小国 士朗(プロデューサー)× 今村久美が語る。最初の「違和感」が社会を動かすきっかけに
Interview
子どもの"いまとこれから"会議 - Dialogue
2026年11月、カタリバは設立から25年を迎えます。 子どもや学校を取り巻く環境が大きく変化していく中で、私たち大人は、どのように子どもたちや教育と向き合っていくことができるのでしょうか。 いま教育に関わっている方々も、教育に関わっていない方々も、みんなで一緒に、子どもたちの「いま」をとらえ直し、「これから」について考えたい。 「子どもの"いまとこれから"会議 - Dialogue」では、カタリバの25年間の活動を通して見えてきたことや国の会議で議論されていることを踏まえながら、カタリバ代表理事今村久美と、様々な業界の第一線で活躍する方々が、教育と子どもたちの未来について対談します。 本対談は、Interfmのラジオ番組としても展開されています。 https://www.interfm.co.jp/kodomo
小国 士朗(おぐに・しろう)
株式会社小国士朗事務所 代表取締役・プロデューサー。2003年にNHKに入局し、『プロフェッショナル 仕事の流儀』『クローズアップ現代』などのドキュメンタリー番組を制作。その後、SNS向け動画配信サービス『NHK1.5チャンネル』の編集長などを経て、2018年に独立。認知症の人がホールスタッフを務める「注文をまちがえる料理店」や、みんなの力でがんを治せる病気にするプロジェクト「deleteC」など、社会課題に対して多くの人を軽やかに巻き込む数々のユニークなプロジェクトを手がける。今村 久美(いまむら・くみ)
NPOカタリバ代表理事。2001年にNPOカタリバを設立し、高校生のためのキャリア学習プログラムの提供を開始。ハタチ基金代表理事。地域・教育魅力化プラットフォーム理事。文部科学省中央教育審議会委員。東京大学経営協議会学外委員。
ハンバーグを頼んだのに、餃子?間違いを正すのではなく、受け入れることで見えた景色
今村:小国さんは長くディレクターを務めてこられたそうですが、これまではどのようなキャリアを歩んでこられたのでしょうか?
小国:2003年にNHKに入局し、『クローズアップ現代』や『NHKスペシャル』、そして一番長く担当した『プロフェッショナル 仕事の流儀』などの番組を作っていました。
今村:テレビの第一線にいた小国さんですが、私にとって印象深いのが「注文をまちがえる料理店」という素敵な企画です。改めて、どのような取り組みか教えていただけますか?
小国:「注文をまちがえる料理店」は、認知症の状態にある方がホールスタッフを務めるレストランです。注文やお渡しする料理を間違えてしまうこともあるのですが、お客様は誰も怒らない。最初からお店の名前が「注文をまちがえる料理店」と掲げているので、間違いが起きても「ま、いっか」と受け入れて、みんなで笑い合ってしまうんです。
2017年に初めて開催したのですが、世界150カ国以上に発信され、ものすごい反響を呼びました。当時まだNHKにいた僕は、この広がりを見てNHKを卒業する決意をした、自分のキャリアの大きな転機を与えてくれたプロジェクトでもあります。
今村:そもそも、この企画を立ち上げようと思ったきっかけは何だったのですか?
小国:『プロフェッショナル 仕事の流儀』の取材で、認知症ケアのプロである和田行男さんの施設を訪ねたときのことです。そこで、おじいちゃん、おばあちゃんたちがご飯を作っている風景を見たのがきっかけでした。
その日は、作るのはハンバーグだと聞いてたのに、実際に出てきたのは餃子。「ハンバーグって言ってたのに、間違ってます」と指摘しようとしたんですが、言えなかった。というのも、その場でそんなことを気にしていたのは僕だけで、みんな美味しそうに、餃子をパクパク食べていたんです。
その時、ものすごく恥ずかしくなりました。一番大事なのは「みんなで楽しくご飯を食べること」なのに、僕はルールにこだわって間違いを正そうとしていた。それまでの僕は、間違えたら正すことしか知りませんでした。だけどそこでは、みんなが間違いを受け入れることで、そもそも間違いではなくなっていた。こんな「間違いの消し方」があるんだと、興奮しました。
世の中には「認知症」という言葉は知っていても、実際がどういうものか分からない人の方が多いと思います。そういう人でも、僕が出会えたような素敵な風景に町の中で普通に出会えたらいいな、そのレストランの名前が「注文をまちがえる料理店」だったら面白いんじゃないか。そこからすべてがスタートしました。
目に見える目的の先にある、「楽しむこと」という本当の価値
今村:それからずっと常設されているんですか?
