内田由紀子(京都大学教授)×今村久美が語る。 子どもの幸せをつくる「場」とは何か
Interview
子どもの"いまとこれから"会議 - Dialogue
2026年11月、カタリバは設立から25年を迎えます。 子どもや学校を取り巻く環境が大きく変化していく中で、私たち大人は、どのように子どもたちや教育と向き合っていくことができるのでしょうか。 いま教育に関わっている方々も、教育に関わっていない方々も、みんなで一緒に、子どもたちの「いま」をとらえ直し、「これから」について考えたい。 「子どものいまとこれから会議 - Dialogue」では、カタリバの25年間の活動を通して見えてきたことや国の会議で議論されていることを踏まえながら、カタリバ代表理事今村久美と、様々な業界の第一線で活躍する方々が、教育と子どもたちの未来について対談します。
内田 由紀子 (うちだ・ゆきこ)
京都大学 人と社会の未来研究院 院長・教授。文化心理学・社会心理学を専門に、幸福感や対人関係の比較文化研究を行う。ミシガン大学、スタンフォード大学の客員研究員等を経て、2008年より京都大学に着任。内閣府「幸福度に関する研究会」委員、文部科学省中央教育審議会委員なども務める。今村 久美(いまむら・くみ)
NPOカタリバ代表理事。2001年にNPOカタリバを設立し、高校生のためのキャリア学習プログラムの提供を開始。ハタチ基金代表理事。地域・教育魅力化プラットフォーム理事。文部科学省中央教育審議会委員。東京大学経営協議会学外委員。
いま日本の子どもたちは幸せなのか
データから見える意外な姿
今村:内田先生とは、文部科学省の中央教育審議会でご一緒したのがきっかけで、今回の対談をお願いしました。その頃、教育振興基本計画の柱の一つとしてウェルビーイングが議論されていて、日本人の心、特に子どもたちのウェルビーイングについてのお話が印象に残っています。今日は「子どもの“いまとこれから”会議」の対談の場ということで、子どもたちが「幸せ」と感じられる社会をどうつくるかを考えたいと思っています。
内田先生のご著書に『日本人の幸せ-ウェルビーイングの国際比較』がありますが、今取り組まれている研究について教えていただけますか。
内田:私は文化心理学の研究者で、日本とアメリカの比較を中心に研究してきました。大学院生の頃からウェルビーイングや人とのつながりを研究し、指標づくりにも関わってきたことから、中央教育審議会にも呼んでいただいたのだと思います。
今村:教育を考えるうえで教育学者の領域だけで語るよりも、子どもたちの心の状態を知ることも重要だと思います。そもそもウェルビーイングとは、どのような言葉なのでしょうか。
内田:ウェルビーイングは、今日や明日の気分だけではなく、長い時間の中での充実感や人とのつながり、社会との関係、人生の意味や生きがいといったものまで含めて考える概念です。今この瞬間の幸せだけでなく、他者や未来の幸せまで視野に入れて考えられるところが、この言葉の良さだと思います。
中央教育審議会でも、「ウェルビーイングと言うと快楽と同じ意味に受け取られるのではないか」という議論がありました。子どもが「勉強はしたくない、ゲームの方が楽しい。それが幸せだ」と言ったとき、それを認めていいのかという問題です。
でも、それは瞬間的な楽しみであってウェルビーイングとは違います。ウェルビーイングはもっと未来志向で、他者や社会との関係も含むものです。日々の幸せも大切にしながら、そのバランスをどう取るかを考えることが重要だと思います。
今村:とても腑に落ちました。今、教育の現場では先生方が迷っている場面も多いと感じています。今おっしゃったように、この瞬間には楽しいとは思えないことでも、教育の場では子どもたちに課題として提示することがありますよね。例えば子どもが「掃除より今は遊びたい」と言ったとき、その瞬間は遊ぶほうが楽しいかもしれません。でも長い目で見れば、掃除をして規律を守ることや仲間と取り組むことも学びになる。そう考えると、とても教育的な視点だと思います。
今の日本の子どもたちのウェルビーイングは、どのように見えているのでしょうか。
内田:インフラや自由度は昔より改善されている部分も多く、ウェルビーイングが高まっていてもいいのでは、と思うところはあります。しかし、実際の数値を見ると必ずしもそうはなっていない。
