宇野重規(東京大学教授)× 今村久美が語る。何もできない人はいない、あなたも社会の作り手になれる
Interview
子どもの"いまとこれから"会議 - Dialogue
2026年11月、カタリバは設立から25年を迎えます。 子どもや学校を取り巻く環境が大きく変化していく中で、私たち大人は、どのように子どもたちや教育と向き合っていくことができるのでしょうか。 いま教育に関わっている方々も、教育に関わっていない方々も、みんなで一緒に、子どもたちの「いま」をとらえ直し、「これから」について考えたい。 「子どもの"いまとこれから"会議 - Dialogue」では、カタリバの25年間の活動を通して見えてきたことや国の会議で議論されていることを踏まえながら、カタリバ代表理事今村久美と、様々な業界の第一線で活躍する方々が、教育と子どもたちの未来について対談します。 本対談は、Interfmのラジオ番組としても展開されています。 https://www.interfm.co.jp/kodomo
宇野 重規(うの・しげき)
東京大学社会科学研究所教授。専門は政治思想史。トクヴィル研究を起点に、自由と平等、社会的紐帯を研究。東日本大震災後の岩手県釜石市や島根県海士町などでフィールドワークを重ね、地域コミュニティにおける民主主義のあり方を追跡している。著書に『実験の民主主義』、『トクヴィル 平等と不平等の理論家』(サントリー学芸賞)など。今村 久美(いまむら・くみ)
NPOカタリバ代表理事。2001年にNPOカタリバを設立し、高校生のためのキャリア学習プログラムの提供を開始。ハタチ基金代表理事。地域・教育魅力化プラットフォーム理事。文部科学省中央教育審議会委員。東京大学経営協議会学外委員。
能登で見つけた、行政の支援を待たずに動き出す人たちの姿
今村:今回は、東京大学の先生で、政治思想史・政治哲学がご専門の宇野重規さんをお迎えしました。これからの社会のあり方、そしてNPOやカタリバがどんな手がかりを見つけていけばいいのか、ヒントをいただきたいと思います。
宇野:よろしくお願いします。
今村:私が宇野さんの著書『実験の民主主義』を手にしたのは、能登半島地震から1ヶ月が経った頃でした。私も現地に入って活動していたのですが、100kmも離れた県庁から、道路が寸断されて孤立した集落の状況をすべて把握するのは、どんなに職員の方が頑張っても物理的に難しい場面がある。そう痛感していました。
それなら行政の指示を待たずに、現地にいる人たちを応援しながら一緒にやっていこうと動き出したものの、手探りの支援に心身ともにヘトヘトになってしまって。そんなときに出会ったのが宇野さんの本でした。これこそが能登の現場、そしてこれからの私たちの指針になる教科書だと確信したんです。改めて、この本の内容を教えていただけますか?
宇野:私の研究は、200年前のフランスの思想家・トクヴィルからスタートしました。彼が建国間もないアメリカに渡ったとき、地域の住民たちが行政の指示を仰ぐことなく「学校がないから自分たちで作ろう」「道路がないからみんなで直そう」と、自分たちですぐに動く姿を目にします。トクヴィルはこれこそが民主主義の鍵であり、志ある人が集まって協力する力「アソシエーション」だと深く感動したんですよね。その精神を現代のテクノロジーを使って刷新したらどうなるかを語ったのがこの本です。
今村:まさにその200年前のアメリカで住民たちが見せていた自治の精神と、私が能登で見ていた風景が重なったんです。
今回の震災では、二次被害を防ぐための配慮から「現地に来ないでください」という呼びかけもあり、社会全体の関心がどこか薄れ、被災地が取り残されたような心細さを感じることもありました。ですが現地では、行政による復旧を待つ間も、自分たちでできることから動き出す人たちがいました。
ある職人さんは石を集めて道路の穴を埋め、「待つだけじゃなく、まず自分たちで道をまっすぐにしよう」と動き出していました。また、震災で水道管が切れてしまったのですが、もともと自分たちで山からの湧水を浄水して回していた集落もあり、そこでは水の被害はありませんでした。
行政の支援が行き届くまでに時間がかかる場面もある中で、自分たちで考えて動いている人たちは非常に生き生きとして見えた。これこそが、トクヴィルの感動した自治の姿ではないかと思ったんです。
宇野:今の日本は東日本大震災の頃のように、多くの予算を復興に投じる国力はありません。人口減少や財政的な制約により行政だけがすべてを担うことが難しくなっている今だからこそ、200年前のアメリカのような自分たちのことは自分たちでやるという原点が復活してきているのだと思います。
戦後の日本の行政は、一律にいろんなサービスを実現しなきゃいけないと、全国津々浦々まで水道管を張り巡らせることを頑張った。その結果、今は老朽化したインフラをどう更新していくかという、新しい課題に直面しています。
これは水道やガスだけでなく、学校の維持に悩む教育の現場なども全く同じです。それぞれの地域に住む人たちが、その土地に合ったやり方をすればいい。これまでのシステムが大きく変化している今だからこそ、固定観念を捨てて、私たちの頭を柔らかくするチャンスなんじゃないかなと思いますね。
「意見はありません」と言っていた人も、一緒に手を動かし料理をしながらだと話し出す
今村:私たちは普段、「民主主義」を選挙と捉えがちですが、そもそも民主主義の本来の意味とは何なのでしょうか?
