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「風の人」から「土の人」へ。岩手・大槌で生徒、教師、地域とともに「一律ではない学び」を形にする/Spotlight

vol.425Interview

date

category #スタッフ #インタビュー

writer 佐々木 正孝

Profile

小野寺 綾 Ryo Onodera 大槌町教育魅力化プロジェクト

1991年岩手県奥州市生まれ。高校時代は地元の進学校で甲子園を目指して野球に打ち込んだ。大学進学と同時に上京。大学では教師を目指し教育学部で学ぶとともに、東日本大震災の被災地や発展途上国での子ども支援活動に従事する。カタリバには学生時代にインターンとして参画し、その後、新卒で入職。学校に社会を届ける出張授業「カタリ場」プログラムやユースセンター事業に従事した後、2020年に大槌町教育魅力化事業に異動。現在は事業責任者を務めながら岩手県の高校魅力化アドバイザーを兼任し、かねてから想いのあった地元・岩手県の高校教育に関わり「人口減少時代における小規模高校の在り方」について探究を続けている。

度重なる自然災害やコロナ禍など、昨今は社会全体、さらには子どもたちの置かれる環境に大きな影響を与える出来事も少なくない。

すべての10代が意欲と創造性を育める未来の当たり前を目指し、全国各地で活動を行っているカタリバ。
その現場では、状況の変化に合わせて取り組みの内容を柔軟に進化・変化させつつ、目の前の子どもたちに向き合っている。

シリーズ「Spotlight」では、現場最前線で活動するカタリバスタッフの声を通して、各現場のいま、そして描きたい未来に迫る。

大学卒業後の2015年、新卒でカタリバに入職した小野寺 綾(おのでら・りょう)。以来10年間、多様な教育現場に身を置きながらキャリアを重ね、現在は岩手県で「大槌町教育魅力化プロジェクト」の責任者を務めている。

目指しているのは教育の現場に立ち続け、地域とともに学びを育てていく仕組みづくりだ。大槌という場所で見つめてきた教育の現在地と、その先に描く未来について聞いた。

生徒は多様な背景をもつのに
カリキュラムは一律でいいのか

 

入学して間もない新1年生たちに、大槌高校のカリキュラムについて説明

——現在、岩手県の大槌町で、どのような仕事をされているのでしょう?

働き方だけを見ると、学校の教師のように見えると思います。岩手県立大槌高校の職員室に私の席があって、そこに常駐しているのが基本のスタイルです。先生たちの朝会や職員会議にも一緒に出ますし、学校行事にも参加します。

ただ、私の仕事は高校の中だけで完結しないんです。生徒と一緒に地域活動に参加したり、町役場で打ち合わせをしたりします。また、町だけでなく県の教育委員会に出向いたりすることも。拠点は大槌高校ですが、そこを起点に町や県を日々飛び回っています。

——大槌町教育魅力化プロジェクトの取り組みについて、具体的に教えてください。

現在、大きく3つの事業を進めています。まずは大槌高校の魅力化コーディネーター、そして、全国から生徒を募る「はま留学(県外留学)」と、放課後の子どもたちの居場所である「コラボ・スクール大槌臨学舎」の運営です。

コラボ・スクール大槌臨学舎は、2011年の東日本大震災で被災した子どもたちに、学習支援と体験活動を提供する目的でカタリバがスタートした放課後の学びの居場所で、現在は大槌高校内にあります。

2019年に大槌高校に魅力化コーディネーターが配置され、翌年から「はま留学」の募集も始めました。

現在は、それぞれを2~3名ずつのスタッフが担当し、プロジェクト全体では10名ほどの編成になっています。3つのチームがそれぞれの現場で動きながらも、1つの方向に向かえるように調整するのが責任者である私の役割です。

——3つの取り組みを並行して進める中で、力を入れている「魅力ある高校づくり」の背景について詳しく教えてください。

元々は、東日本大震災や、全国的な少子化の影響を受けて減少した大槌高校の入学者数を増やすことを目指して始まりました。まずはじめに、「大槌高校に通う生徒にとって良い学びとは何か?」を生徒・教員・地域みんなで考え、地域と協働した探究的な科目を作っていきました