ただ、令和5年度の学力調査にウェルビーイングの項目が入り、それを分析させていただいたときに、学校に通えている子どもたちは「学校が楽しい」と答える割合が高く、それには驚きました。逆に言えば、学校に行きづらくなっている子どもたちは、学校の中で楽しさを感じられなくなってしまい、「これからどうしよう」と悩んでいるギャップがあるのかもしれません。
ウェルビーイングは「安心できる関係」の中で育つ
今村:ウェルビーイングを支えるために重要なものとは何でしょうか。
内田:調査をしていると、「つながり」がさまざまな場面で重要だということが分かってきます。学校の調査でも、小中学生の場合、成績とウェルビーイングはあまり関係がないんです。それよりも大きいのは、友達とのつながり、そして先生とのつながりなんですよね。
今村:確かに、自分の子どもを見ていても、「好きな先生がいるか」「好きな友達がいるか」ですよね。
内田:本当にそうですね。子どもにとって、信頼できる大人や友達がいて安心して通えること自体が、学校に行く大きな意味になっているのだと思います。
私は「場」という言葉を使っているのですが、場所が持つ力はとても大きいものです。一方で、個人もその場にただ受け身でいるわけではなく、むしろ一人ひとりが場の空気をつくり、参画する存在でもあります。だからこそ、個人と場所の両方がどうすれば良い状態でいられるか、という視点が大切だと思っています。
今のウェルビーイングの議論では、たとえばスマートウォッチで歩数や睡眠時間を測ってフィードバックすることにも表れているように、「個人の努力やスキルを理解して増強させることで獲得するもの」という考え方になりがちです。 しかし、現実には個人の頑張りだけでは立ち行かないことがたくさんあります。本人の意欲があって新しい提案をしても、環境や制度の壁に阻まれてしまう、などは典型例でしょう。
そうした個人の努力だけではどうにもならない「ままならなさ」を乗り越えるには、場の設計や制度、運営方針そのものを変えていく必要があります。ウェルビーイングは決して「個人で努力してください」という話だけで終わらせてはいけない、というのが私の考えです。
今村: まさにその「場の設計」という点では、大人の側の意識も問われますよね。ある自治体では、スクールソーシャルワーカーが持つ子どもの悩み相談のメモが、個人情報や組織の壁に阻まれて担任の先生に共有されない、という事態が起きていました。
内田: 「守る」ことに意識が向きすぎて、助け合うための情報共有が後回しになっているのかもしれませんね。大人たちの間に「ここから先は越えてはいけない」という透明な線が引かれ、たらい回しが起きる。これこそが、子どもを「ままならなさ」の中に置き去りにするバリアの正体だと思います。
今村: 近所の子どもに声をかけることすら「介入」として躊躇してしまう。そんな大人同士の心理的な距離の遠さが、子どもの安心感を削っている面もあるのかもしれません。
オンラインは「学び直し」ではなく
人とつながり直すための場
今村:AIがホワイトカラーの仕事を代替すると言われる時代だからこそ、子どもたちが場を共有し、人とつながる経験が大切になるのではないかと感じました。
仲良くするだけでなく、けんかをしたり傷ついたりする経験を通して、ストレスに向き合う力を身につけていく。その積み重ねがウェルビーイングにつながるのかもしれません。
そう考えると、人と関わることを学ぶ場として学校の意義があるのかもしれませんね。
内田:そうですね。それがなければ、学校である必要もなくなってしまいます。極端に言えば、「家で一人で何かやればいい」となってしまいますよね。でも、一人では自分が社会に必要とされている感覚はなかなか生まれません。やはり人とのつながりの中で感じられる体験が大きいのではないでしょうか。だからこそ、子どもたちが「この場に参加してよかった」と思える機会をどれだけつくれるかが大事だと思います。
今村:私たちも「カタリバ」という名前の通り、これまで「場」を大切にしてきました。コロナ禍以降はオンラインでのつながりにも取り組んできましたが、実際にやってみると、対面でつながることの大きさも感じています。一方で、学校に行けない子どもが家で一人になってしまうとき、オンラインで人とつながれる「場」があることも大切だと思っています。