小国:いえ、期間限定のイベントなので、僕らが開催した回数は数えるほどです。ただ、2017年の初開催のあと、全国から「自分たちもやりたい」という声を本当にたくさんいただきました。
僕らはレストラン経営のプロではないので、自分たちで常設店を増やすのではなく、このコンセプトを全国のやりたい人に託そうと決めたんです。それぞれの地域で自由に開催してもらうために最低限のルールをお渡ししているのですが、その中で一番大切にしているのが「間違えることを目的にしない」ということです。
わざと間違いを起こすような演出をしてしまうと、働いている認知症の方が見世物になってしまいます。僕らが作りたいのは、間違いが起きたとしても、みんなで「ま、いっか」と笑い合える関係性。大切なのは、そこにあるコミュニケーションなんですよね。
今村:とても面白いですね。私はNPOを立ち上げて25年になりますが、2010年前後から社会全体で「課題解決」というキーワードが強くなりすぎたように感じていました。「困っているから解決しなきゃ」という一方的なアプローチでは、根本的な解決にはならない。それよりも、みんなで関わりながら「毎日が楽しいと思える状態」を作っていくうちに、課題がいつの間にか強みに変わっていくことが大事なのではと思ったんです。
「注文をまちがえる料理店」の、間違えても間違えなくても楽しくご飯を食べようという姿勢。サポートしなきゃという発想ではなく、楽しく食べることの方が重要だよねというお話を聞いて、全く同じ気持ちだと深く共感しています。
小国:僕は社会課題を解決したいというより、自分が目撃した「素敵だな、面白いな」という風景を、みんなとシェアしたいだけなんです。「注文をまちがえる料理店」でも、ハンバーグを待っていたのに餃子が出てきたりする。なのに、みんなが「美味しいね」とワイワイ食べている。 僕が大事にしたいのは、課題そのものよりも、そういう風景なんです。そうした風景を作っていくと、そこに付随する様々な課題が全部一緒にひっくり返っていくんだと思います。
今村: 普通は「ハンバーグを食べる」という目に見える目的にお金を支払いますが、本当に求めている価値は、その先にある「食卓をみんなで楽しむこと」なのかもしれないですね。
小国:まさにそうです。だから「注文をまちがえる料理店」に来てくださるお客様は、ハンバーグを食べるだけではなく、違う価値を見出してお金を払ってくださるんだと思います。
以前開催したとき、20代の女性のお客様が、おばあちゃんに接客されながらずっと泣いていたんです。理由を聞くと、「普段の仕事では100点を目指さなきゃいけないと張り詰めていたけれど、ここには100点じゃなくても、お互い様だよねって補い合える空気が流れていて、これでもいいんだと気づけた瞬間に涙が止まらなくなってしまった」とおっしゃっていました。単にお料理を食べるのではない別の何かにお金を払う。それがものすごい付加価値を生んでいるのは面白いなと思います。
今村: 教育活動においても、手前の目標ばかりに重きが置かれすぎていることが、子どもたちの苦しみを生んでいるんじゃないかと改めて思いました。
私は、これからの学習指導要領(学校で教える内容の国の基準)を議論する国の会議に参加しているのですが、どうしても「何を学習内容とするか」「どう評価するか」という手前の議論に多くの時間が割かれてしまいます。でも本当は、「今日も幸せだな」と思える毎日が続いていくために学びがあるはずですよね。
私も、うちの子どもがやっているサッカーに対して、「今日も点が入れられてよかったね」とつい言ってしまう。でも本当は「友達とワイワイ楽しめたね」という、そのプロセス自体にこそ価値があるはずですよね。日常で見失ってしまう本当の目的に立ち返ることの大切さを、深く思い知らされました。
いつでも「素人」の気持ちで。最初に抱いた新鮮な違和感こそが、多くの人を巻き込む秘訣
今村:小国さんが手掛けられているもう一つのプロジェクト「deleteC(デリート・シー)」は、どういうプロジェクトなんですか?
