「子どもは苦手」。でも関わり続けたいと思うのは、b-labで過ごした日々があったから
Interview
2015年、文京区に誕生した中高生の秘密基地「b-lab(ビーラボ)」。ここではリビングのようにくつろいだり、友達とわいわい勉強したり、やりたいことに思い切り打ち込んだり、中高生が思い思いの時間を過ごすことができます。この連載では、かつてb-labで青春を過ごした中高生たちの「その後」をたどります。
今回登場するのは、b-labが発行しているフリーペーパーのデザイン担当として高校3年生からb-labに関わり始め、その後2年半インターンとして活動した小椋 夏琳(おぐら・かりん)さん(以下、おぐ)。「いち担当者」から始まった関わりが、どのように広がり、今につながっているのでしょうか。当時のスタッフで現在の館長・佐渡加奈子が聞き手となり、一緒に振り返りました。

活動の場を求めて、みずから飛び込んだ中高生の居場所「b-lab(ビーラボ)」
――まずb-labに関わるようになったきっかけを教えてください。
高校3年生のとき、通っていた学校でb-labのフリーペーパー「Cha!Cha!Cha!」(*1)が配られたんです。鮮やかな黄色の表紙が目に留まって、いいデザインだなあと。ページをめくっていくと最後の方にスタッフ募集の案内があり、すぐに「これはやりたいぞ」と思いました。
高3なので大学入試を意識する時期だったわけですが、私は1年間留学していたので一般入試で受験を乗り越えられる自信がなくて… AOなど一般入試以外の方法での進学を考えていたこともあり、何か興味のある分野で活動できる場を探していたタイミングでした。
メールで連絡して、会いに行って、いろいろお話しする中で、フリーペーパーの表紙デザインを担当させていただけることになりました。
*1:文京区の中学・高校に配布されるb-labの広報冊子。年に2回発行しており、職員や大学生インターン、中高生有志メンバーにてチームを組んで制作している。バックナンバーはこちらからご覧いただけます: https://b-lab.tokyo/publications
——自分から飛び込んでいったのですね。当時からデザインへの興味は持っていたんですか?
はい、中学は美大の附属校に通っていたのでそこでデザインの基礎に触れました。そのまま附属高校へは上がらず外部の高校へ進学したんですが、デザインへの興味はずっとありました。
あと1年間の留学中に、授業でAdobeのデザインソフトを使う機会があって、せっかく使えるようになったのだから帰国後も何かしら使える場所や機会が欲しいなと思っていたのもありますね。
——当時b-labではどんな風に過ごしていましたか?
高校生活はとても忙しくて来館できる曜日も限られていたのと、人見知りだったのもあって、ゆっくりb-labの設備や周りの子たちとの会話を楽しむような時間はほとんどなかったと思います。高校生だけど「仕事のために行く」という感じでした(笑)。
b-labの面白さに気づいたのは卒業間際…大学生になりインターンとして再びb-labへ
——大学生になってからもう一度、インターン生としてb-labに戻ってこられたんですよね。その経緯を教えてください。
大学2年生になったとき、もともと一緒にフリーペーパーを担当していたスタッフの方から「もう一度インターンとして手伝ってくれないか」と連絡をいただいて即決しました。
当時、なんとなくですが、b-labを満喫しきれていないというか、使い切れなかったなという感じが自分の中にあったんです。高校卒業間際、3月に開催されたイベントに参加して初めて「面白いところなんだな、面白い人がいるんだな」と実感したのに、そのまま卒業してしまって。もう少しb-labに深く入っていけたらいいなと思っていました。
——利用者だった頃と比べて、求められることは変わりましたか?
担当領域はあまり変わらなかったんですが、大学生インターンという立場上、中高生と関わり=ユースワーク的なものをしなくてはという意識は芽生えました。
ただ私は本当に子どもという存在が苦手で…でも当時の上長がとてもユースワークに長けた方だったので、その関わり方を見習って、フリーペーパー制作チームの中高生たちとコミュニケーションを取っていきました。利用者時代に一緒に担当していた子も在籍していたので、助けられましたね。
——インターンとして戻ってきて、約半年でコロナ禍に。先の見えない状況だったと思います。
コロナ禍ではb-labも利用に制限を設けなくてはならなくなり、利用者も限られていたので、私がユースワーク的な役割を担うことは少なくなりました。なのでその期間はとにかく、自分の領域でやれることをやろうと決めて、館内掲示物をはじめ、卒業文集やZINEの発行、イベント企画など、とにかくいろいろやりました。大学もほとんど授業ができない状態だったので、ずっとb-labのことをやっていた気がします。
ちょうどその頃に児童書作家として活動されているありさん(カタリバパートナー・佐々木有子さん)が編集メンバーに加わりました。そこから編集はありさんやカタリバ職員が統括し、デザインは私が引っ張っていくような形になりました。
すごく編集部っぽくなったんですよ、2020年度から。雑誌の編集者としてもお仕事をされていたありさんは、自分が持っている経験や知識を惜しみなく私に教えてくれて、プロの編集者としての心構えも、基本的な仕事のこともすべてありさんに教わりました。フリーペーパーのデザインを任され、一つの分野に全力を注げたこの数年間が、今の自分の土台になっていると思います。
制作したフリーペーパーが納品された時の「編集部」たちの様子
b-labでの日々を通じて、当たり前だと思っていたことの新しい側面が見えてきた
——いまは児童書の編集プロダクションで働かれていますが、当時の経験がつながっていると感じることはありますか?
