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「東北のすべての高校生にマイプロジェクトを届けたい」出張型の探究学習支援の現場

vol.164Report

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category #活動レポート

writer 長濱 彩

2020年、高校生の「学び」は大きな転換期を迎えている。正解が決まっていない、予測不能な現代・未来を生きる彼らには、ゼロから有を生み出す力、自身に紐づいたテーマに対し、柔軟に、創造的に生きることが求められる。2022年度から施行される新学習指導要領などの教育改革の流れに加え、感染症の流行や自然災害の増加など、ひとりひとりの生きる意欲と社会に向き合う主体性や創造性が問われる時代になってきたといえるのではないだろうか。

カタリバは、福島県のふたば未来学園や岩手県の大槌高校、島根県の雲南市といった各地で、常駐するスタッフが地域や行政や先生たちと対話をしながら、探究学習のカリキュラムデザインや授業の実施、地域を巻き込んだ学びのコーディネートを行っている。その取り組みに注目が集まる一方で、「あえて」拠点を構えず、高校に対して「点」で関わり、探究学習の出張型支援を行なっているチームもある。

今や全国2万人の高校生がエントリーするまでになった全国高校生マイプロジェクトアワード(※)東北事務局も担う、「東北マイプロジェクトチーム」がそのひとつだ。東北出身のスタッフ2人を中心に、「東北のすべての高校生にマイプロジェクトを届けたい」という理念を掲げ、挑戦する現場を取材した。

※身の回りの課題や関心をテーマにプロジェクトを立ち上げ、実行することを通して学ぶ、実践型探究学習プログラム、「マイプロジェクト」を実行した全国の高校生が一堂に会し、プロジェクト活動を発表する、日本最大級の「学びの祭典」。

探究授業とオンライン相談会
伴走者の役割とは

東北マイプロジェクトチームが行う出張型支援は、どのように行われているのだろうか。実働を担う鈴木に話を聞いた。

鈴木:「探究授業を通して関わっている高校には、2~3年かけて先生たちと一緒に授業をつくりながら、徐々にマイプロジェクトや探究的な学びの文化が根付いたらいいなと考えています。それと、毎月定例で高校生向けに“オンライン相談会”も行っています。オンライン相談会は、高校生たちがプロジェクトを推進する上で生じた悩みやアドバイスを求めたいときに、気軽に参加できるオンラインの場です。自主的にプロジェクトを進めている、意欲の高い高校生たちからの相談もよくきますね」

マイプロジェクト東北事務局 鈴木胡美 1991年生まれ、福島県出身。大学入学とともに上京するが、大学2年生の春に東日本大震災が起き、いつかは東北のために働きたいと思うようになる。大学卒業後は新卒で英会話スクールに就職し、その後カタリバが行っているマイプロジェクトの事業に携わりたいと思いカタリバに転職。2016年4月より女川向学館で勤務を開始し、主に中高生の英会話プログラムを担当。現在は、東北地域のマイプロジェクト事業を推進している。

「伴走者」という立場をとる鈴木は、高校生たちからの相談に対し、どのようにアドバイスするのだろうか。

鈴木:「相談にくる生徒たちからは、『これでいいんですか?』『あってますか?』と聞かれることが多いんです。探究って明確な答えは1つではなくて、強いて言うなら自分がOKだと思ったらOKなんですよね。自分がOKだと思う道を進んでみて、あれ、ちょっと違うなと思ったら戻ればいいんです。なので、『それでいいんだよ、自信もっていいんだよ、とりあえずやってみたら?』という声掛けをよくしています。

それから、伴走者としてもう一つ意識している点があって。高校生たちが提案するプロジェクトにあえてクリティカルな問いを投げる役です。前提を疑ってかかるというか、『それって本当にそうなの?』『それって必要なの?』『具体的にどういうこと?』という、本人が気づきにくい部分や気づいていない点を改めて問うということをやっています。数年前まではただただ励まして、勇気づける伴走スタイルだったのですが、やっぱり、より高校生の学びを深めていくためには、『考える視点』を高校生たちに投げてあげることが伴走者の役割かなと思っています」

非日常なナナメの関係という立場から高校生のプロジェクトに寄り添う鈴木

鈴木が関わったプロジェクトのひとつを紹介しよう。岩手県でトップの進学校、盛岡第一高校の女子生徒3名が取り組んだ、「将棋のプロジェクト」だ。3人は将棋部で、ものすごく将棋が好きだが、女子の将棋人口は非常に少なく出られる大会も限られている。「もっと誰でも将棋が楽しめる社会にしたい」という想いからこのプロジェクトを立ち上げ、初心者向けの「将棋入門ゲーム」を開発した。

