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KATARIBA マガジン

元教育長がNPOの現場へ。地域と子どもをつないで行う、レールを敷かない不登校支援のかたち/PARTNER

vol.455Interview

date

category #インタビュー

writer 佐々木 正孝

Profile

伊田 典穂 Noriho Ida おんせんキャンパス

鳥取県日南町出身。大学卒業後、県内の小学校教諭、県教育委員会、小学校長を経て、2019年より日南町教育長を務める。学校や教育行政の枠組みだけでは解決できない地域教育の課題に直面し、並行して大学院で学ぶ。退任後、社会教育士を取得。2022年よりカタリバが運営する島根県雲南市の「おんせんキャンパス」にスタッフとして参画し、地域連携や探究学習の場づくりを担当。2024年「一般社団法人とまりぎ」を設立し、社会教育に軸足を置いた子どもの周りに大人がいる居場所づくりを目指し、異世代交流と地域を生かした体験活動を展開している。

伊田典穂(いだ・のりほ)さん。 退任後に社会教育士の資格を取得し、2022年からカタリバが島根県雲南市で運営する、不登校の児童・生徒のサポート機関「おんせんキャンパス」に参画。地域連携や探究学習の担当として、子どもたちと地域の大人が日常で出会い直す場づくりに携わっています。

長年培ってきた関わり方を見つめ直しながら、子どもと地域が出会う場づくりを続ける伊田さんに、試行錯誤を重ねる中で見えてきたものと、これからの教育への思いを聞きました。

 

子どもと地域のつながりが切れ
学校現場でできることにも限界を感じて

島根県雲南市の山間部にある「おんせんキャンパス」校舎

——長く教育現場や行政に携わってこられましたが、どのような思いを持たれていたのでしょうか。

今の活動につながっているものとして、「自分たちが子どもの頃はどうだったのか」という思いがあります。

私が子どもの頃は、実家が神社だったこともあって、祭りなどを通じて地域の人たちと関わりながら育ちました。近所のおじさんやおばさんに叱られたり、友だちと日が暮れるまで遊んだりするのが日常でした。

教員になった頃にはまだ地域にそうした姿が残っていましたが、教員人生の終盤にはずいぶん変わっていました。地域から子どもの姿が見えなくなり、大人たちもどう関わればいいのかわからない。子どもと地域のつながりが切れ、学校だけに役割が集中していくように感じました。

同時に、過疎化に伴う学校の統廃合が進み、地域から学校がなくなっていく現実もありました。「自分たちの地域とはどこなのか」さえ見えにくくなる中で、学校現場だけでできることの限界を痛感していました。

教育行政の立場にいても、地域全体で目線が合っていなかったり、基盤が整っていなかったりすると、トップがいくら旗を振っても動かせない。学校や行政だけでは解決できない問題もあり、地域の役割の大きさや可能性を感じることがとても多かったんです。

——そこから、カタリバのおんせんキャンパスに関わるようになったきっかけとは?

身近に不登校の子どもがいたことが大きなきっかけでした。何か力になりたいと声をかけたのですが、実際に支援につながるところまでは至りませんでした。
子どもだけでなく、家庭も悩みがありました。親同士が日常的に話を交わせなくなり、つながりが薄れ、家族が困った時に相談する人も場も見えなくなっていました。

地域の支援が当事者の居場所や相談体制の模索に向かず、子どもが「学校に戻る」かは学校の先生に任せるしかないといった、学校だけが頑張る状況にも違和感がありました。

また、元教員で教育長だった私には、周囲も弱みを見せづらかったのだと思います。肩書きを外して一緒に考えたいと思っているのに、相手からはそう見えない。そのギャップもありました。

地域の一個人として何ができるのかを考え直そうと、大学院に入りました。そこで学び直したのが、学校教育でも家庭教育でもない「社会教育」でした。

ちょうど民間人でも社会教育士を取得できるようになった時期でした。学校や教育委員会に所属していなくても、一市民として教育に関われる。そのことに可能性を感じました。

大学院の同期にカタリバの職員がいたことから、「中間支援」という役割も知りました。学校、行政、地域の間に入り、人や組織をつなぎながら課題に向き合う。その役割の大きさをフィールドワークで実感し、民間の立場で不登校支援のあり方を学ぶため、おんせんキャンパスに関わることを決めたのです。

「教える」から「待つ」へ。
おんせんキャンパスで知った新たな関わり方

子どもの学習サポートをしたり、雑談をしたり

——おんせんキャンパスの最初の印象は?

衝撃的でした(笑)。学校にいた頃は1日のタスクが山ほどあり、時間を細かく刻みながらスピーディに動くのが染みついていました。ところが、おんせんキャンパスでは時間の流れがとてもゆったりしています。最初は手持ち無沙汰で、どう過ごせばいいのか戸惑うほどでした。

そして、自分では「先生」をしていた頃の意識を抜いたつもりでも、子どもたちに「ああしたら」「こうしたら」と、つい指示を出してしまうんです。そこでおんせんキャンパスのスタッフの姿を改めて見ると、私とは関わり方が全く違っていました。

子どもが話し出すまで待つ。自分から動き出すまで、口を出さずに見守る。その「待つ時間」をとても大切にしていたんです。

それを見て、私は学校現場で「主体性を育む」といいながら、実は子どもたちの前に私が敷いたレールを歩ませてきたんだと気づかされました。

学校という枠組みの中では、子ども一人ひとりの時間軸に合わせることはできません。でも、おんせんキャンパスにはマイペースで進む子もいれば、じっくり考えてから動き出す子もいる。その姿を見て、学校とは別の場所で子どもたち一人ひとりに合った時間枠で支える役割の大切さを実感しました。

——おんせんキャンパスでは何を担当されているのでしょう?

