子どもがやりたいことを応援する存在でありたい。目指すは気軽に話せる「まちのお姉さん」/NEWFACE
Interview
西 遥菜 Haruna Nishi b-lab
兵庫県神戸市出身、同志社大学文学部卒業。新卒でこども向けエンターテインメント施設の運営会社に入社。現場の運営スタッフやアクティビティ・イベント企画などの経験を経て、2025年よりカタリバに参画。文京区青少年プラザb-labにて、ユースワーカーとして活動している。
ここ10年で、仕事のあり方・捉え方は、まったく違ったものになってきている。終身雇用は崩壊、転職は当たり前のものとなり、複業やフリーランスも一般化。テクノロジーの発達によって無くなる仕事予想も大きな話題となった。給料や肩書よりもやりがいや意味を重視する若者も増え、都会から地方にUIターンすることも珍しくなくなった。世界が一斉に経験したコロナ禍をへて、今後ますます働き方は多様に変化していくだろう。
そんな中カタリバには、元教員・ビジネスセクターからの転職・元公務員・元デザイナーなど、多様なバックグラウンドを持った人材が就職してきており、最近は複業としてカタリバを選ぶ人材もいる。その多くは20代・30代。彼らはなぜ、人生の大きな決断で、いまNPOを、いまカタリバを選んだのか?
連載「New Face」では、カタリバで働くことを選んだスタッフから、その選択の背景を探る。
中高生が自分の「やってみたい」に出会える場所――「文京区青少年プラザ b-lab(ビーラボ)」で、子どもたちに伴走するのがユースワーカーの西遥菜(にし・はるな)だ。
かつて、民間の子ども向けエンターテインメント施設で、子どもたちに職業体験の場を提供してきた。そこで彼女が抱き続けていたのは、すべての子どもに「きっかけ」が届く社会をつくりたいという願いだった。「身近な“まちのお姉さん”をめざしたい」。西がカタリバで見つけた伴走支援のあり方を聞いた。
教員をめざす中で感じた「きっかけ格差」
——現在は「文京区青少年プラザb-lab(ビーラボ)」でスタッフをされていますが、大学時代は教員を志していたそうですね。
幼い頃から妹や親族の世話をすることが多く、小中学生の頃は得意な科目を友だちに教えることもありました。教えて、わかると喜んでもらえるのがすごくうれしくて……それが、教員を志した原体験です。
塾講師のアルバイトをしたのもその流れで、そこでも教えて喜ばれることへのやりがいや達成感を強く感じました。
大学では英語教育を専攻し、中高の教員免許も取得しました。ただ、卒業後の道として、教員を選択肢に考えてはいたのですが、就活をするようになった頃から「子どもたちのキャリア教育に関わるなら、民間企業など“学校の外”を知っておきたい」という思いも芽生えてきたんです。
——その中で、どのように進路を選んでいったのでしょうか?
大学時代、塾講師のアルバイトをしていたのですが、そこでのある出来事が強く心に残りました。
担当していた生徒の中に、「もっと勉強したいけれど、母子家庭で経済的な事情から授業を増やすことができない」という子がいたのです。
そのとき「経済的な理由で選択肢が狭まるのは、あまりに理不尽だ」と感じました。この経験が、「きっかけ格差」への問題意識につながっていきました。
また、私は保育士を志した時期もあったんですが、「4年制大学を出てそれはもったいない」といった周囲の声に影響され、結局は進路を変えてしまいました。いま振り返ると、周りの意見に左右されなくてもよかったのでは……そう思う自分もいるんです。
だからこそ、子どもたちには、自分の思いや関心を軸に将来を選んでほしいという気持ちが強くなりました。
そんなとき、就活をする中で出会ったのが、子ども向けエンターテイメント施設でした。そこでは、子どもたちがさまざまな職業を、楽しみながら体験することができます。
「この仕事が好きかもしれない」「これは自分には合わないかも」といった気づきが得られる場に魅力を感じ、就職を決めました。
「教育の仕事」を志しながら、「選択肢を広げる支援がしたい」という価値観にフィットする選択だったのだと思います。
子どもと関わる中で「まちのお姉さん」という理想像が見えた
——子ども向けエンターテイメント施設では、どのような業務を担当しましたか?
