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「助ける人・助けられる人」を超えたい。地域と歩んだ、災害時子ども支援[令和8年熊本地震]

vol.452Report

2026年7月28日、熊本県を震度7の地震が襲いました。災害時子ども支援に取り組むカタリバの「sonaeru(ソナエル)」チームは直後から情報収集を開始し、翌日から現地で被害状況や子どもの居場所のニーズに関する調査をスタート。被害の大きかった地域を中心に子どもの居場所を4市町11か所に開設し、のべ2,300人以上の子どもたちを受け入れました。

全国の災害支援団体や現地の地域団体、被災地域の行政等とも連携し、「地域の方々と一緒につくる」ことを目指して取り組んだ今回の支援。この記事では、約1か月間の活動内容と現場からの視点をレポートします。

地域とともに、顔の見える関係性の中での居場所づくりを目指して

カタリバはこれまで東日本大震災や西日本豪雨、能登半島地震など、災害によって大きな被害を受けた地域で子どもの居場所支援を行ってきました。発災直後の子ども支援において、外部支援者が1日でも早く駆けつけることの重要性を掲げてきた一方で、近年ではその立場の難しさについても感じていました。

今回の活動への想いを代表の今村はこのように話します。

「これまでの支援は、カタリバが現地に行き、居場所をつくり、ここでやっていますよと告知して、子どもたちが来てくれるという流れでした。外から来た私たちがアセスメント(状況の評価・査定)をして、ヒアリングして、ニーズを“把握”する――でも本当は、地域にはすでに信頼されている人がいて、その人が一番ニーズをわかっている。しかも被災地のニーズは毎日変わる。だからこそ、その土地のリズムや生活を知っている人と仲間になり、『助ける人』『助けられる人』の関係を越えていくことがとても大事だと、これまでの支援から学びました。

もっと地域の顔の見える関係性の中で、『ちょっと見てて』『預かるよ』みたいな輪が生まれていくような、そんな仕組みをつくることができたら、より持続的で、多くの子どもや保護者の方に届くのではないかと思うようになったんです」(カタリバ代表 今村)

そこで今回は、現地で団体を立ち上げて活動をしていたり、地域の中で様々なつながりを持っていたりする方々と一緒に居場所づくりを進めていくことに。顔の見える関係の中でスタッフを集めてもらい、カタリバは運営サポート、ボランティア配備・調整という役割分担で、各地に居場所を展開しました。

発災から数日後に撮影された、倒壊した家屋の様子発災から数日後に撮影した、倒壊した家屋の様子

「居場所を開設した地域の方からは『カタリバが後押ししてくれたから実現できたよ』とお声がけいただくこともありました。でも、カタリバがしたのは実現の後押しとサポートだけで、地域の皆さんに、もともとその力があるんです。子どもや家庭を支えようと各地で立ち上がっていく居場所を見て、今回そのことを心から実感しました」(sonaeru事業責任者 石井)

 

学童も保育園もお休みに。地域の方々が主体となり各地に広がった子どもの居場所

「家の片づけをしたいが、子どもがいるとなかなか進まない」
「学童や保育所は休みとなり、保護者は預け先に困っている」
「外は暑くて遊べないし友達とも遊べなくて退屈していて、(避難所で)ずっとゲーム」

大勢が過ごす避難所の片隅で静かに過ごすことを求められストレスが溜まっていたり、忙しい大人に気を遣い不安な気持ちを溜め込んでしまったりと、現地の方のヒアリングからは子どもの心身の状況に関する様々な声が聞こえてきました。

カタリバは現地のつながりを辿ってリアルな声をうかがいながら、益城町・八代市・宇城市・氷川町で地域の方々とともに居場所を開設しました。

益城町の一般社団法人Tableと共同で運営した「みんなのこども部屋」「みんなの学習ルーム」

益城町では、一般社団法人Tableと共同で「みんなのこども部屋」「みんなの学習ルーム」を開設。一般社団法人Tableは、2016年熊本地震の際に益城町で立ち上げた「コラボ・スクールましき夢創塾」(カタリバ運営)にて、現地スタッフをしていたカタリバ元職員の井下 友梨花さんが、その後現地に根を下ろして立ち上げた団体です。

井下さんは子育て世代。発災直後のことをこのように語ります。

「自宅はガラスが割れ、物が倒れてぐちゃぐちゃで、子どもは危なくて家に入れない状況でした。夜は親戚の部屋を幸いにも借りることができたのですが、余震が続いて、眠れませんでした。