子どもと地域をつなぐ役割です。

私が入った当初はスタッフが子どもたちの支援や学校とのやり取りに追われていたこともあり、地域の方々と十分なコミュニケーションが取れていない面がありました。そんな中、あるスタッフが「私は地域から逃げない」と言ったんです。

泥臭く向き合い続ける姿勢を見て、私も地域との関係を一つひとつ丁寧に築いていこうと決めました。地域の連絡窓口を引き継ぎ、地縁のない中で電話をかけたり、一軒一軒お宅を訪ねたりして、少しずつ関係をつくっていきました。

田んぼの世話をサポートしてくださっている方々を招いた「収穫感謝祭」での1コマ。子どもたちが料理をつくり、地域の方をもてなす

スタッフから地域の方と取り組んできたことを教えてもらい、一緒に汗を流すことから始めました。話すときも作業の話だけでなく、「これまでどんな仕事をされてきたんですか」と相手の暮らしや背景を知ることを大事にしました。
イベントの際には、子どもたちに招待状を書いてもらって届け、顔を合わせる機会を重ねていきました。

そうやって関係が深まる中、「子どもたちと蚕を育てて糸を取る活動をしたいのだけど道具がなくて困っている」と話したら、「蔵に昔の道具があるよ」と快く譲ってくださる方がいました。畑の野菜やお菓子を「子どもたちに食べさせて」と持ってきてくださることも。

地域に眠っていた知恵や道具が、子どもたちの学びのために自然と生かされるようになっていったのです。

大人の正解に合わせる言葉ではなく
心が動いて出た「その子の言葉」を聞きたい

子どもたちが地域の郷土料理「笹巻」を地域の方々に教わりながら作るイベントにて

 

——伊田さんが担当されている「地域交流イチオシ」について教えてください。

田んぼ作業や郷土料理づくりなどを通して、地域の方々と交流するプログラムです。子どもたちが地域に安心して関われることと、地域の方々のやりがいや楽しみにつながることを大切にしています。

おんせんキャンパスは、学校のように全員が毎日来るわけではなく、プログラムの日に来れない子もます。そこで、一人ひとりが「今日、自分は何をしたいか」を選ぶようにして、その日のメンバーでできる形に、柔軟に組み替えています。

最近では、休んだ子の考えた内容を「じゃあ僕が代わりに発表するよ」と引き受けてくれる子も出てきました。休んだことを誰も責めず、活動の流れをみんなで共有してつないでいく。そうした安心感の中で、子どもたち自身が自分で決めて動く経験を重ねています。

「地域交流イチオシ」の授業で子どもたちのアイデアを引き出す伊田さん

——子どもたちと地域の方々が直接やり取りをする場面も生まれているそうですね?

はい。今年5月には、子どもたちと地域の方々で企画会議も開きました。

以前、子どもたちが秘密基地作りや土器作りなど、やりたいことの企画書を作ったとき、「誰の協力が必要か」という欄に誰も名前を書けませんでした。それまでも地域の人たちと会う機会はあったのですが、いざ何かを実現したい時に、誰に相談すればいいのか具体的な顔や名前までつながっていなかったのです。

それなら直接聞いてみようと考え、地域の方に集まっていただいたのが5月の企画会議です。子どもたちは想定外の質問をされてたじたじになりながらも(笑)、自分のやりたいことを伝え、最後には「それなら協力するよ」と言ってもらいました。

「これをやりたい」という思いから始めて、誰の力が必要かを考え、自分で相談して知恵を借りる。このプロセスを「自分ごと」として経験することが、自立につながっていくのだと思います。

——子どもたちと地域が関わる中で、これから目指していきたい風景とは?

子どもたちが社会に当たり前に存在し、日常の中で「そのままの自分」を出せる環境をつくっていきたいです。

先日、子どもたちと何をしたいか話した際、「地域の人とまったりおしゃべりしながら散歩したい」という案が出ました。そんなふうに、特別な目的がなくても子どもたちが地域で自然に人と関わり、「そのままの自分」でいられる時間を増やしていきたいんです。

その中で、知恵や暮らし方を持つお年寄り世代とも出会ってほしいと思っています。

学校の先生から丸をもらえそうな整った言葉ではなく、リアルな人に出会い、匂いや手触りも含め、五感を通して心が動いたときにこぼれ出る「その子自身の言葉」を聞きたい。
教えられた言葉ではなく、自分の中から出てくる言葉に抵抗を持たない。自分の心に素直に向き合えることが、その子らしさにつながるのだと思っています。

これから地域という立場で教育に関わろうとしている方には、「身の丈で話せる大人でいてほしい」と思います。30歳なら30歳の自分で、背伸びをせず、できないことは「できない」と認める。学校や家庭とは違う立場だからこそ、フラットに向き合える大人がもっと増えてくれたらうれしいですね。

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Writer

佐々木 正孝 ライター

秋田県出身。児童マンガ誌などでライターとして活動を開始し、学年誌で取材、マンガ原作を手がける。2012年に編集プロダクションのキッズファクトリーを設立。サステナビリティ経営やネイチャーポジティブ、リジェネラティブについて取材・執筆を続けている。

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