不登校支援が目指す“社会的自立”とは?地域と歩んだ教育支援センターの10年
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文部科学省のデータによれば、全国の小中学校における不登校の児童生徒数は約35万4000人(*1)。12年連続で増加傾向にあり、学びをサポートする体制・仕組みづくりが急がれています。そんな中、2025年に島根県雲南市の教育支援センター「おんせんキャンパス」が、設立から10周年を迎えました。
おんせんキャンパスは、カタリバが島根県雲南市からの委託を受けて、2015年6月から運営している不登校支援の場です。
ここでは、学校に通うことに困難を抱える児童生徒に、安心できる居場所と多様な学びの機会を届け、学校や保護者とも連携をとりながら子どもたちの進路実現や社会的自立をサポート。人口約3万人という小規模な自治体の教育支援センターでありながら、行政・民間・地域が協働してきたモデルケースとして、年間を通して多くの団体が視察に訪れています。
2025年11月1日、おんせんキャンパスは10周年記念式典を開催。元利用者、保護者、支援者が登壇し、その歩みを振り返りました。本記事では、トークセッションで語られた当事者たちの声を中心に、式典の様子をレポートします。
*1:文部科学省 令和6年度『児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査』
https://www.mext.go.jp/content/20251029-mxt_jidou02-100002753_2_5.pdf
先生でも親でもない、大人と出会った。
元利用者が振り返るおんせんキャンパスでの日々
最初のトークセッションでは、かつておんせんキャンパスに通っていた元利用者が自身の体験談を語りました。
この元利用者が不登校になったのは、中学1年生の秋。きっかけは、中学1年生の夏に経験した突然の引っ越しでした。
家族から前触れもなく転居・転校を言い渡された元利用者は、両親への不信感と現実を受け入れられない気持ちで、次第に学校から足が遠のくように。転校前の学校では得意なサッカーに熱心に取り組み活発に過ごしていましたが、以前のように楽しく学校生活を送れないことで自己嫌悪に陥り、行かない理由を尋ねる両親への反抗心やいらだちを募らせました。
その後、一度は学校復帰。しかし中学2年生の12月頃から再び不登校に。
「2度目ということもあり、毎日『自分は本当に駄目な人間だ』と思っていました。親がよかれと思ってしてくれたことや、部活のメンバーからの連絡もプレッシャーに感じていました」
<自身の経験を語る元利用者>
そんな中、母親から紹介されたのがおんせんキャンパスです。最初は戸惑いがありましたが、足を運んでみるとーー。
「先生でも親でもない、サッカー好きの大人と初めて関わり、『また行ってもいいかな。学校よりは気持ちが楽かな』という気持ちになりました。週3回ぐらい通うようになり、中3になってからもおんせんキャンパスに通う選択をしました」
卓球に熱中したり、スタッフと1対1で受験のための勉強に取り組んだり、田植えや調理などの体験活動を楽しんだりして過ごしていた元利用者。スタッフと一緒に受けた定期テストでスタッフより高得点だったときには、「大人にも勝てるんだ」と自信を持てたそう。
「おんせんキャンパスでは、自分の気持ちを言葉にして伝える機会が多くありました。感謝を伝える場面や大人と話す機会も多く、この経験は今の社会人生活に活きていると思います」
中学卒業後は、志望していた高校に入学。3年間毎日学校に通って皆勤賞をもらったり、生徒会長を経験したりしたことが大きな自信になりました。現在は就職して社会人として生活し、両親との関係も良好です。
「今、登校できず悩んでいる皆さんの中には、コンプレックスを抱いている人も多いはず。ただ、不登校は必ずしも駄目なことではない。人の評価を気にしすぎず、自分のペースで、自分のやり方で生きていくことに意味があるのだと思います」
不登校の子どもと過ごす保護者や支援者たちにもメッセージを贈りました。
「保護者の方は、子どもと向き合うことをあきらめないでほしい。何もしていないように見えても、子どもは大人が思っている以上にいろいろなことを考えています。支援者の方々には、学校に行けないことで受験や進路に不利にならないようにしてほしいです」
おんせんキャンパスがあったからこそ今の自分がある、と話す元利用者。「不登校は問題ではなく、今のその子の状態。安心して過ごせる場所と未来につながる選択肢があることが本当の支援だと思います」と発表を締めくくりました。
<同窓生やスタッフとの再会で笑顔がこぼれる>
今やっと、笑って話せるように。
支えられた保護者は今“支え手”に
元利用者からの発表の後、元利用者と同時期に自身の子どもがおんせんキャンパスに通っていた3人の保護者もご自身の体験を話してくれました。
学校に行けない子どもと一緒に悩み続ける中で、開設間もないおんせんキャンパスの門戸を叩いた保護者たち。当時3人は、親子ともども学校を含めた家庭の外の世界に対して心を閉ざしていたと話します。「子どもはこのまま一生外に出ないのか」と心が折れかけていた保護者もいました。
