校連携を担当。
ここ10年で、仕事のあり方・捉え方は、まったく違ったものになってきている。終身雇用は崩壊、転職は当たり前のものとなり、複業やフリーランスも一般化。テクノロジーの発達によって無くなる仕事予想も大きな話題となった。給料や肩書よりもやりがいや意味を重視する若者も増え、都会から地方にUIターンすることも珍しくなくなった。世界が一斉に経験したコロナ禍をへて、今後ますます働き方は多様に変化していくだろう。
そんな中カタリバには、元教員・ビジネスセクターからの転職・元公務員・元デザイナーなど、多様なバックグラウンドを持った人材が就職してきており、最近は複業としてカタリバを選ぶ人材もいる。その多くは20代・30代。彼らはなぜ、人生の大きな決断で、いまNPOを、いまカタリバを選んだのか?
連載「New Face」では、カタリバで働くことを選んだスタッフから、その選択の背景を探る。
国籍や生い立ちが外国ルーツの高校生たちの未来を閉ざすことがないよう、さまざまな支援を行っているカタリバの「Rootsプロジェクト」。その「Rootsプロジェクト」で2024年10月からアライアンス(外部連携)業務に携わっているのが山口洸輝(やまぐち・こうき)だ。
大学卒業後、大手食品流通会社で経営企画や営業などの経験を積んだ後、保育・教育施設向けICTサービスを開発・提供するベンチャー企業での仕事も経験。「食領域」と「子ども領域」のキャリアを経て、なぜカタリバへの入職を決めたのか――彼の働く上での価値観と現在のやりがい、今後の活動への想いを聞いた。
“答えが見つけにくいこと”を
追求する面白さを発見した学生時代
——現在、外国にルーツを持つ高校生を支援する「Rootsプロジェクト(以下、Roots)」で活動されていますが、学生の頃から社会問題に関心があったのでしょうか。
学生時代は社会問題よりも “環境問題”の方に関心があって、大学の環境資源工学科で学びながら、環境保全に取り組むサークルでボランティア活動に参加していました。
サークル内で「環境ビジネスコンテスト」の企画運営をしつつ、リサイクルビジネスなどをしているベンチャー企業の方々や大企業のCSR担当の方々と一緒に、「収益を上げつつ環境への負荷を下げられるビジネスプラン/事業モデルがないか」を真剣に考えていました。
“環境とビジネス”といった、両立すべきなのにすぐには答えが見つからない問題をみんなで考えていくーー意見を出し合ったり調べたりする中で、自分にはない新しい視点や気づいていなかった考え方に出会うことが、すごく面白かったんです。
——大学卒業後、就職先に“食”の業界を選んだのはどうしてでしょう?
環境問題を学ぶ中で、農業に触れたことがきっかけです。環境というテーマはスケールが大きいので、自分自身が頭でっかちになりすぎていると感じていました。そこで、実際に見たり聞いたりして実感を得ながら学びたいと思い、リサイクルと農業という2つの現場を体験したんです。
その中で、特に農作物を作る畑に居る時間がとても心地よく、「食べ物は命そのもの」ということを聞いて感銘も受けました。丁寧な食生活を大切にする祖父母のもとで育ったこともあり、食に関わる仕事に進もうと思いました。
勤続12年。“与えられた仕事”を
楽しみ続けるには限界があった

——就職後の仕事について教えてください。
1社目の食品流通会社には12年勤めました。新卒で営業部に配属され、3年後にIR広報・CSR担当、続いて経営企画担当……とさまざまな部署で多岐にわたる仕事を経験させてもらえたので、学ぶことが多く飽きなかったですね。
ただ、最後に配属された経営管理担当では、予算と実績などの数字を管理する仕事をしたのですが、そのとき目の前の仕事に疑問を抱くようになってしまったんです。
——どういう疑問だったのでしょう?