この開発過程で、「この進め方でよいのだろうか」「よりよい方法はないだろうか」と不安になったりアドバイスを欲したときに、彼女たちは決まって鈴木が主催するオンライン相談会に参加した。彼女たちにとって、より近く、フラットな存在の鈴木と相談できる貴重な場だ。ゲームの膨大な量のバグ修正に追われ、先の見えなさに不安になっていた時は、専門的で実践的なスキルアドバイスをくれるプログラマーを紹介してもらったり、今後の計画を一緒に見直し、次に進むための後押しをしてもらったりもした。相談を受けた鈴木は担当の先生へ情報共有し、その後の学校でのフォローも依頼した。

探究の授業は2年生で終わったにも関わらず、3年生になった今も彼女たちは自主的にゲームを作り続け、改良を重ねているそうだ。プロジェクトを実行する本人たちが本当にやりたいことを軸に据え、適切な伴走者がいることで学びがより深くなる、好い例ではないだろうか。

全国高校生マイプロジェクトアワード岩手県Summitに出場し、入賞を果たした将棋のプロジェクトの3人

ナナメの関係だから
引き出せる探究心

鈴木によると、学校への探究学習支援は4~7月が最も忙しい時期。「総合的な探究の時間」の年間カリキュラムを「立ち上げ期」「アクション期」「振り返り期」の3つの段階に分け、それぞれの期によって、学校の先生たちと役割分担をしながら実行していく。

カタリバスタッフは担当する学校数から考えても、すべての授業に参加することは難しい。そこで、探究の大きな道筋づくりは先生と相談しながらカタリバが中心となり策定、生徒それぞれへの日常的な伴走は先生方、裏でカタリバが先生たちの相談に乗る、といった具合だ。新年度が始まる前に、担当の先生たちとオンラインなどによる打ち合わせを数回にわたって行い、双方合意の探究カリキュラムを練る。それぞれの学校の教育目標やこだわり、目指したい生徒像、学力、生徒の特徴などを詳細にヒアリングした上で、探究の軸を決め、その学校に適した探究学習のカリキュラムをデザインしていく。

授業の形態も学校ごとに異なるが、特に鈴木が一貫してこだわっているのは、「立ち上げ期」の授業にはできるだけ多く関わり、生徒とのゆるやかな人間関係を築きながら、探究学習の根幹を伝えていくことだ。これまでのマイプロ事業の中で培ってきたノウハウを伝達しながらも、一人一人のテーマ設定に徹底的に向き合う。

立ち上げ期は生徒との関係づくり、探究の根幹を伝えるために、できるだけ多く高校生たちとコミュニケーションをとる

鈴木:「今まで私も小中高と学校教育を受けてきた中で、自分のやりたいことや興味があることを、なんとなく周りの目を気にして、いわゆる『空気を読んで自分を出せない』ということがあったなと思うんです。これ出していいのかな?とか、これであっているかな?ということを気にして臆病になってしまって。そういう硬い心の皮を柔らかくして、『出して』あげる作業には、ナナメの関係という立場の私たちのような、スポットで現れて問いを投げかける存在というのが、必要な部分もあるんじゃないかなと思っています」

筆者が取材した、ある高校のオンライン授業の中で、鈴木が語りかけた言葉からも、生徒の「心をゆるめる」というところに注力している様子が伺えた。「みなさん、今まで、それぞれが探究するテーマの設定について考えてきましたが、もし、まだしっくりきてないという人がいたら、もう一度、テーマを設定するというところに戻ってみてもいいです。『自分に素直に正直に』これはいつも言っているんですけど、自分の心の中でもう一回唱えてみてください」

遠隔で授業を行う鈴木(上段左から2番目)と福島県立磐城高校の生徒たち

鈴木からの丁寧な投げかけに、はじめは緊張気味だった生徒たちから、徐々に自分の心の軸に紐づいたその子らしいオリジナルなテーマが出てくるという。それでもやはり不安はあるようで、周りをきょろきょろして比べてみたり、オンライン相談会でこっそり話をしてくる子もいるそうだ。鈴木は、「とにかく自信を持ってほしい。周りと違うということこそがあなたのオリジナルな探究テーマなのだから」と熱を込める。

