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「どんな子も思春期の間に道標を見つけられる町にしたい。」社会教育と学校教育をかき混ぜつなげるパートナー

vol.090Interview

date

category #インタビュー

writer 青柳 望美

カタリバには「パートナー」と呼ぶ仲間がいる。雇用関係のある職員ではないけれど、実現したい未来をともにし、地域の10代のために活動するパートナーは、すべての10代が意欲と創造性を育める未来を目指すうえで大切な仲間だ。

岡山県矢掛町に住む井辻美緒さんも、そんなパートナーの1人。矢掛町の小中高生の地域活動を支える取組みをしていた井辻さんと活動をともにするきっかけとなったのは、昨年起きた西日本豪雨だった。カタリバは災害後の子ども支援を重要事業の一つとして置いている。

1年前、西日本豪雨支援に取り組むにあたって、被害が深刻だった倉敷市真備町の隣町、矢掛町に住む井辻さんに声をかけ、ともに活動した。現在もカタリバのパートナーであり、矢掛高校の中でコーディネーターとして活躍している井辻さんに、これまでとこれからについて聞いた。

町の中に兄弟以外のナナメの関係
の人が当たり前にいたら

井辻:「元々は、マイプロジェクトを通じてカタリバさんとは細々としたつながりがありました。私はYKG60という、有志の小中高生が地域の課題解決や活性化に自主的に取り組むグループの活動をしていたので。」

YKG60は町の小中高生が集まって、子どもたちが地域でやりたいと思うことを大人がサポートする取組みだ。例えば「矢掛町のゆるキャラを盛り上げたいから、ゆるキャラのかき氷を売りたい」と小学生が言えば、中学生がレシピを作ってサポートしたり、かき氷機を借りるためのプレゼンを高校生を中心に考えたり、お祭りの申込みに行ったりする。

大人がお膳立てするのではなく、発案も実行も全て子どもたちに任せている。異年齢で協力しあって、異年齢でもできないことは地域に協力してもらう。それを大人は見守るかたちでサポートする。基本的に出入りは自由。多い年は100名くらいの小中高生が集まっていたという。

井辻:「YKG60の活動は2014年に始めました。その年に矢掛町合併60周年記念事業の募集があったんです。私は専業主婦で、事業とか言われてもよく分からないけれど、日々の子育ての中でいいな、素敵だなと思ったことがあって。アイデア募集だと思ったので、それを書いて出してみたんです。そしたら『井辻さんの事業について教えてください』って電話がきて。『え?事業ってなんですか?』って聞き返しました笑。

異年齢の中で子どもが育つということが、すごくいいなって思っていたんですよ。自分の息子が小学生の時に、駅で高校生に話しかけられて、めちゃくちゃ仲良く話している光景を見て、驚いたことがあったんです。『え、なんで?』と思って息子に聞くと『矢掛学で学校に来てくれたからだよ』と。

矢掛高校には“矢掛学”という授業があって、1年生は座学で地域を学び、2年生になると小学校とか図書館とか高齢者福祉施設とか行き先を選んで、毎週木曜の午後そこで過ごすんです。1年かけて職業体験をしている感じですね。その矢掛学の授業で小学校に来ていた高校生と、息子は仲良くなっていたんです。

どんどん子どもが減っている中で、こんな風に町の中に、兄弟以外のナナメの関係の人が当たり前にいるというのは、とてもいいことだなぁと思っていました。それで、矢掛町合併60周年記念事業をアイデア募集だと思った私は、『矢掛町の子どもたちを異年齢でごちゃごちゃに集めて郷土愛を育むような活動をやったらいいんじゃないですか?』って書いて出したんです。それが始まりでした。」

最近のYKG60の活動の様子、縁日の準備中

井辻さんはYKG60の活動を、当時矢掛高校の教員だった室先生と一緒に行った。次第に“地域コーディネーター”という名前で、部活動の外部顧問のように、生徒の地域活動にも関わるようにもなる。とはいえ活動の実態としては、高校の中に入り込んでいるというよりは、知っている先生と細々とつながっている、という関わりだった。