ここ数年は、探究的な科目だけでなく、普通科目も含めたカリキュラム全体の改編に取り組んでいます。カリキュラムを考えるうえで前提になるのが、大槌高校が「普通科高校」かつ「小規模高校」であるということです。

日本全国の高校生の7割以上が通う普通科は、本来、大学進学を前提にしたカリキュラムが組まれています。これは、日本のどこにいても一定水準の教育が受けられるという良さがあります。

一方で、大槌のような地方では、通学圏内にいくつも高校があって選べるわけではありません。大槌高校には、はま留学で県外から学びに来る子どもたちを含めて、「この高校に行きたい」という意欲をもつ子がいる一方で、「この高校しか選択肢がなかった」という生徒も一定数います。

そうなると、一律に大学受験を前提としたカリキュラムだけでは、卒業後すぐに就職したい生徒や、基礎学習をしっかりやり直したい生徒との間にギャップが生まれてしまいます。多様な背景を抱えた生徒がいる中で、それは果たして最善なのか。そうした問いを日々もち続けています。

その問いから、大槌の子どもたちに合った教育課程にアップデートしていく取り組みが必要となったのです。

——活動を続けてきて、どのような手応えを感じていますか?

大きな成果の1つは、入学者数の増加です。活動を始めた2019年当時、大槌高校の入学者数は42名まで落ち込み、統廃合の議論が現実味を帯びていました。
しかし、現在は毎年60名前後の生徒がこの学校を選んでくれています。

でも、本当にうれしいのは数字ではありません。自身のニーズに合わせて再設計されたカリキュラムを通じて、生徒たちが自分の考えを言葉にし、生き生きと成長していく。そして、その姿を見た地域の大人たちが「あの子、大槌高校に行って本当に成長したね」と喜んでくれる大槌高校の先生も、自身の仕事に誇りを持てるようになる

私自身、子どもたちの成長を現場で見れるのはとてもうれしいですが、それ以上に、関わった大人みんなで子どもの成長を喜び合える姿に、確かな手応えを感じています。

大槌高校に入学してきた県外留学生たちの声も細かくフォローアップ

幼稚園から高校まで
多種多様な教育現場を体験した大学時代

——「地域に育まれる学び」を大切にされていますが、その根底にはどのような原風景があるのでしょうか?

私が生まれ育ったのは、岩手の田んぼに囲まれた自然豊かな地域でした。山にカブトムシを採りに行ったり、川にザリガニを釣りに行ったりと、自然の中で五感で学べる環境で幼少期を過ごしました。また、祖父母が農家だったので農作業を手伝うことも多かったですし、近所の家々が協力して田植えや稲刈りをする環境で、地域の大人たちに囲まれて育ちました。

自然に触れ、地域と関わりながら育っていく。その原点は、間違いなくこの幼少期の経験にあります。

高校時代は、文武両道を掲げる公立高校に通いました。勉強では大学進学、部活動では野球で甲子園を目指すという分かりやすい成果を目標に努力する一方で、今振り返ると当時の「物差し」はとても限られていたように思います。

どれだけ良い点数を取ったか、部活動でどれだけ結果を残したか。その2つが評価軸のほとんどで、どこか生きづらさがありました。

勉強や部活が得意な子だけではなく、そうでない子が輝ける場所がもっとあってもいい。学校がもっと、一人ひとりの可能性を認められる場所になれば――そんな思いから、教育の道を志しました。

——大学時代、さまざまな教育の現場に飛び込んだのも、その問いがあったからですか?

そうですね。教師を目指すのであれば、できるだけ幅広い境遇の子どもたちに関われる人になりたい。そこで、未就学児から高校生まで、すべての段階に直接関わる活動をしようと自分で決めました。

また、障がいのある子が通う学校や、被災地・発展途上国の支援現場など、置かれている環境や背景も含めて幅広く知りたいと考え、大学4年間にいろいろなボランティアやアルバイトを通して、教育の現場を見てきました。

その中でカタリバに出会ったんです。

——カタリバのどのような点にひかれたのでしょう?