そんな3人が出会ったおんせんキャンパスは、初めて親子で「信頼できる他人」とつながることができた場所だったそう。ある保護者は「おんせんキャンパスは、子どものことを否定する人が誰もいない場所でした」と言います。
3人の子どもたちは、それぞれのペースでおんせんキャンパスに通いながら成長し、現在は進学、就職など新たな道を歩んでいます。その日々を振り返り、保護者たちはこんな感想を口にしました。
「子どもにとっておんせんキャンパスは、学校に戻る準備をする場ではありませんでした。人を信頼したり、集団の中で自分の気持ちを発信したり、そこでうまくやれる方法を模索したり、自分で選んで何かを決めたりといった経験を通して、社会の中で生きていくためのすべを学ぶ場だったのだと思います」
<子どもと当時のことを笑いながら話せるようになったと語る保護者たち>
現在この3人の保護者たちは、以前とは異なる形でおんせんキャンパスに関わっています。担っている役割は、月に一度開催されている保護者会の「メンター」。現在進行形で不登校の子どもを持つ保護者たちの相談にのる大切な役割です。
保護者の皆さん同士がナナメの関係になって支え合う様子を、カタリバ代表の今村は「もっとも奇跡的なこと」と表現します。
「子どもの不登校を経験した保護者の方々が、今困っている保護者のために知恵を絞ってくれるという愛の循環は、制度やお金の力でできることではありません。この循環がどうやったら全国に広がっていくのだろうと、いつも考えています」
AI時代の今、子どもたちの
「社会的自立」をどう捉え、支援するか―
2つ目のトークセッションには、雲南市教育委員会教育長の小田川徹哉氏、雲南市教育委員会元教育長の土江博昭氏、カタリバの今村久美、井上洋輔が登壇し、支援者の立場から意見を交わしました。
特に熱く議論されたのは、AI時代の今、おんせんキャンパスの運営目的に掲げられた「社会的自立に資する」の意味をどう捉えるか。行政、支援者、現場スタッフそれぞれの目線から、子どもの社会的自立への視点が述べられました。
「子どもの社会的自立を支えるためには、愛情にあふれた場を作り続ける以外ないのではないでしょうか。人との関わりの中で自分にとって何が大切なのか気づくこと、心を動かすような人との出会いを体感すること。こうした体験こそが、AIにはない想像力を与えてくれるのですから。」(カタリバ今村)
<生成AIの活用で日々の実務にも変化があったと語る今村>
小田川氏は、不登校支援の目指すことが学校復帰ではなく社会的自立になっているという背景に触れつつ、「10年先が予測できない社会で、自分のことを見つめ、自分のことを理解して、たくましく未来を切り拓いていけることこそが社会的自立。そのための支援をしたい」と話しました。
土江氏は、社会的自立を「満足して、楽しく人生を生き抜く力」と表現。「多様な価値観をもつ人とのつながりを大切にしていくことが、社会的自立の基礎になる」と言います。
おんせんキャンパスの開設時からスタッフとして子どもたちを見てきた井上は、「元気に大人になって、“社会の一員として”生活することが社会的自立の大切な要素」とした上で、その具体的な支援についてコメントしました。
「社会に出るまでのステップには、学生時代には学ばないことがたくさんあるので、それらについてサポートしたい。また社会で必要な、自分の気持ちを言葉にする力、困ったときに誰かに相談したりする力をつけるため、コミュニケーションのスキルや肌感覚も育んでいけたら」
<開設当初のやりとりや印象について振り返り談笑する登壇者たち>
本イベントの登壇者たちが共通して伝えていたのは、社会の中で自立的に生きていくには、自分の気持ちを言葉で表現し、伝え、多様な価値観を持つ他者とコミュニケーションをとることができるかが大切だということ。
不登校を経験している子どもは、そのコミュニケーションへのトラウマを抱えていたり、自信を失っていることも少なくありません。おんせんキャンパスに通う中で、1対1の学習や自然体験などの日々の活動、「先生でも親でもない大人」との関わりを通して、ときに失敗しながらその力を育み、少しずつ自信を取り戻していくのです。
おんせんキャンパスは、保護者や地域の方々、行政と民間という垣根を越え対等なパートナーとして協働してくださる雲南市の存在があって、10年の間、取り組みを続けることができました。
これから先の20年、30年をよりよい形で迎えられるよう、カタリバは目の前の一人ひとりと誠実に向き合い、同時にその現場での学びを全国に届けられる仕組み作りに取り組んでいきます。
<過去に関わったスタッフや元利用者も多く集まった式典当日の様子>
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有馬 ゆえ ライター
ライター。1978年東京生まれ。大学、大学院では近代国文学を専攻。2007年からコンテンツメーカーで雑誌やウェブメディア、広告などの制作に携わり、2012年に独立。現在は、家族、女性の生き方、ジェンダー、教育、不登校などのテーマで執筆している。人の自我形成と人間関係構築に強い関心がある。妻で母でフェミニストです。
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