鈴木:「東北やいわゆる『地方』の生徒の特徴なのか?とも思いますが、とにかく周りと違うことをする、考えるということに不安を感じる子が多いです。それから失敗を恐れる子も。そもそも初めてやることに失敗なしでやっていくって難しいじゃないですか。だから、探究の授業では、絶対に成功させなきゃってガチガチになるのではなくて、失敗してもいいからとにかく動いてみる、そしてそこから学ぶっていうことを大切にしてほしいと生徒たちには伝えています」

岩手県トップの進学校でもある盛岡第一高校の千篠先生は、授業でのカタリバスタッフと生徒のやりとりを見てこのように語る。

千篠先生:「カタリバの人が来ると、生徒たちの目が変わるんですよね。いつもは学校にいない、非日常な存在の彼らが発する言葉ひとつひとつをこぼさないように関心高く聞いています。カタリバさんに直接相談をする生徒の様子を見ていると、ナナメの関係でしか引き出せない、生徒たちの本音が出ているように感じて。私たち教員が同じ投げかけをしてもきっとこのテーマはでてこなかっただろうなぁという、オリジナルなテーマがポロポロ出てくるんです。声かけ1つにしても、指導者ではなく、伴走者として関わっている姿から私たちも探究学習のあり方を学んでいます」

盛岡第一高校で探究を担当する千篠先生

「震災の悲しみを強さに変える」
東北の人材育成

鈴木は2016年からトライ&エラーを繰り返し、少しずつ東北6県のモデルになるような授業を作ろうとしている。今年度は岩手、宮城、山形、福島にある4校で、先生たちと二人三脚で歩みを進める。

「東北のすべての高校生にマイプロを届ける」ことを目指し、その実現に向けた具体的なロードマップを描いている。なぜ、彼らは東北にマイプロを広げることにここまでこだわるのだろうか。その想いを聞いた。

鈴木:「私は福島出身で、大学2年のときに震災が起きました。大学を卒業して就職した後、いつか東北のために何かしたい、でも何ができるかわからないというときに、マイプロジェクトに出会いました。もしかしたらこのマイプロジェクトが、東日本大震災という大きな打撃を受けた東北を復興させる大きな力になるのではないかと思いました。ピュアで内弁慶な東北の子どもたち一人一人がマイプロジェクトに取り組んで、未来の東北を引っ張っていく人材に成長していくこと。それってすごいパワーだなって思って」

探究の授業やマイプロジェクトを通してイキイキとする高校生たち

鈴木:「さらに、東北には、震災をきっかけにいろいろな社会教育団体が集まり、熱くて面白い大人同士がつながっています。みんながそれぞれに東北を元気にしよう東北にしかできない面白いことをしようと頑張っている。そんな人たちとセクターを越えて協力して、マイプロジェクトアワードの県バージョン(岩手県Summitなど)のようなひとつの大きなものをつくりあげられるのはとても楽しいし、価値があるなって思います。

私の中で、今高校で行っている授業の原点は、すべてこの社会教育団体を始めとするみなさんと一緒につくった『東北カイギ』というマイプロジェクトのスタートアップイベントにあるんです。そのときに感じた熱量やマイプロジェクトに取り組む高校生たちの可能性をみて、『マイプロジェクト』という言葉が東北の高校生にとって当たり前になり、誰もがマイプロジェクトに取り組むことのできる環境をつくっていくことが、3.11からのひとつの復興のカタチになっていくと考えています」

東北にマイプロジェクトが広がる原点となった「東北カイギ」

鈴木は、スポットでの関わりであるがゆえに、生徒の成長や学校の変化を間近で見られない寂しさもあるという。しかしそれ以上に、より多くの高校生たちに変化や成長の種をまけることにワクワクしたり、年間を通して成長や変化をみられるのもまたよいという。

数年後、東北から排出されるマイプロ高校生たちが、互いに創発しながら、自分たちのふるさとに誇りをもち、どのようなアクションをしていくのか、その影響力が日本や社会にどのように広がっていくのか、楽しみだ。

Writer

長濱 彩 パートナー

神奈川県横浜市出身。横浜国立大学卒業後、JICA青年海外協力隊でベナン共和国に赴任。理数科教師として2年間活動。帰国後、2014年4月カタリバに就職。岩手県大槌町のコラボ・スクール、島根県雲南市のおんせんキャンパスでの勤務を経て、沖縄県那覇市へ移住。元カタリバmagazine編集担当。現在はパートナーとしてオンラインによる保護者支援や不登校支援の開発を担う。

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