そんな時、西日本豪雨が起きる。

避難先がバラバラ
生徒たちの被災状況が分からない

2018年6月28日から7月8日にかけて、西日本を中心に記録的な大雨となり、11府県に大雨特別警報が出された。多くの地域で河川の氾濫や土砂災害が発生。平成最悪の水害と報道された。岡山県では、特に倉敷市真備町の被害が甚大だった。川の堤防が決壊し、広範囲に渡って町が冠水した。

被害を受けたの町の様子

井辻:「矢掛高校の活動を見に来てもらったこともあったカタリバ代表の久美さんから連絡をもらいました。『西日本豪雨の被災状況のヒアリング調査をしたいから案内してもらえないか』と。私が住む矢掛町は、被害が大きかった真備町の隣町なんです。避難所になっている小学校の運営に関わっている友人がいたので、『許可をもらえたから一緒に行きましょうか』とお返事して、カタリバの緊急支援チームのみなさんと一緒にヒアリング調査を行いました。

私が初めに声をかけたのは矢掛高校の生徒でした。畳一畳の上に7,8人で寝ているとか、被災して何も持っていないから筆記用具がほしいとか、色々な話を聞いて。こんな状況になっていたのか、これはなんとかしないとと思ったし、『矢掛高校の生徒さんが被災しているけれど、学校はどういう対応をしているんだろう?』と気になって。

後日、矢掛高校に行ってみたんです。そうしたら、高校はてんやわんや。安否確認は何とかしたけれど、被災した子もしていない子もいる。被災していない子の教育権を守ることと、被災した子のサポートを同時にしなければならないけれど、教員の手が足りない状況でした。」

そこから井辻さんと先生方は矢掛高校の中に災害対応特別チームを立ち上げることに奔走。カタリバからも井辻さんに、西日本豪雨支援を始めるのでパートナーとして一緒に活動しないかと声をかけた。

当時、避難先があまりにバラバラで、生徒たちの状況を学校側も正確に把握できていなかった。こちらからアウトリーチし情報を集める必要があった。矢掛高校に通う被災した子どもたちのヒアリング調査を井辻さんにお願いして、カタリバはそこで明らかになったニーズを元に支援を実行することが決まった。

井辻:「当時400人の生徒がいましたが、学校側が把握していた被災の可能性がある生徒は82人いました。全員にヒアリングをして、中には『家の裏にあるお墓が崩れただけ』というようなケースもあったので、正確には76人が何らかの被害を受けていました。通学手段がなくなってしまったこと、電子辞書などの学業に使うツールや部活用品などが流されてしまったこと、遠くに避難したことで通学定期代の負担が増えていること。避難生活は1人になれる場所がなくて苦しいこと。

そういうニーズを聞いてはカタリバさんに全部つないで、解決していってくれました。ふるさと納税を活用して寄付を集めて通学バスを走らせたり、自転車を配ったり、通学定期代のサポートなんかも。LINE@を開設して気軽に相談ができる仕組みもつくってくれました。YKG60の活動拠点も、1人になれなかったり辛い思いをしている子たちが気軽に来れる居場所としてオープンしました。」

ふるさと納税を使い通学手段がない生徒のためにバスを走らせた

活動を被災者支援から
地域づくりに変えていきたい

それから約1年。当時と状況は変わってきている。避難生活から家に戻れる生徒が増え、生活リズムも整い、災害後の不安定さはなくなってきた。緊急支援フェーズを終えた今、井辻さんは次に何を見据えているのだろうか。

井辻:「今年の4月からは“地域協働活動コーディネーター”という名前で高校の中に入り込むことになりました。これまでも細々と地域活動などに関わっていたんですが、今は授業のサポートや広報など色々なことを引き受けながら、高校の中に教科学習とはちょっと違う、自分を探究できる居場所をつくったり、YKG60の活動拠点を今後も子どもたちの居場所として運営していきたいと思っています。

私自身の活動を、被災者支援から地域づくりのサポートに変えていきたいと思っているんです。

緊急支援フェーズは終えたけど、被災した子もしていない子も・家庭環境が大変な子も・勉強が苦手な子も、色々な子がいる。どんな子も、みんなが思春期の間に素敵な自分を見つけたり、『こうに生きたら楽しいだろうな』という道標を見つけてほしい。

