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KATARIBA マガジン

緊急事態宣言から1ヶ月。 アダチベースが伴走する、困難を抱える子どもたち

vol.145Report

子どもたちの「ライフライン」を
弁当支援で守り続ける

2020年4月16日、新型コロナウィルス感染症の拡大に伴い、緊急事態宣言が全国に拡大された。一足先に緊急事態宣言下に置かれた地域のひとつ、東京都足立区には、カタリバが区から委託を受け運営する困窮世帯の子どもたちのための放課後の居場所「アダチベース」がある。来所する子どもたちの中には、アダチベースの食事支援や第三者とのつながりなどが「ライフライン」として極めて重要な位置づけとなっている子もいる。そんなアダチベースは、この緊急事態宣言からの1ヶ月間、どのように対応を進めてきたのだろうか。

緊急事態宣言発令前にさかのぼると、2月27日の全国一斉休校の要請後、3月2日より区内の小中学校は休校措置となり、アダチベースも3月3日より原則閉館としていた。しかし、孤食傾向の子どもたち対象の食事支援と、進路未決定だった中学3年生対象の学習支援は開館時間を短縮して拠点で行っていた。来所支援対象以外の子どもたちには、オンラインを通じての学習と居場所支援をいち早く開始し、電話やオンラインでの居場所づくりに取り組んだ。

その後、4月7日に政府より東京都を含む7都府県に対して緊急事態宣言が発令され、アダチベースは食事提供を含む2拠点での活動の完全中止を余儀なくされた。アダチベースのスタッフ、川井裕子は当時の状況をこのように語る。

川井:「緊急事態宣言を受けて、アダチベースでは食事支援必要層の見直しを行い、対象者には『弁当配布』を行うことにしました。まず保護者と子どもそれぞれに、食事支援が必要かどうかをヒアリング。子どもはいらないと言うけれど、保護者は食事の用意ができないのでもらってほしい、またはその逆など、親子の意見が違うケースもありました。さらに食事支援の対象となった子どもの中には、家庭の方針により外出自粛などの理由で受け取れないということも。そういったそれぞれの子どもの状況を一つひとつ丁寧に確認した上で、緊急度が高い場合はすぐに必要な支援につなげられるよう対応を続けています。

アダチベーススタッフ  川井裕子 大学卒業後、東京の一般企業に勤務。東日本大震災を機に、NPOカタリバへ転職。震災で大きな被害を受けた宮城県女川町のコラボ・スクール女川向学館の運営に約5年間従事。現在は東京都足立区にて貧困、孤独、発達の課題など様々な困難を抱える子どもたち向けの居場所兼学習支援拠点アダチベースの運営に携わっている。

現在、毎日午後5時半から6時の間に、5~10個の弁当配布を行っている。弁当は、地域のお弁当屋さんに注文したものや、かねてから食材支援を受けている大戸屋からの支援でまかなっている。地域のお弁当屋さんは、子どもたちの好きなものを中心に栄養バランスを考えた献立を作り、この支援を支えてくれている。

地域のお弁当屋さんが栄養バランスを考え、調理・配達を行ってくれている

国連WFPによると、新型コロナウイルス感染症拡大の影響で、日本以外でも世界各地で3億2,000万人以上の子どもたちが、学校休校により学校給食が食べられなくなっている。困難な家庭の子どもたちにとって学校給食1食分の価値は大きく、給食がなければ必要不可欠なビタミンなどの栄養摂取も難しくなるという。

川井:「学校が休校になった当初、アダチベースの食事に参加した半分以上の子どもたちが、『この夕食が今日初めての食事だった』と言っていました。拠点での食事提供ができなくなっても弁当配布という形で、子どもたちの『ライフライン』を守り続ける必要があると思っています」

オンライン支援で
子どもたちが頼れる素地づくりを

この弁当配布のような支援以外にも、アダチベースではオンラインによって子どもたちの学習支援と心のケアを行っている。休校要請発表後すぐに、2拠点の子どもたち全員にタブレットとWi-Fiを無償貸与し、3月3日より「オンラインアダチベース」をスタートさせた。オンラインアダチベースでは、実際にアダチベースに来所しなくてもタブレットを立ち上げれば、ビデオ会議機能でスタッフや友達とつながり顔が見える「自習室」を設けた。

オンラインアダチベースを始めた当初のスタッフ。画面越しに子どもたちとコミュニケーションをはかる

このオンライン上の居場所は出入り自由で、マイクの利用によってスタッフや友だちとの会話も可能だ。そのほかにも、個別の学習面談や、学習支援コンテンツの配信を実施中。アダチベースと同じように編成された「クラス」に集まることもできる。また、居場所支援となるような、テーマトークやゲームなどのイベントも随時実施して、相互コミュニケーションの場も提供している。

オンライン支援は学校に行けない子どもたちの、学習と居場所の受け皿として開始されたものだ。しかし、情報機器を渡して、場を提供すればすべて解決、というわけにはいかない課題も見えてきたと川井は語る。

川井:「いざオンライン支援を開始してみると、子どもたちから様々な声があがってきました。そもそも設定や使い方がわからない、親が忙しくて対応できない、家の中が散らかっていて映像を映したくない、小さい兄弟姉妹がいて落ち着かない、オンラインでの会話を親に聞かれたくない、いざオンラインのルームに入ると知らない人ばかりでコミュニケーションが難しいなど、子どもによって様々です」