成果だけにとらわれず、どんな境遇であっても子どもたちが将来に希望を持てるような活動が、カタリバにはあると感じたんです。特に、対話や「ナナメの関係」を大切にするプログラムには強くひきつけられました。

当時の私は、子どもたちの支援や教育の現場で経験を積んで、30歳ぐらいで地元の岩手に戻って教員になるというキャリアのイメージをもっていました。カタリバが対応している教育課題や子どもたちへのアプローチ方法は多種多様で、幅広い視点を得られるこの環境は、最高のファーストキャリアだと感じました。

——「新卒でNPO入職」という道を選んだ当時を振り返って、どのような思いがありますか?

たしかに私は新卒での入職ですが、大事にしている価値観と、カタリバが大事にしているものが重なっているのであれば、入職のタイミングはいつでもいいと考えています。

ただ、当時のカタリバはまだ発展途上で、新卒であっても現場で事業にダイレクトに向き合う日々でした。多様な経験を積めることに価値を感じていましたし、実際に走りながら考えた日々が、今の大きな財産になっています。

挫折から学んだ
事業を継続させるために必要な3つの視点

出張授業カタリ場の授業風景

——カタリバで歩んできた10年の中で、特に小野寺さんの視座を変えた経験は何ですか?

私は新卒で入職してから、大学生たちと一緒に各高校に「出張授業カタリ場」を届ける事業を担当していました。

「出張授業カタリ場」とは、「高校生の心に”火を灯す”授業」をコンセプトに、大学生のボランティアスタッフが高校生と本音で語り合う授業です。初めて出会う高校生と学校生活のことやキャリアについて話し合います。

たった2時間限りの授業ですが、「自分を肯定できた」「将来に希望が持てた」と目をキラキラさせて言ってくれる子もたくさんいて、やりがいを感じていました。

一方で、悩みや葛藤もありました。新卒2年目から、自治体からの案件を担当する機会が増えましたが、期待に応えられず打ち切りになってしまった経験を何度かしました。

どんなにいい現場をつくっても、行政が設定している「成果」を出さなければ事業は続かない。今考えれば当たり前のことですが、当時の私には、目の前の対話の空間をいいものにする以外の視点がありませんでした。

教育はその効果がすぐに現れにくく、「成果」や「KPI」といったものとは本来相性が悪いものだと思います。また、2時間の授業だけで、生徒が抱える家庭の問題や部活動での人間関係、クラスの課題を解決するには限界があります。

授業直後のアンケートの結果が良くても、その状態が日常で継続していかない。生徒が抱える困難さの背景にある、構造的な課題に継続的にアプローチする方法を検討することも必要でした。

そうしたことを前提に自治体と交渉する必要がありましたが、当時の自分はそれができず、視野の狭さや力不足を痛切に感じた経験でした。

——その経験は、その後のキャリアにどう影響しましたか?

事業を継続させるには「内容(コト)」だけでなく、「誰がやるか(ヒト)」、そして「どう支えるか(カネ)」の3つの視点をそろえて考えなければいけない

それらの価値をどのように示し、継続可能なカタチにしていくのか。事業責任者の立場になれば当たり前のことですが、恥ずかしながら当時はそうした視点を持てていませんでした。この問いを25歳で体感できたことは、大きな財産になりました。今、大槌でマネジメントに向き合えているのは、あの時期の経験があったからこそです。

——その後、2020年に大槌へと向かうことになります。どのような心境だったのでしょう?

2020年、コロナ禍で「出張授業カタリ場」の実施が難しくなり、事業を中断せざるを得なくなりました。私自身も30歳を目前にし、次のキャリアについて考えている時期で、カタリバを退職し、教員採用試験を受験することも検討していました。

そんな折、代表の今村久美との面談がありました。久美さんが、私の思いをくみ取った上で提案してくださったのが、大槌で「学校の中から教育をつくっていく」というミッションでした。

教師でなくとも、これまでの経験を地元の岩手のために活かせる。これも1つの選択肢だと感じ、「大槌に行きます」と伝えました。
私がこれまで歩んできた道とも、今後やりたいこととも、きれいにつながる選択だったと思いました。自身のキャリアを一緒に考え、応援してくれたカタリバにはとても感謝しています。

今後は卒業生と一緒に
「次の大槌の教育」をつくっていきたい

——大槌での活動も5年目を迎えました。これまでのキャリアから今後をどう展望しますか?

