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伴走支援ってなんだろう。“支援される側”の隠れた本音に思いを巡らす[代表のつぶやき]

vol.445Voice

最近、「伴走支援」という言葉について考えています。

伴走といっても、目が見えない方と一緒に走る伴走ではありません。例えばこれから何らかのチャレンジをしようとしている創業期の起業家や、子どもたちなどに対して励ましたり知恵を出したりしながら、その人自身が走っていけるように応援する、私たちはそんな役割を、伴走という言葉を使って位置付けます。

伴走者は、お金や物、時間、経験値などのリソースをもって関わることが多く、ナナメ上とか前に位置して関わることが多いのですが、その方自身が当事者の立場を経験したことがないケースが多いです。一方、当事者経験はなくとも、ビジネス経験やコンサルとしてのスキルがあるので、ヒアリングによって当事者の方の苦しみやぶち当たっている壁を、ある種のセオリーで整理して、課題解決に向けた伴走という関わりをします。相性が良いマッチングであると、とてもありがたい関わりになります。

しかし、あまり明らかにならない声として、伴走者に対して伴走されている側が、本音が言えなかったり、実は伴走者に“お付き合い”している状況にあったりして、疲弊している。「ありがとう」という言葉でその時間を終え、本心を伏せてしまう。そういう場面が、特に黎明期のNPOと伴走者、地域の学校と外部コンサルタント、などの関係の中で少なくないように思います。

ただ、支援されている側の人たちは言葉にはしません。特にリソースを供与されている立場にある場合、言えません。なぜなら、応援や支援されなくなることが怖いし、この状況を言葉にできない自分の側が劣っていると考えてしまいやすいからです。

これは私のケースではありますが、私が支援される側だった創業期は、何もかもがうまくいっていなくても、何が本質的な問題なのかを私自身が分からず、お金がないとか、あれが足りないとか、短絡的に目に見えることをニーズとして言葉にしていました。しかし、それは本質ではありませんでした。そして、伴走している側の方々と会うのが億劫になってきてしまい、お世話になっているのに申し訳ない、そんな気持ちになったまま疎遠になるといった経験が多く思い出されます。

私は15年前、東日本大震災で被災した子どもを「ハタチになるまで支える」と宣言して「ハタチ基金」という団体を立ち上げました。私にとって、初めての中間支援組織です。自分で現場をつくることしかやっていなかったのですが、「だからこそ分かることがある」と、同じく現場の実行団体としての活動を長く取り組んできた方々と共に立ち上げました。今も東北の現地で目の前の子どもたちのために取り組む人たちに、集めたお金を渡しつつ、応援しています。

先日、そんなハタチ基金の理事会がありました。伴走ってなんだろうか。我々がしていること、これからしていきたいことは、伴走なんだろうか。なにが伴走なんだろう。

台風で残念ながらオンライン開催でしたが、そんなことを先輩たちと話しつつ、あと5年とそれから先のことを話しつつ、自分たちのありようを自覚する、大切な時間でした。

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Writer

今村 久美 代表理事

79年生まれ。岐阜県出身。慶應義塾大学卒。NPOカタリバ代表理事。ここではゆるくつぶやいていきます。

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