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「違いが豊かさとなる未来を目指して」外国ルーツの高校生支援

vol.113Report

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category #活動レポート

writer 長濱 彩

日本語指導を必要とする外国ルーツの
子どもたちの急増と課題の深刻化

長期的な人口の減少傾向や少子化、高齢化への流れが取りざたされる中、日本で働く外国人労働者の数は、ここ数年急速に増加している。2019年1月末に厚生労働省が発表したデータによると、2018年10月末現在、日本国内で雇用され働いている外国人労働者は約146万人に達し、過去最高を記録した。

外国人労働者の増加に伴い、日本語教育が必要な子どもも年々増加している。2016年度時点(平成28年度)で全国の公立小中高校等に約4万4千人、過去最多の数字である。「日本語がわからない」ことにより、勉強がわからない、友達とのコミュニケーションが取れないなど、社会からの孤立や不就学、不就労へつながっていく例も少なくない。「外国ルーツ」という生育背景は、挑戦できる機会やアクセスできる情報、出会える大人に差を生み、彼らの意欲や創造性を奪っていると言える。

さらに細かく見ていくと、日本語教育が必要な子どもの内、高校生は3,372人で10年間で約2.6倍に増加している。このような状況にも関わらず、高校生に対する日本語指導やキャリア支援といった対策は小中学校と比べると手薄な状況だ。

 

文部科学省の調査によると、日本語教育が必要な公立高校生のうち9.61%が中退しており、同年の全国の公立高校生の中退率は1.27%であったことから、7倍以上の割合で中退していたことが分かっている。また進学率は約6割と低く、就職の場合は平均の約9倍の確率で非正規雇用で働いていることも明らかになった。高い中退率・低い進学率は非正規雇用につながり、貧困の問題にも繋がっていると考えられる。

政府が主導している外国人受け入れ拡大施策とともに、受け入れた外国人、そしてその子どもたちが安心して生活でき、適正な進路選択をしていけるよう支援していくことは、国策のみならず自治体や民間でも求められる時代になった。

すべての10代が意欲と創造性を育める社会を目指すカタリバは、この社会課題に対し、何らかの支援を始めることを決定した。責任者の加賀に話を聞いた。

加賀:「日本で育つ外国ルーツの子どもたちは、日本ルーツの子どもたちと同じように、日本の未来の担い手です。フィリピン、ネパール、中国などから来日した10代の若者たちは、タガログ語やネパール語、英語や中国語などの言葉の力を始め、様々な可能性を持っているんです。でも、彼らの可能性を伸ばすような機会は、今の日本に整っているとは言えない。言葉や文化の壁に立ち向かいながら、貧困の課題を抱えている子も多くいます。

中でも高校生に対する支援は、取り組みが進んでいない状況です。例えば母国で英語教育を受けて来日したフィリピン国籍の高校生は、英語能力を活かしたAO入試や奨学金制度の情報があればその可能性を大きく広げることができます。しかしそのような情報を得たり相談をする場所や伴走の仕組み、担い手など、彼らの可能性を広げるリソースは不足しているのが現状です」

アダチベース・外国ルーツの高校生支援責任者 加賀 大資 東京都の私立中高一貫校にて英語の教員として働いた後、オーストラリアへ英語教授法TESOLを学びに留学。帰国後、東日本大震災により甚大な被害を受けた岩手県大槌町にコラボ・スクール大槌臨学舎を立ち上げるため、カタリバへ転職。立ち上げから2016年までの4年間運営し、現在は東京都足立区にて貧困、孤独、発達の課題など様々な困難を抱える子どもたち向けの居場所兼学習支援拠点、アダチベースを立ち上げ、運営する。外国ルーツの高校生支援サービス事業責任者。

加賀:「”貧困”という一言で括られてしまう現場は、非常に複雑な要因が絡み合っており、そのリアルを前にして、彼らをこのままにしておけないと感じました。カタリバだからこそ届けられる支援のカタチは何か、模索しました。見えてきた実態として、外国ルーツの高校生は、進路や高校生活の悩みも抱えているものの、バックグラウンドを理解しながら話を聞いてくれたり、適切な情報や機会を提供してもらえる機会が乏しい。さらには、自分と似た境遇にあるロールモデルとなるような大人と出会うことができる機会も限られている。これまでカタリバは、『対話』と『ナナメの関係』を届けてきましたが、これまで出会った高校生と共通することは多く、カタリバという組織ができることがあるのではないかと思ったんです」