宇野:本来、民主主義と選挙は別ものです。本当の民主主義とは、自分で参加して動き、その結果にも責任を持つという実感や手触りがあるもの。ですが、今の何年かに1回選挙に行くだけの仕組みでは、その手触りが全くないんですよね。
今村:本当にそうですね。だからこそ、この本で紹介されている「プラグマティズム」という考え方が、私が能登の現場で向き合う中での大きな手がかりになったんです。改めて、プラグマティズムとは一体どういう考え方なのか、詳しく教えていただけますか?
宇野:プラグマティズムは、「絶対的な正解が見つかるのを待っていたら、いつまで経っても動けない。だから、とりあえずの暫定的な仮説でいいから、自分の信念を信じてまず行動してみよう」という、アメリカを代表する哲学と言われている考え方です。
行動した結果、もし社会が良い方向に変わったら、その仮説は良かったと暫定的に認めればいい。つまり、最初から1つの正解を追い求めるのではなく、「私はこれを信じているから、こんな風な社会にしてみたい」と一人ひとりが現場で実験を繰り返していく。みんながそういう実験ができる社会のことこそを、民主主義と呼ぼうじゃないか、という風に捉え直しているんです。
今村:本の中で、「人間は意思があるから行動するのではなく、行動しているうちに、自分が本当にやりたかったことに気づいていく」と紹介されていて、この部分も印象深かったです。
宇野:プラグマティズムの語源である「プラグマ」は、古代ギリシャ語で「行為」を意味します。つまり、意思が先にあるのではなく、気づいたら動いていた。そして後から「自分はなぜ動いたんだろう?」と振り返って、原点を確認すればいい。この繰り返しのことなんですよね。
今村:「頭」で考える前に、まずは「身体」を動かす。この本の中では、それを「頭の民主主義ではなく、手の民主主義」という言葉で書かれていました。
能登の現場でも、この考え方に共感する場面がありました。例えば住民対話のワークショップやミーティングを開いても、地域の方々はとても謙虚で、「意見はありません」と、なかなか参加してもらえません。本当は街角でおばちゃんたちが色んな本音を話していて、行政もそれを知りたいはずなのに。
でも、「子どもたちのために、みんなの料理の仕方でご飯作ってもらえませんか?」と声をかけると、どんどん集まってくれるんです。そうして一緒に手を動かして料理をしながらだと、「この先の復興どうする?」「お家どうするの?」「やっぱりここに住みたいよね」なんて話が、ボソボソと自然に溢れ出てくる。まさに、まずやってみよう、ですよね。
宇野:やっぱり頭でっかちの民主主義はダメで、体動かして初めて共鳴したり、お互い気持ちが通い合った、新しい仲間を見つけられたようなワクワク感がなければ、民主主義は機能しないんじゃないかなと思います。
今村:台湾のデジタル担当大臣を務めたオードリー・タンさんの「Do it with others」、やろうよ一緒に、の精神ですね。
宇野:Just do itとはよく言いますが、そこに「with others」をつけたのがミソですね。みんなと一緒にやることが、価値を生むわけです。民主主義とは言葉を交わす対話だけではなく、みんなで目の前にある具体的なことに手を動かし、知恵や技術を持ち寄って、共に復旧復興するようなこともそうです。
何もできない人は、誰もいません。本来はみんなにできることがあり、それを繋ぎ合わせていくことで、社会は動いていくのだと思います。だからこそ、「あなただって社会の作り手になれる」「自分だってできるんだ」という感覚を取り戻す方向に、僕たちの議論を変えていきたいと思っています。
分かっている人たちだけで閉じこもらない。理念と柔軟性を繋ぐバランス
今村:本の中で、「リベラルやNPOなど、理念や人権を訴える側ほど、自分たちの正解を伝えようとするあまり、分かっている人たちだけで閉じこもってしまう」という指摘がありましたよね。これは私たちにも少なからずあると思っていて、ここがNPOへの参加のしづらさなんじゃないかな、と思いました。
NPO法ができて約30年、団体の数は約5万個で頭打ちし、代表者の年代は60歳代以上が過半数を占めるまでになっています。私たちも知らず知らずのうちに、「なぜみんな分からないんだろう」という上から目線に陥り、一般の人が参加しづらい空気を作っていたのではないかとハッとさせられたんです。
宇野:理念や人権を訴える人たちは真面目で強い理念を持っているからこそ、反論されると一生懸命に自分の正解を説明しようとしてしまう。それが相手にはお説教や上から目線に聞こえてしまうのが難しいところです。逆に保守的なアプローチは、あまり原則がない分、あるがままに流されていく、ある種の柔軟さがある。
今村:ニーズを、その都度くみ取っているとも言えますよね。
宇野:そうなんです。だからこそ本来は、その両方があって然るべきなんですよね。長い先を見据えて理想や理念を語るリベラルの視点は絶対に必要ですが、それが独りよがりなお説教になってはいけない。大切な理想をしっかりと伝えながらも、目の前の現実に合わせて柔軟に動く。今村さんやカタリバの活動には、まさにその両方を繋ぐバランスを期待しています。
今の時代、人を動かすのは理念や正義ではなく「推し活」
今村:もう一つ、宇野さんの本の中で印象的だった「ファンダム」という言葉ですが、これはこれからの社会においてどう捉えたらいいですか?