翌日からは家族で役割分担をしながら家の片付けと子どもの対応。私はとりあえず子どもを連れて避難所を見に行ったのですが、多くのエリアで停電が続いており、熱中症リスクもあり、日中の屋内の片付けは進められない状況でした。幼い子どもがいる友人家族は避難所生活が難しく、車中泊をしていました。児童館も被災していました。震源から少し離れていたとしても、子どもも大人もホッと一息つける場所が必要だと強く感じたんです」(一般社団法人Table 井下さん)

「いのちゃん(井下さんのニックネーム)がやるなら、手伝うよ」と、顔の見えるつながりの中で地域の人々の力が集まり、行政も即時に判断もしてくれ、居場所が開設されました。カタリバは運営面からこの取り組みをサポートしました。

益城町のコミュニティセンターで開設された居場所益城町のコミュニティセンターで開設された居場所

八代市、氷川町、宇城市でも、地域の方が主体となって居場所が生まれた

八代市では、地元の方がつないでくださったご縁をもとに、植柳下二自治公民館で子どもの居場所がスタート。その後、地域のPTAや自治協議会が主体となる居場所や、八代市と公益社団法人セーブ・ザ・チルドレン・ジャパンと三者で連携して開設した居場所など、様々な子どもの居場所が生まれました。

また氷川町では、ある農家さんが自宅の庭にプールを出して子どもの遊び場として開放。地域の子ども達が集い、思いきり体を動かして元気に過ごす姿が見られました。ほかにも、氷川町の竜北西部学童保育所、宇城市の当尾小学校、旧白百合デイケアセンターなど、様々な場所で居場所が生まれ、地域の方の手によって「顔の見える関係性」の中で運営が行われました。

竜北西部学童に開設された子どもの居場所では、カタリバと町内の学童スタッフが連携して運営を行った竜北西部学童に開設された子どもの居場所では、カタリバと町内の学童スタッフが連携して運営を行った

居場所を開設した当初、子どもを連れてきたある保護者は、涙を浮かべながら「本当にこれからのことをどう考えていけばいいのかがもうわからない」と話していました。また、居場所を利用した保護者たちからは、こんな声が聞かれました。

「保育園も休みで、預けられる場所があるのは安心しますし、ありがたいです」
「子どもが友達に会えずに元気がなくなっていたので、この場をつくってもらえて(子どもたちも)ホッとしているのかなと思います」
「不安定になっている子どものことを考えてケアしてあげなきゃとは思うけど、大人もその余裕がなくて。今こそ、こういう場所が必要だと感じました」

突然の災害で日常を奪われ、楽しみにしていた夏の予定もなくなってしまい、これからの生活に不安を抱えながら避難所や自家用車の車内で生活する日々……。そのストレスは子どもも大人も同じように抱えていて、子どもの居場所を開設することは、子どものためだけでなく、大人が生活再建にじっくり向き合う時間をつくる場でもあることを改めて強く感じています。

八代市の植柳幼稚園での居場所。お迎えに来た保護者と子ども八代市の植柳幼稚園での居場所。お迎えに来た保護者と子ども

「今度は自分が」。地域の力に加え、全国から駆けつけた100人以上のボランティアが居場所を支えた

様々な地域で居場所が同時に広がっていくなかで、子どもを見守ってくれる「人の力」を加速度的に増やしていく必要性を感じる場面も出てきました。

地域内の「顔の見える関係性」を基盤としたうえで、全国からも力を貸してもらえる仕組みをつくれないか――そこでより多くの方の力を居場所に届けるためのプラットフォームとして「熊本子ども支援ボランティアセンター」を開設し、子どもたちと一緒に過ごし見守る活動に特化したボランティアを募集しました。カタリバが一般の方々に向けて広くボランティアを募るのは、今回がはじめての試みでした。

ボランティアに参加してくださったのは、高校生や大学生、教員、保育士、行政職員、会社員、子育て中の方から子育てを終えた方まで、様々な立場の方々です。全国から100人以上が集まり、熊本県内や被災した地域に暮らす方も数多くいました。

「過去の災害で助けてもらったから、今度は自分の番だと思った」
「ママ友が子どもの預け先に困っていると聞いて、じっとしていられなかった」

そんな一人ひとりの思いに支えられて、複数の居場所を展開し、より多くの子どもや家庭の力になることができました。

被災地の子どもたちに「夏休みの思い出」を。夏祭りや特別イベントを開催

保護者の一言から生まれた、地域の夏祭り

カタリバが各地で活動を行う中で、ある小学校の保護者の方がこんな想いをカタリバのスタッフに吐露してくれました。

「夏のいろんなイベントが中止になって、子どもたちもずっと我慢の生活が続いていて、ストレスで限界なんです。八代の花火大会は中止になってしまったし、私も仕事柄、不安に過ごす子どもを置いて仕事にいかないといけなかった。だから、最後にひとつでも、子どもたちが楽しめるイベントをやってあげたくて……」