仕事については、もちろんありさんから教わったことやb-labで実践してきたことが活きていると感じます。ただ、実は編集者として扱う本そのものにはあまり興味がなくて、それよりもどちらかというと、「言葉」や「言語化」に興味があるんです。このことは、b-labで経験したことが大きく影響していると思っています。
——どんな経験でしょうか。
私が子どもと接するのが苦手な理由のひとつは、「この子は自分の言葉で話していないな」と感じることが少なくなかったからです。すぐに「うざい」とか、誰でも言えるような言葉でまとめてしまって、何か思っていることがあったとしても全然伝わってこない。何かを伝えたいなら、自分の言葉で喋りなさいよ、と思っていました。
でもb-labにいると、今までの暮らしでは出会ってこなかったような環境にいる子とも出会ったりすれ違ったりするわけです。学校に行かない子、トラブルを起こしてしまう子、いろんな環境で育ってきた子たちを見ているうちに、もしかしたら、言葉に出会う機会を獲得してこなかったのかもしれないと思い始めて。
そう思うくらい、自分の気持ちを言葉にすることや、それを伝えることの意義に気づいていない子がすごく多いなと思ったんです。
——おぐ自身は、どのようにその「自分の言葉で喋ること」の大切さを知ったのでしょうか。
小学校の頃、好きだったアナウンサーがラジオで「喋る前に頭の中で喋りたいことを練習している」と言っていて、なるほど、頭の中で喋ればいいんだと気がつきました。
それから、いじめにあったり、家族の関係性の中でモヤモヤすることがあったりすると、「なんでこういう気持ちになんだろう?」「自分はどうしたいんだろう?」と自分自身に問いかけるようになりました。
そうやって自分の気持ちを言葉にする癖がついて、「自分の中にあるものを言葉にしてみると、少しずつ自分のことがわかってくるんだな」と思うようになったんです。
デザインとユースワーク。掛け合わせたところに自分の役割を見つけたい
——b-labで様々な中高生と出会い、自分の興味も明確になってきた中で、あえて子ども支援の領域には就職しませんでした。その背景にはどんな思いがあるのですか?
大学では演劇を学んでいて、舞台の仕事もやりたい気持ちがあったんですが、どうしようかと悩んでいて。そんなときに、ありさんが「おぐは文章を読める人だから、編集に向いているよ」と言ってくれたんです。今までの自分を見てきてくれたありさんの言葉だったので、そのまま受け止めて編集の仕事を目指すことにしました。
いまの自分のまま新卒でb-labで働くという選択肢はありませんでした。私は居場所といってもb-labのことしか知らないし、語れることも少ない。それは子どものためにもならないと思いました。だからまず、自分の武器や蓄えみたいなのをしっかり作らないといけないなって。
——いま、あらためてデザインを学び直しているそうですね。
はい。子どもが自分の言葉を獲得していくサポートをしたいけれど、そのために必要な自分の武器の一つが、やっぱりデザインだと思うんです。なので最近、あらためて夜間のデザインスクールに通い始めました。
デザインとユースワーク、どちらかに絞るというよりは、両方を掛け合わせたところに自分の役割を見出したいです。
——最後に、10代の居場所づくりに取り組む大人たちに、伝えたいことはありますか。
「居場所をつくる人」「居場所にいる人」だけにならないでほしいとずっと思っています。
私はありさんをはじめ、利用者時代に私を信じて仕事を任せてくれたさっきーさん(カタリバ元非常勤職員・岩崎千慧さん)の働き方を見て、スーツを着て毎日同じ会社に行くだけじゃない人が世の中にはいっぱいいるんだということを知りました。それは、サードプレイスじゃないとなかなか知れないところです。
学校では先生とのかかわりがほとんどですし、家では親の仕事しか知ることができません。サードプレイスでユースワーカーしか知らないというのは、あまりいいことではないと思うんです。様々な肩書きを持った大人たちがいろんな角度から子どもたちと関わる、そんな場所を作ってほしいですね。
編集後記
「子どもは好きじゃないです、今でも」。取材後も、笑いながらそう話すおぐ。
最初は「フリーペーパーの表紙デザイン」という部分的な関わりでb-labにやってきた彼女が、館内で過ごす日々の中で見つけたのは、子どもが自分の言葉を獲得していくことへの視点でした。子どもが苦手だと言いながら、誰よりもそのことを願っている――その少し”ちぐはぐ”にも見える一面が彼女のおもしろさであり、b-labで出会った「様々な肩書きを持った大人たち」から受け取ったものなのかもしれません。
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高木 佳 カタリバマガジン編集担当
1990年埼玉県生まれ、長崎県在住。高校の修学旅行で訪ねた知覧(鹿児島県)で平和教育や歴史継承に興味を持つ。広島市立大学で国際関係学を学び、卒業後は旅行業界、人材業界を経てカタリバへ。広報部でオウンドメディアを担当。
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