子どものマイクとなって。子どもアドボカシーで見つめ直す「ルールメイキング」の現在地/Spotlight
Interview
藤本 雅衣子 Maiko Fujimoto みんなのルールメイキング
1993年生まれ 愛知県豊田市出身。大学卒業後、ベンチャー企業にて医療・介護人材の人材紹介派遣事業に従事。1000人以上の転職・キャリア面談を受ける中で、将来に意欲を持てないことや、自身の生き方・働き方を自己決定することに難しさを抱える人の多さに課題を感じ、2021年5月よりカタリバへ転職。「子どもたちに自己決定の経験を届けたい」という思いから、みんなのルールメイキングに携わる。2024年4月よりルールメイキング事業責任者。
度重なる自然災害やコロナ禍など、昨今は社会全体、さらには子どもたちの置かれる環境に大きな影響を与える出来事も少なくない。
すべての10代が意欲と創造性を育める未来の当たり前を目指し、全国各地で活動を行っているカタリバ。
その現場では、状況の変化に合わせて取り組みの内容を柔軟に進化・変化させつつ、目の前の子どもたちに向き合っている。
シリーズ「Spotlight」では、現場最前線で活動するカタリバスタッフの声を通して、各現場のいま、そして描きたい未来に迫る。
人材紹介会社での営業職を経て、2021年にカタリバへ入職した藤本雅衣子(ふじもと・まいこ)。校則の見直しをはじめとする子ども主体の学校づくりを支援する「みんなのルールメイキング」の立ち上げ期から参画し、2024年4月からは事業責任者としてプロジェクトを牽引している。
現場での実践を重ねるかたわら、大学の履修プログラムに通い、「子どもアドボカシー」を学んだ。現場のリアリティとの往復から見えてきた、彼女の描く未来を聞いた。
自分の価値観で選択して、よく働きよく生きる。
その仕組みをつくりたい
——学生時代から社会教育に関心をもっていたとか。そのきっかけは何だったのでしょうか?
子どもの頃、よく動物園や水族館、科学館といった場所に連れて行ってもらっていました。図書館にも毎週のように父と通っていました。社会教育施設がすごく身近な環境で育ち、その中で自然と「施設が市民の“学びの場”としてどう機能するのか」ということに関心をもつようになったんです。
その流れで、大学時代は動物園や水族館で学芸員として働くことを目指していたことも。学芸員の資格も取得し、大学3年のときには水族館で1ヶ月間の住み込みインターンも経験しました。
水族館では飼育やショーのサポート、来園者の案内など、実務の全般に携わり、大きなやりがいを感じました。ただ、華やかなショーが来園者の注目を集める一方で、館内に展示されているすばらしい歴史的資料や標本などはなかなか来園者の目に留まりにくくて……。
学びが詰まった展示も、伝え方によっては素通りされてしまう。その光景を前に、「どうすれば学びへとつながる仕掛けを作れるのか」と考えるようになりました。
このときの経験が、今の私の原点となっている気がします。
——その後はどのようにキャリアを歩んでいったのでしょう?
水族館で「価値ある学びの資源が、仕組みが整っていないせいで誰にも届いていない」という思いを抱き、そこから「教育の仕組みを自分でつくりたい」という思いを強くもつようになりました。
当時は、起業して形にすることも考えたのですが、そのためにも、まず経営者の視点を間近で学び、人やお金がダイナミックに動く現場を経験したいと考え、人材系ベンチャー企業に就職しました。
配属されたのは医療・介護領域で、看護師や介護士など、現場で働く専門職の方々の転職支援に4年ほど携わりました。
——そこからカタリバに転職をしたのは、どういった思いから?