これをすることで自分は誰の役に立てているのかなと……。
それまでは自分で仕事を選ぶというより、「君にはこれが向いてるんじゃないか」とすすめられてチャレンジさせてもらっていましたが、「これからは自分で選んでいくフェーズに来たんだな」と思いました。収益のために与えられた仕事をこなすことの、限界だったのかもしれません。
しかし、大きな会社だったので、やりたい仕事を選び取れるポジションになるには20年以上かかるとも思いました。「そんなに待てないぞ」と思い(笑)、違う道に進むことを決意したんです。
ベンチャー企業で学んだ“現場の声”の大切さ
——2社目は子ども領域のベンチャー企業に入られたそうですね。
はい。食の領域でやれることはひととおり経験できたと感じたので、次に興味を持てるものとして“子ども領域”を選びました。その視点で仕事を探し、出会ったのがあるベンチャー企業でした。
その会社は、保育園の先生たちが子どもと向き合う時間と心のゆとりを持てるよう、仕事の負担を減らすアプリを開発していました。私は先生たちが不安なく新たなアプリを業務に取り入れられるように、伴走する仕事(カスタマーサクセス)などに携わりました。
——なぜ“子ども領域”の仕事に関心を持たれたのでしょう?
自分の子どもの存在が大きいですね。1社目にいたときに結婚したのですが、息子が生まれ、育児のことで保育園の先生たちと深く話すことが増えたんです。
先生たちと話す中で、子どもの感情の受け止め方や関わり方、遊びを通した発達のサポートなどについてたくさん教わりました。保育士の方たちはすごく専門性の高い仕事をされているのに、お給料など待遇が悪いことが多く、環境が合わず転職される方も多いと聞きました。
“困っている当事者”と“解決すべき課題”を間近で見たことで、自分にも何かできることがあるんじゃないかと考えるようになったんです。
——実際に“子ども領域”で働いてみていかがでしたか?
保育園の先生たちはやらなければいけない事務や記録業務がとにかく多く、朝の出欠連絡など電話対応の負担もありました。先生たちから「アプリを使用することでそれらが軽減でき、職員同士で子どもたちのことを話す時間が増えました」と言っていただいたときはうれしかったですね。
ただ、システムで園全体の業務効率を上げることはできても、先生たちが大切にしている「どうしたらもっといい保育ができるか」といった点までは踏み込めないもどかしさがありました。
自分は保育で大切にしたいことを先生からお聞きする時間もとても好きだったので、「もっと先生たちのような困ってる当事者に近いところで、子どもが育つ環境づくりに踏み込んだ仕事がしたい」という思いを抱くようになったんです。
“やりたいこと”を追求した結果
カタリバにつながった

——NPOの活動にも興味を持っていたとか。何かきっかけがあったのでしょうか?
ベンチャー企業で働いていたとき、学校菜園での教育プログラムを展開して“食”と“子ども”の両方に関わる活動をしている非営利団体にプロボノとして参加したんです。その活動の中で、企業スポンサーとの契約更新や財源確保、将来の事業計画など、いわゆる運営のための事務局業務をこなせる人材が少ないことに気づきました。
非営利団体が活動を続けていくには「支援の場をつくっていくこと」と「その場を支える仕組みをつくっていくこと」――この両輪を回していくことが大切なんだと学びました。
その中で自然と「現場を支えるための仕組みづくりを担いたい」と思うようになったんです。このプロボノでの経験が、NPOへの就職を後押ししてくれました。
——そこからカタリバにたどり着いた経緯を教えてください。
前職の経験から「次はより“子ども領域”に関わる仕事がしたい」と自分の中で定まっていたので、<教育>と<NPO経営>の軸で仕事を探していました。その中で見つけたのがカタリバでした。
カタリバの活動を調べる中で「マイプロジェクト」でのアライアンス(外部連携)の仕事に興味を持ち、エントリーしたんです。
——マイプロジェクトにエントリーしたけれど、Rootsに入職したということでしょうか?