小国: 「みんなの力でがんを治せる病気にする」を目指して立ち上げたプロジェクトです。Cは「cancer(がん)」の頭文字で、企業の商品やロゴからCの文字をデリートした(消した)特別なパッケージの商品を購入すると、売上の一部ががんの治療研究への寄付になる取り組みをしています。
がんは身近な病気ですが、普通の人はお見舞いに行くくらいしかできることがなくて、もどかしいですよね。でも、スーパーで商品を買うだけで治療研究の応援になるのなら、「自分にもできることがある」と思える。そうしたアクションをたくさん作っていった結果、今では200を超える企業が参加してくださっています。
商品名から「C」の文字が消されている特別パッケージ
今村:「注文をまちがえる料理店」もそうですが、救わなきゃいけない人のためのプロジェクトというより、その人たちの存在を見える化して、みんなに参加の機会を作るというところが、さすがプロデューサーだと感じます。
小国: 「がんを治せる病気に」「認知症の人が輝ける社会を」と言われて、否定する人は誰もいないはずです。だけど「じゃああなたは何ができるの?」と言われると、自分には何もできないと立ち止まってしまう。これが一番もどかしい状況だと思うんです。
だから、僕のプロジェクトのターゲットはいつも「自分」です。 僕自身、もともと社会課題を解決したいと思って生きてきたわけではありません。普段は美味しいものを食べて、好きな本や漫画を読んでいる方が楽しい人間です。
でも、世の中のほとんどは僕と同じ感覚のはず。だからこそ、普段は社会課題に関心がない僕みたいな人間でも、「何これ、面白い!」と思わず手に取りたくなるものは何かを徹底的に考えます。常に「自分自身が本当に動きたくなるか」がすべての基準ですね。
今村: 素晴らしい視点ですね。私たちはNPOとして活動を続けるなかで、学校教育の背景や現場の事情を深く知れば知るほど、自分が子どもだったときに感じていた「学校ってちょっと嫌だな」という新鮮な違和感を忘れてしまいがちになります。
「事情があるから仕方ない」と納得して、いつの間にか「事情が分かっている人しか参加できない」という敷居の高い場を作ってしまう。これこそが、私たちがこれから緩めていきたいポイントでもあります。 小国さんが、すごくカジュアルに誰もが参加できる機会を作っていらっしゃる秘訣はどこにあるのでしょうか?
小国: 僕は「裸の王様」という寓話がすごく好きなんです。国家元首が裸でメインストリートを歩いている状況なのに、大人たちは空気を読んで黙っている。そんな中、一人の子どもが「王様は裸だ!」と見たままを言う。この当たり前の違和感を、みんな持っていたはずなんです。
だから、自分の中に、あるいは組織の中に、その当たり前の違和感を素直に声に出せる「子ども性」をどれだけ抱えていられるかが、すごく大事だなと思っています。
ただ、この「子ども性」はすぐに忘れてしまいます。 僕がNHK時代、『プロフェッショナル』の取材でプロに密着して、世界で一番この人のことを知っているという自負を持っていたとき、番組担当プロデューサーから「お前、分かったって言うなよ」と言われたんです。「分かった」と言った瞬間に思考は止まってしまう。これは真理でした。
だから、今でもノートの1ページ目を振り返るようにしています。そこには、現場に入る前の、一番素人だった自分が書いた素朴な疑問や違和感があるんです。僕はメモを取るとき、違和感には三色ボールペンの青で丸、面白いと思ったことには赤で丸をつけます。世の中の人がふと立ち止まるような、その青丸の違和感や赤丸のワクワクこそが、いつもプロジェクトの肝になっていくんですよね。
今村:取材を重ねて詳しくなった本質のような部分よりも、最初の違和感の青丸の方が、人々に伝わる接点なのかもしれないんですね。
小国:最初はみんな素人です。最初に抱いたフレッシュな違和感が、世の中の人たちの印象そのものなので、できるだけ「王様は裸だ」と言いきれる子どものような、素人の自分をちゃんと保存して大事にしています。
「自分にもできることがある」という実感が一番大事。まずは自分の違和感に「青丸」を
今村:「deleteC」の取り組みでは研究者を応援する立場でいらっしゃいますが、もっと直接、自分も医療などの現場で手を動かしたいという気持ちにはならないですか?
小国:そうはなりませんでした。僕は僕の、他の人は他の人の得意なことをやればいいと思っています。僕が得意なのは、僕みたいな素人でも「これなら自分にもできる」と思えるアイデアを考えること。それ以上をすると、僕の苦手なことをやることになってしまう。
僕は、世の中の99.99%の人が素人だと思っているんです。だからこそ、常にそのマジョリティの側に立っていたい。僕が詳しくなると自分の良さがなくなるので、勉強はしません。素人性を保ち続けることこそが、僕の価値だと思っています。
今村: その「素人性」という言葉、実はカタリバの会議でもよく出てくるんです。専門家ではないからこそ人々を巻き込める、そこを強みにしようというお話にはすごく共感します。小国さんは新しい概念を打ち出したり、色々な企画をされていると思うんですが、自分も何か始めたいと思った方に、アドバイスはありますか?
小国:大それたことをやらなくていいと思っています。一番大事なのは、自分にもできることがあったという、実感だと思うんです。それがないからみんな無力感に苛まれてしまう。1個1円の寄付だって無力感に苛まれそうな金額ですが、それが積み重なっていけば、すごく力になります。だから、その実感を大切にして欲しいですね。
今村: お話を伺って、私も勉強になることばかりだったんですが、皆さんに覚えていただきたいのは、やはり「違和感に青丸をつける」ということ。そこが何かに繋がるかもしれない、自分の原点になりますね。
小国:まずは3色ボールペンを買ってくること、ですね。
今村:青丸がいっぱいあるノートができていったらいいなと思いました。小国さん、ありがとうございました。
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