川井によれば、SNSに慣れているとは言え、子どもたちにとって「オンラインアダチベース」のような場でのコミュニケーションは初めてのもの。まったく知らないわけではないが、リアルの場で話したことのない同世代と画面越しに顔を見せ合い、オンラインで接するということは、距離感の作り方や話しかけ方など彼らにとって難しいことの一つのようだ。そんな子どもたちに対し、好きなもので集まれる「オンライン部活動」に参加してもらうことや、個別学習支援でのスタッフとの対話を入口にすることなどから、この仕組みと環境に慣れていく工夫をしている。

また、情報機器を全員に配布し、オンライン上に安心安全の場があるよ、と待っているだけでは困難を抱える子どもたちは拾いきれないと川井は言う。子どもたちを孤立させないアダチベースのスタッフの伴走は、オンライン支援がメインとなった現在も変わらない。むしろより一層きめ細やかな「ヒューマンタッチ」が必要とされているようだ。スタッフは子どもたちと密な連絡をとるように努めている。たとえ直接会えなくても電話をかけ、用件だけではなく「今日どうしてた?」「ごはん食べないの?どうして?」など、近況を聞いて丁寧なコミュニケーションを積み重ねている。電話がけに1~2時間をかけて、今はまだ平気でも、本当につらくなった時に子どもたちが頼りにしてくれる素地作りに努めている。

川井:「世の中が不安に包まれる中、大人たちの仕事にも影響が出てきており、保護者のストレスも高まっている状況です。子どもたちの置かれている環境も刻々と変化していますが、彼らはそんな中でも自分たちが担えることは担おうと日々頑張っています。けれどもずっと家にいて、学校もアダチベースもなく、気持ちが沈んでしまうこともある。たとえ直接会ってではなくても、オンラインでも、電話でも、『こういうことがつらいんだよね』『ストレスたまってきた』などと話せる相手がいる、頼れる場所があるんだと伝え続けたい。こんな状況だからこそ、安心感を持ってほしいと思っています」

 

新しい意欲や好奇心を生み出し、
前に進むきっかけづくりを

「アダチベースオンライン」開始から約2か月。導入には難しさもあったが、同時に思いがけないメリットもあったと川井は言う。

川井:「普段はアダチベースを、学習場所利用としてのみ使っていた子が、オンラインになったら居場所として利用してくれるようになりました。『オンラインアダチベース』では、1日4回の定期配信があるのですが、その全部に参加してくれるように。好きなアイドルや本でつながれる『部活動』では、学年を超えた交流も生まれています。また、英語の歌を日本語に訳して歌うなどのオンラインイベントを開催しているんですが、そういった催しに興味を持ち始めた子もいます。今まで見えてこなかった子どもたちの好奇心を、刺激するきっかけになっていると感じます」

子どもたちの関心や好奇心を刺激しながらオンラインでのつながりを育むスタッフ

オフラインでなければできないことがある一方で、オンラインだからこそつながれる可能性も生まれてきていると川井は話す。いつまで続くかまだわからないこの状況の中で、オンラインだからできることを模索していきたいと考えている。

川井:「3月、4月は、どの子どもたちにとっても特別な月です。中3は、高校生になり環境が変わります。他学年にとっても学年が上がる意味は大きいです。アダチベースでもスタッフが変わり、通常なら、卒業式や修了式があり、『1年を終えて、また新しい1年が始まるんだ』とみんなで一斉に気持ちを切り替える、重要な節目の時期です。けれども今年はそれがなく、いつの間にか新学年が始まっていました。子どもたちは、新鮮な気持ちを持ちにくく、新しい意欲や好奇心を生み出しにくい状況です。そんな中オンラインで、子どもたちにいかに『新しいもの』に関心を向けてもらえるかが私たちの課題だと思います」

このような状況の中、子どもたちが置かれている環境によって教育格差がますます広がっていくのは残念だと川井は言う。アダチベースは、そうした環境による分断がこれ以上広がらないよう、休校中の学校や困難を抱える家庭がまかなえない、子どもたちが前に進むきっかけ作りや意欲の育みをオンラインで続けていく。そして学校が始まった時に、スムーズに引き継げるよう「トンネル」の役割を果たしたいというのが、川井の願いだ。

そもそも、今まで実際に会って行っていた学習や友だち、スタッフとのコミュニケーションを「オンライン」で行うこと自体が、子どもたちにとってまったく新しい経験だ。新型コロナウイルス感染症拡大という不安な状況の中でも、アダチベースは子どもたちに、新しいものに果敢に挑戦していく希望の種をまいている。

状況が刻一刻と変わる中、より良いやり方を模索しながらではあるだろう。しかしこの世界的な危機をきっかけに、困難を抱える子どもたちが一層社会から分断され取り残されないよう、一人ひとりへの伴走を続けていく。

Writer

上村 彰子 ライター

東京都出身。2006年よりフリーランスでライター・翻訳業。人物インタビューや企業マーケティング・コピーライティング、音楽・映画関連の翻訳業務に携わる。現在、カタリバ発行のメルマガや各種コンテンツライティングを担当。

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