被災した熊本で、地域にお風呂を開いた児童養護施設。1か月の日々を子どもたちと壁画に[代表のつぶやき]
Voice
熊本県の児童養護施設・八代ナザレ園のみんなと、壁画を描きました。
ここは、普段は子どもたちが暮らす場所ですが、今年7月の熊本地震で地域が断水した後も井戸水が使えたため、子どもたちの住む生活棟のお風呂を、困っている地域の方々に約1か月開放することに。途中で能登からの恩送りのように8部屋のシャワールームが届き、16の浴室が15,000人ほどの方々に貸し出されました。
職員の皆さんは自宅の復旧もそこそこに、ほぼ24時間体制、多い日で1,000人規模の受付、誘導、時間のマネジメント、風呂のメンテナンスなどを続けました。カタリバは、県内各地の被災地で、各地の子どもの緊急居場所を運営。それと並走する形でこの1か月、ナザレ園メンバーのつもりで浴室開放事務局のサポートとともに、園の子どもたちを外に連れていくなど、職員の皆さんの懸命な日々をバックアップしてきました。
子どもたちの「自宅」も懸命に守り続けた職員の姿
子どもたちは、本当によく我慢しました。
外から人が来るから、部屋から出られません。ここに住んでいる子たちは他の施設同様、大人が丁寧に見守ることが必要な、多様な背景からここにたどり着いた子たちであり、ここは彼らの今の自宅。「僕の家に連れていって」という子もいたし、「3食食べられるだけで幸せ。ここに来られて助かった」と言っていた子もいましたが(自分の家族や家のことを話したがる子が多いように思いました)環境を選べる子たちではありません。
そんな彼らの自宅の庭に、ある日を境に1日1,000人の知らない人が出入りしている状態で、安全管理の意味では、いったん「出てこないように」とするほかありませんでした。職員さんたちの懸命な頑張りと順番を待つ地域の人たちを、ベランダからじっと見つめる子どもたちの姿が忘れられません。
シャワー利用者が減ってくる深夜1時から、園長の鎌田さんと私たちの夜のカタリバがダラダラっとはじまって、PC作業しながらいろいろな話をしました。想像以上に、児童養護施設というこの場所の平時からの運営は、きれいごとでは済まないさまざまなことをグレーなまま受け入れて、長い目で見た時の子どもたちの未来につなぐために、懸命に働いていらっしゃることがよくわかりました。
シラサギが「祈りのシャワー」を降らせる壁画
災害は起きないほうがいいに決まっていますが、起きてしまって平時とは違う活動がはじまると、数日で新たな出会いが爆増します。みんなのこの1か月の想いを何かにつなげようと、協力を申し出てくれた、俳優の斎藤工さん、アーティストのミヤザキケンスケさん、アナウンサーの鈴江奈々さんと8月後半、連日オンラインミーティングをしていました。園のシャワー貸し出しは終わるけれど、まだ避難生活が続く方々への応援をみんなで描いて、園から地域に向かって掲げようという企画が生まれました。
企画から5日後、企画者の皆さんが八代に集まってくれました。前日は職員と深夜に「どんな思いを込めたいか」について会議。そして朝から子どもたちと「みんなが元気になるラッキーアイテム」を考えて、絵をつくりました。

カブトムシやワニ、愛犬などのラッキーアイテムと、園の住居棟(ホーム)の名前になっている肥後六花、能登のシャワーコンテナ、そして園によく遊びに来るシラサギが、熊本のみんなの幸せに祈りのシャワーを降らせている絵。

この夏、お風呂のシャワーは、被災した方々への応援歌でした。完成した絵を前に、疲れがどっと出ていたのか感動したのかわかりませんが涙を流す職員の方、それを見て一緒に泣く子どもたち(と、私たち)。今日までの日々を、毎日絵をみることで、だんだんと意味づけていけたらいいなと思いました。
職員のカタリ場から生まれた、ナザレ園のこれから
平常運転に戻って1週間ほどたった9月2日。「この1か月のエネルギーを、今後につなぎたい」という園長の想いから職員研修会でカタリ場企画をしてみました。

職員さんたち、いつも忙しくて、あまりお互いの想いを語ることもないとのこと。あえて「なぜここで働くことにしたのか」「地震の前、どんな気持ちで働いていたか」「この1か月、そして今、どんなことを考えているか」。そんなことを、みんなでゆっくり時間をとって語り合いました。最後には妄想企画会議を!テーマは「ナザレ園が、これからどんなことをしていけたらいいか」。
「みんな料理ができるから、お総菜屋さんをやったら、働いているお母さんたちと接点が持てるのでは」
「職員一人ひとりが持ち場をしっかり果たせる、チームの工夫」
「子育て支援センターの機能を持てないか」
継続したい!ということで、立場を超えた横断のプロジェクトとして、しばらく議論を続けていこうとなりました。
“中の人”になって受け取った気付きの連続
個人的には、あまり深く関わることのなかった児童養護施設の“中の人”のようになったこの1か月、知らないことがこんなにもあったかと、気付きの日々でした。抱っこ抱っこ、おんぶおんぶと、うちの子のその年齢の時よりも、抱きしめてほしい子どもたちと生活する中で、血のつながりってなんだろうかと、考える時間でした。
いったん被災地支援としてのナザレ園との関わりはここで終わりましたが、平常運転のナザレ園を、ここからも応援していきたいと思っています。
最後になりましたが、カタリバの被災地での活動は、すべてご寄付を託してくださった皆様の「被災した子どもたちへ」というご意思を、現場で形に変えさせていただき、運営しております。改めて、数ある支援団体の中で、カタリバを信じてくださって、本当にありがとうございます。
Photo by 逢坂 憲吾