カタリバは2001年の創業以来「対話とナナメの関係」を10代に届けてきた

違いが豊かさを生む社会を目指す
一般社団法人kuriyaとの提携

対話を軸にしたキャリア支援はカタリバの強みな一方で、外国ルーツの高校生に特化した支援実績はない。そこで専門性のある団体、一般社団法人kuriya(代表理事:海老原周子 以下、kuriya)と幾度かの合議を重ね、2019年9月、共同でサービス開発・展開を実施していくことが決まった。

kuriyaは2009年から外国ルーツの高校生の中退予防やキャリア支援に取り組んできた。たくさんの可能性を持ちながらも、社会から孤立する移民の若者が輝ける社会を目指している。これまで300名の若者を対象にプログラムを提供すると共に、直接支援のみならず、政策提言やセミナーなどの環境整備も手掛ける。代表の海老原周子さんにカタリバとの協働のきっかけを聞いた。

kuriya代表理事 海老原 周子 慶應義塾大学卒業後、(独)国際交流基金・国連(IOM国際移住機関)で勤務。2009年に外国籍の中高生と地域とをつなぐ多文化理解ワークショップを立ち上げた事をきっかけに、2016年一般社団法人kuriyaを設立。外国籍等の高校生のキャリア育成に着手し、定時制高校での放課後の居場所づくりを通じて、中退防止やキャリア支援に取り組んできた。また、多文化理解教育として、映像や写真を通じた外国籍等の子どもや高校生の表現活動も行なう。東京を中心に、これまで100回のワークショップを実施。

海老原:「外国ルーツの高校生支援を初めて10年がたち、次の方向性を模索していた時に、代表の久美さんと出会いました。若者の持つ可能性をとことん信じる。それは、kuriyaの活動でも一番大事にしてきた部分でもあります。カタリバのビジョンや事業の話を聞いていくうちに、こんな団体が外国ルーツの高校生のことも、やってくれたらいいなあと思うようになりました。カタリバの『どんな環境に生まれ育ったすべての10代が、未来をつくりだす意欲と創造性を育める』というミッションは、外国ルーツの子にもあてはまると感じました。」

kuriyaの活動の様子

海老原:「カタリバは、届ける力がとても強いと感じています。まだ見えない価値をわかりやすく言語化し、新しい試みを事業化する事で、社会に新しい価値や変革を届ける団体。なかでも、学校との連携のノウハウが多く蓄積されています。これは新しい事業でも必要な部分で、互いに協働することで、より多くの外国ルーツの高校生の可能性を引き出し、育てていけるのではないかと期待しています。」

カタリバとkuriyaが実現する外国ルーツの
高校生への新しく包括的な支援

カタリバとkuriyaは、年々増える外国ルーツの高校生たちに、「適切な言語支援・学習支援」「孤独にならない居場所づくり」「キャリア支援」を包括的に行うことで、進学できずに非正規就職で経済的困窮状態に陥ることを防ぎ、むしろグローバル人材として活躍する未来をつくることを目指していく。

まずはキャリア支援から始め、都立高校に通う意欲のある外国ルーツの高校生に対して、高校への出張型カウンセリングと学校外の相談場所をつくることで、進路・進学につながる力や体験、情報を提供する伴走支援を行っていく予定だ。

外国ルーツの高校生に伴走する

加賀:「複合的に絡み合った貧困や困難さの要因を、我々は一つ一つほどき、解決に向けて要因ごとの適切なサポートをしていかなければならないと感じています。様々な可能性を持ちながらも、孤立しがちな外国ルーツの高校生が、日本での未来を描けるように。kuriyaとお互いの強みを活かしながら連携し、外国ルーツであること、国籍や生い立ちの違いが格差につながるのでなく、『違いが豊かさとなる未来』を目指していきます。」

カタリバとkuriyaの協働により生み出されていく新しいカタチの高校生支援がどのように日本中に拡がっていくか。そして、外国にルーツをもつ高校生や彼らを取り巻く環境にどのようなインパクトを与えられるか。カタリバとkuriyaの新たな挑戦が始まった。

(左) NPOカタリバ 事業責任者 加賀 大資
(中央) kuriya 代表理事 海老原 周子
(右) NPOカタリバ 代表理事 今村 久美

文=長濱彩
バナーデザイン=青柳望美

Writer

長濱 彩 編集担当

1988年生まれ。神奈川県横浜市出身。横浜国立大学卒業後、JICA青年海外協力隊でベナン共和国に赴任。理数科教師として2年間活動。帰国後、2014年4月カタリバに就職。岩手県大槌町のコラボ・スクールで数学を担当。小学部、適応指導教室の立ち上げにも携わる。第一子出産を機に島根県雲南市のおんせんキャンパスへ異動。不登校支援を行う。第二子出産と夫の転職を機に、沖縄県那覇市へ移住。2019年5月~復職し、在宅でカタリバmagazineの編集を行う。

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