最初の3年間は現場スタッフとして、子どもたちの職業体験のアシストを担当していました。現場では子どもたちの反応を間近で見ることができ、「これ、楽しい!」「将来これになりたい!」と目を輝かせる姿に、大きなやりがいを感じました。
その後の4年間は企画部門に異動し、施設内の企画を担当しました。新しいパビリオンの立ち上げや季節イベントの運営など、スポンサー企業や営業、施工会社など多くの関係者と連携し調整しながら、1つの企画を形にしていく業務です。
現場と企画、どちらの仕事にもやりがいを感じた一方で、次第に心に引っかかるようになったのが、以前に塾講師をしていた頃から感じていた「きっかけ格差」の問題です。
こども向けエンターテインメント施設には入場料があり、どうしても利用できるのは経済的に余裕のある家庭の子が中心になります。「来られない子どもたちにも、こうした体験の機会を届けたい」。そう考えるようになりました。
——その思いから転職を考えるようになったのですね。当時はどのような方向性を描いていましたか?
入社した当初は「いずれは教員に」と考えていたのですが、子どもたちと関わる中で、次第に「私がやりたいのは、勉強を教えることそのものではないのかもしれない」と思うようになりました。
それよりも、子ども一人ひとりの悩みに寄り添ったり、やりたいことを応援したりする存在でありたい。その思いが、だんだんとはっきりしてきたんです。
教員という立場でなくても、子どもたちの身近なところで関われる形があるのではないか? そう考えるようになり、営利企業から別のフィールド、非営利の世界に関心が向いていきました。
私が理想としてきたのは、「勉強を教える人」ではなく、まちの中にいて気軽に話を聞ける“お姉さん”のような存在です。商店街の一角にいて、子どもたちがふらっと立ち寄れる。そんな距離感で関われる場をつくりたい。その思いが、いまの仕事につながっています。
「ナナメの関係」に強く共鳴し、カタリバへ
——その模索の中で、どのようにカタリバと出会ったのでしょうか?
非営利分野について調べたり、ボランティアに参加したりしていましたが、当時はまだ「ここだ」と思える団体には出会えていませんでした。
そんなとき、尼崎でユースセンターの副館長をされている方と、たまたまお話しする機会がありました。その方からユースセンターの役割や、大人の関わり方について聞く中で、「私がやりたいことは、もしかしたらユースセンターに一番近いのかもしれない」と感じたんです。
そこから本格的に転職を考えるようになり、出会ったのがカタリバでした。
特に強くひかれたのが、「ナナメの関係」という考え方です。先生でも親でもない、少し距離のある大人が子どもに伴走することで、可能性が広がっていく。そのビジョンが、自分の中にずっとあった「まちのお姉さん」というイメージと重なりました。
そして、カタリバの活動そのものにも共感しました。家庭環境や地域、学校の状況などに関わらず、「どんな環境にいる子どもにも学びやつながりを届けたい」という姿勢が、活動全体に一貫していると感じたんです。
——ビジョンと活動の両面に共感したことが、入職の決め手になったのですね。
そうですね。転職活動中、他にもいくつかの団体や企業と話をしましたが、私が思いを話したとき、カタリバの担当者が一番深くうなずいてくれたことを覚えています。それは、ただ共感してくれているだけじゃないと感じました。「一緒に形にしていこう」という姿勢が伝わってきたんです。
——それまでのキャリアや思いを、カタリバでどのように活かせそうだと感じましたか?