そこから瞬く間にボランティアの輪が広がり、小学校の保護者の方々やこれまで連携してきた地域の大人たちや高校生約50名の手によって、夏祭りが実現しました。キッチンカーの手配やゲーム企画、無料チケット制の導入まで、すべての役割を地域の人が担い、当日は約300人が来場。締めの花火に子どもたちも盛り上がり、「この場所、最高だね。またやってね!」と喜ぶ声が聞かれました。

短い準備期間で地域の力が結集し開催された夏祭り短い準備期間で地域の力が結集し開催された夏祭り

「このお祭りは、カタリバ単独でやっていたら、こんなに大きく、こんなに地域に根ざしたものにはならなかったと思います。地域の人たちが中心になってやれたからこそ、あれだけの子どもたちの笑顔が生まれる場となった。とても誇らしく思っています」(sonaeru事業責任者)

お風呂を求めて人々が詰めかけた児童養護施設の子どもたちに、夏休みのイベントを

発災後から断水状態が長引いていた八代市では、児童養護施設「ナザレ園」が、井戸水からの汲み上げで断水の影響を受けていなかった施設内のお風呂を地域の方々に開放していました。

もともと地域から閉ざされがちな児童養護施設を少しずつ地域に開いていきたいという思いから、お風呂の開放を判断したナザレ園ですが、反響が想定以上に大きく、告知から数日後には一日に800人以上の方がこの施設を訪れる状況に。職員の方々は自宅の片付けもままならない中、施設の片付け、施設を利用する子どもたちのケアに加えて、駐車場に並ぶ車列の整理にほぼ24時間体制であたっていました。

カタリバはナザレ園の職員の方々が本来の子どもたちのケアに集中できるよう、受付や誘導をはじめとする周辺業務をサポートしました。また8月末、施設に暮らす子どもたちに夏休みの思い出を届けようと、協力を申し出てくれた方々と一緒に、子どもたち向けのイベントを開催しました。

▼ナザレ園の様子や活動についてはこちらの記事からご覧ください
https://www.katariba.or.jp/magazine/article/voice261008/

子どもたちと考えた「みんなが元気になるラッキーアイテム」をもとに壁画制作をおこなった子どもたちと考えた「みんなが元気になるラッキーアイテム」をもとに壁画制作をおこなった

「子どもの居場所は、今じゃない」とどう向き合うか―今後も考え続けていきたい視点と課題

約1か月の支援活動の中で、今後の災害時子ども支援において私たちが考え続けていきたい新しい課題も見えてきています。

ひとつめは、この令和8年熊本地震の支援においてカタリバが大切にしてきた「地域の方々と一緒につくる」を実践しようとするとき、担い手の心身の負担をどのように減らすことができるのかという点です。

地域の方々を主体者とする場合、彼らもまた被災者であり、自宅の片付けがあり、自身や家族の心のケアも必要な状態であるということが前提にあります。その中で支援の旗振りをしてくれているときに、カタリバなどの外部からの支援者との役割分担をどう定めるのが適切なのか――今回のケースを振り返りながら、今後も考え続けていきたい重要な視点となりました。

ふたつめは、被災地での「子どもの居場所支援」の必要性の認識がまだまだ広がっていないということです。こども家庭庁が「『災害時のこどもの居場所づくり』手引き」を示してから1年余りが経ちましたが、今でも、現地では「(発災直後は他に優先するべきことがあり、)子どもの居場所のことを考えるのは今じゃない」という声を向けられる場面もありました。

人命救助や生活再建が最優先されるべきことは言うまでもありません。それでも、子どもが安心して過ごせる時間をつくることが、大人が生活再建に向き合う時間をつくることにもつながる、という理解は、まだ十分に広がっていないのが現状です。

災害はできるだけ起こらないほうがいい。それでも、起こってしまった時に少しでも早く子どもたちへの支援が行えるよう、カタリバはこれからも、これらの課題について試行錯誤を続け、「そなえ」のネットワークづくりや、災害時子ども支援の発信に取り組んでまいります。

最後に、今回の震災でも迅速に支援を行うことができたのは、日頃よりカタリバを応援してくださっている支援者のみなさまのおかげです。改めまして、みなさまのサポートや緊急募金へのご協力に、心より御礼申し上げます。

八代市・植柳幼稚園で子どもと接する代表理事 今村八代市・植柳幼稚園で子どもと接する代表理事 今村

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Writer

高木 佳 カタリバマガジン編集担当

1990年埼玉県生まれ、長崎県在住。高校の修学旅行で訪ねた知覧(鹿児島県)で平和教育や歴史継承に興味を持つ。広島市立大学で国際関係学を学び、卒業後は旅行業界、人材業界を経てカタリバへ。広報部でオウンドメディアを担当。

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