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「がんばれじゃない言葉が、わたしを動かした」―東日本大震災15年企画に込めた想い

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category #スタッフコラム

writer 編集部

Profile

阿部愛里 Airi Abe 広報部

宮城県気仙沼市出身。中学3年生のときに東日本大震災を経験する。震災後、被災地で子ども時代を過ごす中で、そばにいる大人や居場所の存在に触れたことをきっかけに、認定NPO法人カタリバに参画。東北拠点・災害時の子ども支援や能登半島地震の支援活動を行う事業の広報担当に従事。

2011年3月11日に発生した東日本大震災でもたらされた被害は、死者・行方不明者が約2万人以上、住宅被害は57万棟を超える甚大なものでした(*1)。多くの人の暮らしが長期にわたって震災の影響を受ける中で、政府は2025年度までの15年間を「復興・創生期間」と定め、約32兆円の予算枠を設けて、地域の復興・復旧を支えてきました(*2)。

今年は2026年、その「15年間」がまもなく区切りを迎えようとしています。

地域のインフラは建て直され、経済活動や暮らしは戻りつつあり、当時の子どもは大人になりました。枠組みとしての「復興・創生期間」が終わろうとしている中で、実際に震災を経験した一人ひとりは、どんな風にこの15年を捉え、今を歩んでいるのでしょうか。

震災直後から岩手県大槌町・宮城県女川町などで子どもの居場所づくりや学習支援に取り組んできたカタリバでは、震災から15年の節目に、目に見える復興の物語ではなく、これまで出会ってきた一人ひとりの心の中にある「言葉」とそのエピソードに焦点を当てたプロジェクトを企画しました。

この記事では、このプロジェクトの呼びかけ人であり、自身も震災で被害を受けた当事者であるカタリバ広報部の阿部が、「言葉」がどのように人の人生を支えてきたのか、未来に支援の輪をつないでいくにはどうしたらよいのかと模索しながら立ち上げた今回のプロジェクトについて、自分の視点で綴ります。

*1 内閣府 防災情報のページ「特集 東日本大震災」
https://www.bousai.go.jp/kohou/kouhoubousai/h23/63/special_01.html

*2 復興庁「Chapter 2 General Remarks (Following Establishment of the Reconstruction Agency)」
https://www.reconstruction.go.jp/files/user/english/topics/Progress_to_date/250407_c2_s4.pdf

「私の高校生活、終わっちゃったな」
中学3年生で被災、支えてくれた大人たちの存在

中学3年生の卒業式前日、高校進学を目前にして、私は宮城県気仙沼市で東日本大震災を経験しました。
<母校の小学校近くの様子。人と車のサイズを遥かに超え、道を塞ぐ瓦礫>


あの日を境に、町も、日常も大きく変わりました。

幼少期から和太鼓に打ち込んでいて、将来もその道を考えていたのですが、震災によって活動ができなくなってしまいました。他に打ち込めることを探そうと高校では部活に入ったのですが、和太鼓ほど打ち込めるものは見つからないまま。「私の高校生活、終わっちゃったな…」と落胆し、あらゆることを「諦めなくちゃいけない」のだと思っていました

そんな中で出会ったのが、被災地の高校生を支えようとするNPOの方々でした。気仙沼出身ではない大人たちが気仙沼の未来について本気で語り、私たち高校生の話にも真剣に耳を傾けてくれる姿に、とても驚いたのを覚えています。

「あなたたちの町のことは、未来を担うあなたたちが決めていい」と、そう言われた気がして、高校2年生の時に仲間と、気仙沼の観光を盛り上げる活動を始めることに。彼らは私たちの活動を見守りながら、判断に迷う時には「やってみたら良いと思うよ」という応援の言葉を、悩んでいる時には「それ、本当に楽しいと思えてるの?」と原点を見つめ直すための問いを投げかけてくれました

今思えば、進む道を教えてくれるのではなく、自分で選ぶ力を信じてくれた彼らは、私にとっての「伴走者」だったのだと思います。

<高校生の観光を盛り上げるプロジェクトをサポートする、ボランティアの大学生やNPOのスタッフが伴走をしている様子>

現地スタッフも寄付者も、
すべてが一つのチームだった
能登半島地震・豪雨支援

それから時が経ち、カタリバで働くようになりました。広報部に所属していますが、2024年に起こった能登半島地震・豪雨の子ども支援においては、広報業務を超えて様々な活動に関わる機会があり、これまで「支えられる側」だった自分が「支える側」の視点に立つようになりました。