私が一貫して大切にしてきたのは、「答えを教えるのではなく、子ども自身が考えるのを待つ」という姿勢です。前職でも「こうすればいいよ」と結論を伝えるのではなく、「どうしたらうまくいくと思う?」と問いかけることを心がけていました。
また、前職や学生時代を通して培ってきた「関係をつくる力」も、自分の強みだと思っています。特に大学時代に所属していたよさこいサークルでは、意見が分かれる場面で双方の話を聞き、間に立ってまとめる経験を重ねてきました。そうした経験は、今でも自信につながっています。
b-labでは、中高生とじっくり時間をかけて関係性を築いていくことがとても大切だと感じています。だからこそ、これまでの経験を活かしながら、一緒に「やりたいこと」を探したり、安心できる「居場所」をつくったりする伴走役として、貢献できるのではないかと考えました。
「まずやってみよう!」中高生の思いに寄り添う伴走を
——あらためて、b-labの取り組みと、現在担っている業務について教えてください。
私がb-labで担っている役割は、大きく2つあります。1つは、b-labで中高生たちと日々関わりながら、彼らが安心して過ごせる「居場所」をつくること。
もう1つは、彼らの興味関心を引き出し、それが実際の行動につながるように伴走することです。
最近では、昨年12月に実施した文化祭のようなイベント「冬フェス」のプロジェクトマネージャーも担当しました。テーマ設定から運営までを中高生と一緒に考え、「やりたいことは、基本的に何でもやっていい」という自由度の高さが、b-labならではの魅力だと感じています。
——中高生に伴走する仕事のやりがいは、どんなところにありますか?
b-labには、もともと何かしらの興味や「やってみたい」を持っている中高生が多いと感じています。スタッフとの関わりの中で、その思いが少しずつ言葉になり、動き出していく瞬間に立ち会えることは、大きなやりがいです。
また、「まずやってみよう」という空気が根づいているのも、b-labの大きな特徴です。中高生が「これをやりたい」と声を上げたとき、できるだけ否定せずに受け止め、どうすれば実現できるかを一緒に考えるのです。
たとえば、b-labには中高生が自由に意見や要望を書き込めるホワイトボードがあります。「これがほしい」「こんなルールにしたい」といった声に対して、スタッフと一緒に話し合うもので、その日のうちに動き始める取り組みもあります。
状況的にすぐに採用することが難しい要望について、以前は「見送り」としていたのですが、現在は「アイデア募集中」という表現に変えました。却下するのではなく、アイデアを重ねることで現実に近づけていくようにするためです。
こうした姿勢はカタリバ全体に通じるカルチャーだと感じますし、私自身も強く共感しています。
——今後、b-labやご自身の活動を通じて、どのような取り組みをしていきたいですか?
b-labに通う中高生たちが、地域の大人と自然に関わり、顔見知りになっていく。そんな関係が少しずつ広がっていくような仕組みをつくりたいと考えています。「あそこの豆腐屋のおばちゃん」といった日常的なつながりがあることは、子どもたちにとっても大きな安心につながるはずです。
「きっかけ格差」という課題は、すぐに解決できるものではありません。それでも、まずは自分が1人のプレイヤーとして、丁寧に子どもたちに伴走し続けること。その積み重ねが、ユースセンターを全国に少しずつ広げていく一歩につながると信じています。
子どもたちに居場所やきっかけを届けたいと思っている人であれば、きっと同じ方向を向いて働けるでしょう。そんな思いを持つ方と、これから一緒に活動できたらうれしいですね。
取材で印象に残ったのは、西のしなやかな行動力だった。「一度関西を出てみるなら、身軽な今のうち」と思い、カタリバへの入職を機に生まれ育った関西から東京へと生活の拠点を移し、新たな生活をスタートさせた。
新しいまちでパン屋をめぐったり、イベントやボランティアに参加したりと、楽しみながら自らコミュニティに関わっている日々を話してくれた。彼女の日常の中での軽やかな身のこなし、そして笑顔で人と接するあり方こそ、彼女の目指す「まちのお姉さん」像につながっていくのだろう。
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佐々木 正孝 ライター
秋田県出身。児童マンガ誌などでライターとして活動を開始し、学年誌で取材、マンガ原作を手がける。2012年に編集プロダクションのキッズファクトリーを設立。サステナビリティ経営やネイチャーポジティブ、リジェネラティブについて取材・執筆を続けている。
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