こうしたオンラインとリアルの関係の中で、学校はどのような場であるべきだと思われますか。
内田:オンラインでつながれることは、とても大きな支えになります。コロナ禍だけでなく、病気やけがなどで参加できないときにも、人とつながる手段になりますよね。
ただ一方で、学校のようなリアルな場には、そこでしか得られない経験があります。場の空気や相手の表情、ニュアンスなど、言葉にならない情報を私たちは自然に感じ取っています。
そうしたコミュニケーションの中で学ぶことも多い。だからこそ、オンラインも大切にしながら、可能であれば対面の場にもつながっていく形が望ましいのではないかと思います。
今村:子どもたちが「つながる練習」をやり直せる場として、オンラインはとても有効だと思っています。学校に行かなくなると、家庭での会話が「今日も学校に行かないの?」という形になりがちです。そうなると子どもが部屋に閉じこもってしまうケースも多い。誰とも話さない時間が続くと、人と対面でつながるハードルが高くなってしまいます。
そこでカタリバでは、学校に行っていない子どもたちと先生がオンラインでつながる場をつくっています。挨拶や雑談、学習を通して人と話す経験を重ねることで、「自分は人と話せるんだ」と思えるようになって、次に外に出ていくハードルが下がる感覚があります。
そうした経験を見ると、オンラインは「学び直し」というより、人とつながり直すための練習の役割があるのではないかと思っています。
内田:私自身も出産のときにしばらく社会から離れ、社会がとても遠く感じたことがあります。もちろん戻る場所があり、みんなが待ってくれていることも分かっている。それでもふとした瞬間に「遠い」と感じてしまう。その状態が長く続くほど、もう一度ガラスの向こう側に戻ることは大変になります。だからこそ、小さなステップが大事だと思います。
学校は「みんなで高まる場」。
一人を伸ばすだけではない教育
今村:今、「学校という場」の意義が問われていると感じています。
よく「そんなことより学力を伸ばしてほしい」という議論がありますよね。それは子どもを“点”として捉え、個人の能力を伸ばすという考え方です。もちろんそれも大切ですが、学校という共同体で学ぶ視点に立てば、一人を伸ばすだけでなく、みんなで高まっていくことも重要だと思います。
例えば運動会でも、足が速い子だけが主役になるのではなく、それぞれの関わり方で楽しめる形を考える。そうした経験を通して、みんなのウェルビーイングが高まることも、学校の大切な役割だと思います。
内田:本当にそうですね。その経験がうまく機能すれば、一人ひとりが個性を持ちながら、一つの共有経験を持つことができます。
「自分はこの場に参画し、何かを得た」という実感は、社会に出る上での大きな土台になります。 日本の教育は「画一的」と批判されることもありますが、深刻な教育格差が顕在化している国々と比べると極端な格差は少なく、一定の安心を「底上げ」してきた良さがあります。
私自身の経験を振り返ると、子どもの頃はアレルギーがあっても「給食は残すな」という精神論が当たり前で、掃除の埃が舞う中で泣きながら食べていました。それに比べれば、今は個への配慮が格段に進みましたよね。
今村: 確かに、かつての「我慢」の時代から、個を尊重する時代へと大きく変わりました。ただ、そうした配慮の先に、次はどんな「自己肯定感」を育てるべきかが問われている気がします。
内田: はい。日本では「私はすごい」という競争上の自己肯定感よりも、「ここにいていいんだ」「この先生や友達が好きだ」と感じる関係性の中での自己肯定感が、ウェルビーイングに直結しています。
今村: “点”で能力を競うことよりも、場の中で「自分は大切にされている」と感じること。それが日本の社会における、本当の意味での自己肯定感なのかもしれません。
今日はお話を伺って、子どものウェルビーイングは、まさにそうした「安心できる場」での人とのつながりの中で育まれていくものなのだと改めて感じました。ありがとうございました。
内田:こちらこそ、ありがとうございました。
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