そのためには、矢掛町全体で取り組まないといけない。学校だけでやるんじゃなくて、地域全体で教育に関わらないと。そのためにコーディネーターという立場で高校の中からアプローチしながら、地域にも場所をつくって、矢掛町の中をどんどんつなげていけたらと思っています。

私、カタリバさんの“すべての10代に”というミッションにすごく共感しているんですよ。カタリバさんて、被災した子だけを支援しているわけでも、マイプロジェクトに挑戦したい意欲的な子だけでも、不登校支援だけでもない。都会の子だって都会の子なりの課題を抱えているし、過疎地の田舎に生まれ育った子だって大変なことがある。環境が違っても子どもたちみんな、それぞれに抱えていることがあって、みんなが未来をつくれるようにサポートしてますよね。

矢掛町の子どもたちに、私もそう関わりたいと思っているんです。」

理想論を言うのは簡単
腹をくくって現場を
つくっているから信頼できる

緊急支援フェーズを終えた今もカタリバは、パートナーである井辻さんに定期的なアドバイスやノウハウ提供などのサポートを行っている。カタリバのパートナーとなったことで何が変わったのか、プラスになったことはあっただろうか。

井辻:「1番ありがたいのは、状況とか環境とか課題はそれぞれ地域ごとに違いますけど、全国で同じ想いをもって活動している先輩たちに相談できて、的確なアドバイスをもらえるのが、ものすごくありがたいですね。現場でやり続けていると、目の前のことしか見えなくなってしまうので。

視野を広げたくなるとすぐに視察に行くようにしているんですけど、カタリバさんが関わっている場所に行くと、すごく参考になるんですよ。私も全ての子どもたちに何かがしたいと思っているので、カタリバさんは幅広く活動しているし、大切にしているポイントが同じなので。

あとカタリバさんをリスペクトしているところであり、信頼しているところは、“言葉だけじゃない”ということですね。10代の支援が〜とか、こういう子にはこんな支援を〜とか、言葉で言うだけならいくらでも理想論を語れます。でも血反吐を吐きながら、若い人たちが現場で頑張ってるじゃないですか。だから成長して、一人ひとりすごく実力があるんだと思うんですけど。私なんて、40過ぎてこんな小さな町でも内蔵飛び出そうな日々なのに笑。

若い人たちが、時には過酷な状況で、そこで困っている子どもたちのために正論を全力でやっている。かっこつけてるんじゃなくて、本当にかっこいいことを全力でやって、とことん向き合ってるって思うんです。どの現場を見ても、この子たちのために全力を尽くすぞって腹をくくっているなって感じます。そこがすごく信頼できるというか、かっこいいなと思うことですね。」

町の子どもたちのために常に全力で、走りながら考え続ける井辻さんの姿から、私たちが学ぶこと、励まされることも多い。これからも井辻さんが矢掛町の子どもたちのために実現したいことサポートしていきたい。

また、井辻さんのように、自分の地域の子どもたちのために何かしたいという人たちが、日本中で活躍している未来にワクワクせずにはいられない。そのためにカタリバができることを、今まさに模索している。

最後に、井辻さんが大切にしていることについて聞いた。

井辻:「うちには3人子どもがいるんです、中3・中1・小3。今は仕事一色になることも多いですが、改めて、外で育ててもらっているんだなぁと思うんですよ。3人ともYKG60にも参加していますが、参加の仕方も三者三様。兄弟でも全然違うんです。それぞれのあり方が、多様性が、守られることが大切なんだなって。うちの子たちを見ていると、“子どもたちに強制しない・子どもたちを括らない”という大事なスタンスに立ち返らせてくれるんです。家の中も学校も地域も、多様性があることが普通になったらなと。

子育てで学んだ大切なことが、今の自分が働くうえでのベースになっているんですよ。」

Writer

青柳 望美 編集部

1983年生まれ。群馬県前橋市出身。大学時代は英語ができないバックパッカー。人材系企業数社で営業・営業企画・Webマーケティング・Webデザインを担当。非営利セクターで働いてみたいと考え2014年4月にカタリバに転職。全国高校生マイプロジェクトの全国展開・雲南市プロジェクト・アダチベースなどの立上げを担当。現在は新規プロジェクトの企画や団体のブランディングなどを担当。カタリバmagazine編集長。

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