医療や介護の仕事はハードで、心理的負担も大きいものが少なくありません。延べ1,000人を超える求職者の方々と向き合う中で直面したのは、メンタルヘルスに不調をきたすなど、キャリアの岐路で立ち止まってしまう多くの方々の姿でした。
求職者の方に話を聞くと、「自分にとって何が大切か」でキャリアを決定するのではなく、「こうあるべき」という社会的な固定観念に沿って進路を選び、その結果、疲弊して苦悩を抱えているようでした。
そこには「自己決定経験の不足」という共通の課題があるように感じられました。
社会通念や「当たり前」「普通」といった基準に囚われすぎず、自分自身がよいと思える価値観で選択をすることが、よく働きよく生きることに通ずるのではないか。そうした強い思いが芽生え、教育業界への転職を決めたんです。
もっと若い世代にこそ、柔軟にいろいろな選択肢とフラットに出会ってほしい。そのとき偶然知ったのが、カタリバでした。
10代のうちに多様な価値観に触れ、自分なりに納得できる答えを選ぶ経験を積み重ねられる仕組みを、10代に直接アプローチできるカタリバでなら形にできる。その点に大きな可能性を感じて、入職を決めました。
校則を「変える」のではなく
「解をみんなで見つける」のがルールメイキング
——現在取り組まれている「みんなのルールメイキング」とは、どのようなプロジェクトですか?
「みんなのルールメイキング」は、「ブラック校則」という言葉が社会に広がりはじめた2017年前後の流れの中で生まれた取り組みです。
校則が子どもの権利を侵害しているのではないかという問題提起や、いわゆる「黒染め訴訟(地毛が茶色い女子生徒に教員が繰り返し黒染めを強要し不登校になったとして、生徒が損害賠償を求めた訴訟)」のような出来事などが続き、「この校則は本当に必要なのか」と社会全体で問い直す動きが出てきた時期でした。
そんな中、カタリバがこの活動を始める1つのきっかけになったのは、ある厳しい校則をもつ学校での光景でした。身だしなみ指導の場で、生徒が一列に並べてチェックをしたあと、ある教師がふと「本当はこんなことやりたくないんだよね」とこぼされたのを、当時、その学校にサポートに入っていたカタリバスタッフが聞いたのです。
顔を合わせたときの第一声が「おはよう」ではなく「スカートが短い」という注意になることは、教師と生徒の関係性を損なわせていないか。この目の前にある課題を生徒の自己肯定感・効力感の成長につなげることはできないか——。
そんな問いを起点に、現在は全国の中学校・高校や自治体とともにルールメイキングの活動を展開しています。
既存の校則やルールに対して、生徒が主体となって教師や保護者との対話を重ね、納得解をつくっていく。そのプロセスを通して、課題発見や合意形成、意思決定をする力を高めていくことを目指す取り組みです。
——「校則を変えるための活動ですよね?」と言われることも少なくないと聞きました。
はい。でも、大切なのはルールを変えることではありません。身近な課題に目を向け、悩みながら合意点を探っていく。その経験を通じて「自分たちの力で明日は変えられる」という実感をつかんでもらう。そこに、この活動の価値があると考えています。
その経験は「校則」というテーマに縛られなくていいと思うんです。学校行事でも、学級活動でも、授業中のちょっとした話し合いでも、学校のさまざまなシーンでルールメイキングの考え方・手法は取り入れることができます。
実際にそういった事例も、少しずつ生まれ始め、多くの手応えを感じています。ただ、あるときから違和感を覚えることも増えていきました。
——それはどのような違和感だったのでしょう?
ルールメイキングはどうしても、生徒会などのリーダー層が先導しがちです。子どもたちの成長は私たちの想像を超えるものがあり、それはとてもうれしいことなのですが、教室には話し合いで声を上げられない子や、アンケートにすら答えられない子もいます。
そうした存在を見落とさず、声が届いている人と、まだ届いていない人の間をどう「つなぐ」か。カタリバが向き合ってきた不登校や子どもの貧困といった福祉的な支援の先に、自分の足で社会に関わっていくルールメイキングのような経験を地続きで届けたい。教育と福祉を分けるのではなく、その境界を溶かしてつなぐ役割を担いたいと考えるようになりました。
また、子どもたちの多くが、似たような言葉で「対話が大事」と言っているのを聞いて、「これは本当に子ともたちが体験を通してたどり着いた言葉なのかな?」という疑問ももつようになりました。「自分で考え、選ぶ」ことを掲げながら、暗黙のうちに「正解」をこちらから示していたのではないか……そういう疑念が湧いてきたんです。
教育には、子どもたちの力や可能性を引き出す効果がある一方で、知らず知らずのうちに特定の枠にはめてしまう側面もあります。自分たちは今、子どもを1人の人間として尊重できているか、もしかしたらその境界線の上に立っているのかもしれない。その感覚が、改めて子どもの福祉について学び直すきっかけになりました。
明確な主張の手前にある
「なんとなくこう感じる」感覚こそを大切に
——そうした思いから、仕事をしながら大学の社会人向けプログラムに参加することを決めたのですね?