<能登半島地震の被害を受けた地域の高校に出向き、自身の被災体験をもとに高校生と対話する様子>

現場で子どもたちと向き合うスタッフの姿をみていると、言葉や関わりの一つひとつに、迷いや覚悟が込められていることが伝わってきます。また発災直後から現地に向かい調査や支援活動をスタートできることや、ニーズに応じて即座に居場所を立ち上げたり支援物資を提供したりできることは、すべて寄付で応援してくださる方々の存在があってこそであり、その大きさを実感しました。

顔の見えない誰かの想いが、確かに子どもに届けられている―。

支援は、直接的に現場に関わるスタッフや地域の方々だけでなく、寄付者をはじめとする、応援の想いを示してくださるすべての人の存在が重なって形づくられているのだと、はっきりと感じた瞬間でした。

誰だって、どんな関わりでも、
誰かを支えることができる

震災から15年の節目で今の自分に何かできることはないかと考えている時に、今年2026年に国から岩手・宮城への復興予算が一区切りを迎えることを知りました。東北支援の様々な活動はこの予算の中で実施されていたものも多く、予算の区切りとともに、役割を終えていく取り組みもきっとあるのだと思います。

しかし当事者として、いまの自分があるのは、この15年間に被災地に関わってきたたくさんの人の支援や機会があったからこそだと思います。

この15年のあいだに自分や周りが受け取ってきた支援や機会が、どんなものだったのかを伝えたい。そして災害時の子どもの居場所支援や、将来に不安を抱える子どもたちに寄り添う伴走支援が、この先、困難な状況に立ち向かい得るすべての子どもに届いてほしい。

専門知識や覚悟のいる行動がなくても、寄付をすることや、誰かの話に共感を示すこと、そんな日常の延長にある支援や応援のかたちを、社会に発信したいと考えました。

私たちを支えてくれた「言葉」と、
みんなの共感が支援につながる仕組み

がんばれじゃない言葉が、わたしを動かした」は、震災当時に子どもだった人と、そのそばで伴走してきた大人とのあいだに交わされた「忘れられない一言」と、そこに積み重なってきた関係の時間を記録し、未来へつなげていく企画です。強い言葉や名言ではなく、日常の中で何度も交わされてきた、信じ続ける言葉と関係そのものを残したいと考えています。

この企画では、期間中に特設サイトで公開されるエピソードをNPOカタリバのX・Instagram公式アカウントからシェアすることで、1シェアにつき100円が、災害時子ども支援「sonaeru」へ寄付されます。集まった寄付は、次に起こる災害時に、子どもたちをすぐに支えるための備えとして活用されます。皆さんからいただいた「共感」を、「支援」につなぐ仕組みです。

▼カタリバ公式 X
https://x.com/katariba/status/2017388157944402127

▼カタリバ公式 Instagram
https://www.instagram.com/p/DUJ64bLkySo/

▼震災15年 特設サイト
https://shinsai15.katariba.or.jp/

あの時の「伴走」に助けられた私から、つないでいく

今自分の経験を振り返ると、誰かの人生を支え動かすのは、特別な言葉や大きな行動でなくとも、そばに居続けた時間や「あなたのことを信じている」という姿勢なのかもしれません。

何気ない言葉が同じ人から、同じ場所で、何度も手渡されることで、少しずつ子どものなかに残って、いつの間にかその人の人生を支えている。私自身がそうした関係に支えられてきたからこそ、いま、同じような経験をこれからの子どもに届けたいと感じています。

支援は、構えなくていいし、完璧でなくていい。誰かの話に耳を傾けたり、心が動いた瞬間を大切にしたり、その気持ちを誰かに渡すことも、一つの手段だと思います。

カタリバはこれからも、子どもたちのそばで、関係が育つ時間をつくり続けていきます。この企画が、その輪を少しでも広げるきっかけになればうれしいです。


 

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編集部 編集部

KATARIBAMagazine編集部が担当した記事です。

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