面接の際に、「事務局業務もやりつつ、関わる人をどんどん増やしながらみんなで課題に向き合う、ということをやっていきたい」と話したところ、「ちょうどRootsが、学校や行政、企業と連携しながら関わってくれる人を増やしていくフェーズにあるので、こちらの方がやりたいことと合うんじゃないか」と勧めてもらったんです。聞いてすぐに強い興味を持ちました。
また、面接後にメールや口頭で丁寧にフィードバックをしてくれたのは驚きました。ただの採用のプロセスとして面接しているのではなく、“人との対話”をとても大事にしている組織なんだと感じました。その印象は入職後も変わっていません。
支援の手が必要な子ども全員に
「Rootsのプロジェクト」を届けていきたい
——改めて、現在の仕事内容について教えてください。
Rootsで、外国にルーツを持つ高校生たちのキャリア支援のプロジェクトを担当してします。
具体的には生徒を送り出す学校、生徒を受け入れてくれる企業、外国ルーツの子どもが増えている地域などの行政の方たちと組んで、生徒たちと一緒に“日本で働く”ということを考えていくーーそのための仕事経験(インターン)の場を増やすためのプログラムをつくっています。
その中で、生徒のみなさんに対して、学校での説明会を開いたり働く企業に引率したり。また、インターン後の生徒たちが学んだことを報告し合う発表会の企画運営なども行っています。
企業でインターンを経験した生徒たちが学んだことを発表・振り返りし合う報告会の様子
——どんなところに面白さややりがいを感じていますか?
本来なら出会う機会がなかったであろう企業の方と子どもたちをつなげ、対話できる“場”をつくり、そこに立ち会えていることですね。
学校で説明会を開いたときには、興味なさそうにしている生徒や、「働く大人ってスーツを着てパソコンで何かカタカタしている人たちでしょ」というイメージを持っている生徒もいるんですが(笑)、インターン活動を通してそうした仕事や大人へのイメージがグッと変わる子が多いんです。
例えば、コーヒー焙煎のインターンプログラムに参加した生徒からは、単純に「焙煎ができるようになった」「面白かった!」という感想だけじゃなく、「仕事はチームワークが大切なんだとすごく感じました」という声があがってきて、生徒たちが学びとる視点に面白さを感じたり。
また、企業の方からも、最初は「日本語がどのくらいしゃべれるんだろう」と心配する声が多かったのが、インターンの後には「意欲を持っている生徒に出会えてすごく刺激をもらえました!」といった声が届くようになるんですね。
互いに勝手に思い込んでいたことが、現場での対話を通して理解を深め合い、さまざまな気づきを得ていくーーそうした出会いと学びの場をつくれていることにすごくやりがいを感じます。
——今後の課題や、目標はありますか?
外国ルーツの子どもたちにとって、「言語・文化・制度の壁」は大きな問題です。現在、外国ルーツの高校生で日本語指導が必要な子どもは、全国に5000人程度いるという統計があります。5000人と聞くと多そうですが、私は全員に支援の手を届けられる可能性のある数だと思っているんです。
カタリバの全社会議で3日間「私たちらしいスタンス」について対話を続けた後に、自分自身への約束(大切にしたいこと)として「なぜ、どうにかしたい、あきらめたくないのか?を考え続け、目の前のこの人に伝え続ける。ソーシャルワークの総量を増やすことに、こだわる」と書きました。
現在Rootsが関わることができているのは300人程度ですが、ここから1000人、そして5000人へ支援の場や機会が届くよう、カタリバだけじゃなく他の組織の方たちとも協働しながら活動を拡大していきたいと考えています。
また、個人的にはRootsのみにとどまらず、プロボノとして関わっている一般社団法人エディブル・スクールヤード・ジャパンの活動も継続しています。実践校を6校→100校に広げていくための協働や活動資金を生み出すチャレンジを始めているところです。
子どもたちが「この場・この時間があって良かった」と思える場づくりに積極的に関わっていくことで、組織も自身も成長させていきたいです。

「今は収益ありきではなく、まず “当事者”のことを想い、動けていることがうれしい。これまでで最もやりがいを感じながら働けています」とやさしい笑顔で語る山口。
外国にルーツを持つ子どもたちが日本で暮らしていくにはさまざまな課題があるが、彼らのために迷いなく動ける人材がここにいることに心強さを感じた。Rootsとともにどんどん成長するであろう彼の今後が楽しみだ。
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竹下 美穂子 編集者/ライター
愛媛県出身。学生時代にアルバイトをしていた生活情報誌の編集部で師匠と出会い、編集者として育てていただく。以降20年以上、広告タイアップ制作も経験しつつ暮らし周りの特集、記事のディレクションを担当。現在も読者宅の実例取材などで全国津々浦々を行脚中。猫とお酒が好き。
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