宇野:「ファンダム」とは、まさに推し活ですよね。 今の時代、人を動かすのは理念や正義ではなく、推し活なんじゃないか。昔なら組織への忠誠心や自分の利益が行動の動機になりましたが、今はもうそれでは人は動きません。「これが好きだ」「お金をくれなくても、何かやってあげたい」という能動的な思いこそが、人々を動かす原動力になります。
ただ、これを政治に使うのは危うさもあります。最近の選挙でもSNSを味方につけたイメージ戦略に流されてしまう側面がありますよね。ですが、僕はリベラルやNPOの側こそ、このファンダムの熱量を前向きに使うべきだと思うんです。理念を単なるお説教として伝えるのではなく、「それ、楽しそうだから自分も一緒にやりたい!」と思ってもらえるような巻き込み方です。
今村:まさにそれこそが、これからのNPOが身につけるべき在り方ですね。私たち教育やNPOの業界は、一生懸命がんばるほど、どうしても内側で「正義」を煮詰めてしまいがちです。でも、それでは外の人が気軽に参加できるチャンネルが作れない。法人としてきちんとしなきゃと肩肘を張るほど、かえって人との距離を遠ざけてしまう。そのことには、気づいていないといけないなと思います。
実は以前、私が能登で泥かきの現場を仕切っていたとき、周りから「今まで見たことないくらい楽しそうだね」と言われたことがあって。
宇野:使い分けができますよ。ちゃんとした組織の顔と現場で泥まみれになる顔、両方があった方がいいです。僕だって「東大の政治思想の教授」なんて言われると身構えられますが、被災地の現場でボロボロになってバタバタ走っていると、「東大の先生、意外と悪いやつじゃないな」と急に仲良くなれたりします。
大切なのは、多くの人が自分もやってみようと思える枠をどんどん外へと広げていくこと。カタリバがやってること、なんか楽しそうだから自分も交ざりたいと思ってもらえる空気を作ることです。
今村:既存の組織のあり方に縛られず、「みんなが参加したら面白い」と思える場をどう作るか。その大きなヒントをいただいた気がします。それでは最後に、これからの社会を作ろうとする人たちへ、メッセージをお願いします。
宇野:やっぱり、「Just do it with others」みんなでやろうぜ、ということに尽きますね。民主主義を学校で習うようなことにしてはいけない。民主主義というのは、自分はできるぞとみんなが思えることだった。そういう社会にしていきましょう。
今村:はい、私もがんばります。ありがとうございました。
関連記事
・山崎エマ(映画監督)×今村久美が語る。わたしたちが想う教育のミライ
・青木俊介(ユカイ工学CEO)× 今村久美が語る。子どもの「やってみたい」を引き出す余白
・内田由紀子(京都大学教授)×今村久美が語る。子どもの幸せをつくる「場」とは何か
・松田崇弥(ヘラルボニーCo-CEO)×今村久美が語る。 子どもの「才能」は、出会う「場所」で見つかる
・岩本実久(完全ノンカフェイン「まるで抹茶」開発者)×今村久美が語る。探究で問い直した、茶の湯文化の本質
・井村良英(NPO育て上げネット)×今村久美が語る。子どもを支える大人は、どのように変わっていけるのか
・小国 士朗(プロデューサー)× 今村久美が語る。最初の「違和感」が社会を動かすきっかけ