大槌に来るまでの自分は、いろいろな場所へ行き、経験を積むことに重きを置く「風の人」だったと思います。でも、大槌の5年間で感覚は大きく変わりました。今は、この町に腰を据えたい。大槌に根を張る「土の人」になりたい。

大槌には、町の将来を真剣に考え、子どもたちのために尽力する大人がたくさんいます。震災で多くのもの失った町だからこそ、教育の力でより良い未来を創っていこうという覚悟を感じます

私自身も、そうした地域と一緒に学びをつくり、子どもたちの成長を長い時間軸で見守っていく。その中で、「一流の高校魅力化コーディネーター」になりたい。そんな未来を思い描いています。

——小野寺さんが目指す理想のコーディネーター像とは?

高校の学びをコーディネートするだけではなく、生徒が輝き、教師も仕事に喜びを見出し、地域の大人たちが子どもたちの成長を通して元気になっていく。教育を通して、三者がともにWell-beingを感じられる環境を目指していきたいですね。

最近は岩手県の教育委員会からの依頼を受け、大槌の実践を県内全域へ広げていく「いわて高校魅力化アドバイザー」も担っています。私が理想とする教育環境が、大槌だけでなく岩手全域に、そして全国に広がっていったらうれしいです。

——大槌での活動について、今後取り組みたいことなどはありますか?

大槌高校魅力化プロジェクトは、おかげさまで一定の成果が出ています。一方で、まだまだ取りこぼしている生徒がいるのも事実です。まずは、大槌高校を選んでくれたすべての生徒にとっていい教育環境をつくりたい。「意欲と創造性をすべての10代へ」をミッションとして掲げるカタリバだからこそ、こだわりたいスタンスですね。

また、人口減少が進む中、大槌のような普通科の小規模校をどのように維持していくのか。まだ誰も答えを出せていない問いに対して、現場を磨きながらも世の中に提示できる知見を見つけていきたいと思います。

次期学習指導要領改訂に向けた議論も始まっている中で、時代の流れと国の動向、現場の実情のそれぞれを注視しながら、実践を重ねていきたい。そして、そうした実践を、「これまで大槌で関わった子どもたちと一緒に行うこと」が1番の夢です。

震災以降、カタリバは町や地域ととも子どもたちに関わり続けてきました。現在は、そうした卒業生たちが大人になり、地域に戻ったり、次の世代を支える側に回ったりし始めています。
彼らと共に、次の大槌の教育をつくる。その景色を見てみたい

カタリバは、簡単に答えが出ない課題に「真剣に、粘り強く」向き合う団体です。現場の課題に真っすぐに向き合うからこそ、「意味のある仕事をしている」という実感を持てる。そして、自分の力を使って社会課題に向き合いたい人にとって、挑戦しがいがある場所――私自身の10年間の歩みを振り返り、そう強く感じています。

大槌町教育魅力化プロジェクトのスタッフたちと

 


 

「卒業後に地元で活躍する大人の姿を見て、自分の人生をイメージできる。これは子どもたちにとって、とても大きいこと。もちろん、地元に残らなくてもいい。どこで何をするかは本人が選ぶものですから」

そう語る小野寺のまなざしは、かつての自分と同じように、限られた物差しの中で葛藤する高校生たちに向けられていた。彼の選択と足跡は、大槌で学ぶ子どもたちが自分の未来を思い描くとき、確かな道しるべになっている。


 

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Writer

佐々木 正孝 ライター

秋田県出身。児童マンガ誌などでライターとして活動を開始し、学年誌で取材、マンガ原作を手がける。2012年に編集プロダクションのキッズファクトリーを設立。サステナビリティ経営やネイチャーポジティブ、リジェネラティブについて取材・執筆を続けている。

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