はい。1年間のプログラムを受講したのですが、本格的な学位の取得というよりは、今の現場を良くするためのヒントを探しに行った、という感覚でした。
講義で扱われたテーマの1つに「子どもアドボカシー」がありました。アドボカシーという言葉はラテン語の「voco(声を上げる)」に由来します。初めて「子どもの権利」という言葉に出会い、自分が探していたのはこれかもしれないと感じたんです。
子どもアドボカシーの実践方法は、「代弁する」といったニュアンスで語られることが多く、「子どものマイクになる」という表現がよく使われます。子どもが感じていることや見ている世界を、大人が勝手に言い換えるのではなく、そのままの形で受け取り、思いや意見をきちんと伝えたい相手に届くように一緒に表明していくという考え方です。
——その視点を得たことで、子どもたちの「声」の捉え方はどう変わりましたか?
アドボカシーの基本は、徹底して子どもの味方になることです。その子がまだ言葉にしきれていない感覚や思いも含めて、大人が協働しながら意見の実現に向かって支援する必要があります。
特に印象的だったのは、「子どもの意見表明」という言葉の捉え方でした。明確な主張だけが意見なのではなく、その手前にある「なんとなくこう感じている」といった感覚、いわば「その子が見ている景色(views)」を一緒に見ていくことこそが大切だと知りました。
——学びを深めるなかで、2024年から事業責任者に。役割の変化をどう捉えていますか。
事業責任者という立場になってから、カタリバでもよく使われる「つくりたい未来からはじめる」という言葉をより切実に、手触りを持って実感するようになりました。
それまでは、目の前の子どもたちにとって何が大切かという感覚を起点に考えることが多かったのですが、今は取り組みが今の社会のどんな課題とつながっているのか、その学びが広がった先で社会はどう変わっていくのか。そうした俯瞰した視点をもって、事業を捉える必要性を強く感じています。
また、最近はルールメイキングという事業を単体で捉えるのではなく、カタリバ全体の取り組みや社会の動きの中で、どのような役割を担うのかを考える機会も増えました。
他の事業とどう接続できるのか、どんな価値を補い合えるのか。そうした対話を事業責任者同士で重ねる中で、ルールメイキングが一部の子どもたちのための活動にとどまるのではなく、より広い層に開かれた取り組みへと広がっていく可能性を感じます。
その実感は、今の自分の大きな支えになっています。
——理想を現実の仕組みにする。その思いは今後の展望にもつながるのでしょうか。
そうですね。2026年の春からはNPOのリーダーを育成するプログラムに参加し、事業経営やマネジメントを体系的に学び直しています。
現場と制度、理想と現実。その両方をつなぎながら前に進めていくことが、私たちNPOの役割であり、強みでもあります。理想だけで終わらず、かといって現実に押し流されるだけでもない――「みんなのルールメイキング」を、その両輪を回し続けられる事業にしていければと思います。
次のステージを見据え、新たな学びへと踏み出す藤本は、「入職から5年はあっという間でした。当初は、ここまで続けるとは思っていませんでした」と穏やかに笑う。
その月日の中で、彼女は要所ごとに立ち止まり、自らの違和感に実直に向き合いながら、事業のかたちを問い直し続けてきたように見える。その誠実な積み重ねが、いま、責任者としての意思ある舵取りにつながっているのだろう。
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佐々木 正孝 ライター
秋田県出身。児童マンガ誌などでライターとして活動を開始し、学年誌で取材、マンガ原作を手がける。2012年に編集プロダクションのキッズファクトリーを設立。サステナビリティ経営やネイチャーポジティブ、リジェネラティブについて取材・執筆を続けている。
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