CLOSE

認定NPO法人カタリバ (認定特定非営利活動法人カタリバ)

〒166-0003 東京都杉並区高円寺南3-66-3
高円寺コモンズ2F

お問い合わせ

※「KATARIBA」は 認定NPO法人カタリバの登録商標です(登録5293617)

Copyright © KATARIBA All Rights Reserved.

KATARIBA マガジン

Wi-Fiがなくても、専門知識を持った人材がいなくても。 過疎地の小学校で実現した放課後の個別最適化学習。

vol.079Report

date

category #活動レポート

writer 青柳 望美

岩手県大槌町。2011年3月の東日本大震災で住宅倒壊率が64.6%に及ぶなど、甚大な被害を受けたそのまちで、NPOカタリバは「コラボ・スクール大槌臨学舎」と名付けた放課後学校を開校した。心のケアと安心して過ごせる居場所づくりを行いながら、「震災というつらく悲しい試練を乗り越えた子は、誰よりも強く優しくなれるはず」という想いから、地域を担うリーダーの輩出を目指して、8年たった今も活動を続けている。

そんなコラボ・スクール大槌臨学舎から、車で15分。人口約2,400人ほどの「吉里吉里(きりきり)」地区。全校生徒70名の小さな小学校の図書館で、カタリバは長く放課後の学習支援の場作りを行ってきた。「吉里っ子スクール」とよばれるその場所は、震災で失った子どもたちの居場所を確保するために2013年からスタート。平日の放課後時間に開館し、1年生から6年生の在籍児童が利用できる。カタリバのスタッフはコラボ・スクールから吉里っ子スクールに毎日出張しながら運営してきた。

コラボ・スクール大槌臨学舎から車で15分ほどの吉里吉里地区

その吉里っ子スクールが、ここ数年で、個別最適化された学習を実現しながら、地域の人が主体となって運営する放課後学習スペースに変わってきた。しかも、実際の学力向上にもつながっているという。

吉里吉里小は、ネット環境が十分に整備され、児童一人ひとりがタブレットを持っている…というような学校ではない。昔ながらの、過疎地の小さな小学校だ。地域の人たちが学校運営に協力的な、あたたかい地区ではあるが、子どもたちの学習をみる人材はカタリバスタッフがメインにならざるをえない状況が続いてきた。「あんなこと私たちにはできないよ」「勉強は教えられない」と地域の人から言われてきたからだ。

それが今では、地域の人たちが自分たちでシフトを組み、先生たちと連携し、カタリバのスタッフは週1回行くか行かないか。子どもたちも毎日楽しく自分の習熟度に合った自習に取り組んでいる。

吉里吉里地区での活動は、カタリバがこれまで開発してきた個別学習のサポートノウハウや仕組みを導入し、地域の方々に運営を担ってもらうことで、日本中のどんな場所でも、Wi-Fiや最新のICTツールがなくとも、放課後に個別最適化学習を実現できる可能性を秘めていた。

デジタルとアナログのいいとこ取り
設備投資いらずで実現できる個別最適化学習

吉里吉里小の子どもたちは、授業が終わるとランドセルを背負って1階の図書館に集まってくる。平日の放課後の図書館は吉里っ子スクールとよばれ、学習と様々な体験活動ができる子どもたちの居場所となる。集まってきた子どもたちがまず取り組むのは、その日出された宿題だ。宿題が終わると、カタリバが開発した“プリント印刷ツール”と名付けられた仕組みを使って、子どもたちはプリントを解く。1枚は必ず解くのが吉里っ子スクールの決まりだ。

プリント印刷ツールは、自分の習熟度にあったプリントを子どもが自分で印刷して自習ができる仕組み。1年生から6年生までの内容が単元ごとにまとまっており、全員が1年生のプリントからスタート。まとめテストに合格すればどんどん飛び級することができる。逆にまとめテストに受からないと、躓いた単元のプリントに戻ることで学び直しができる。学習を見守るスタッフは、解答冊子を見ながら丸付けをしてあげるだけでいい。子どもたちが自分で丸付けができる資料も用意している。

吉里っ子スクールの様子

これが「自分は5年生なのに2年生のプリントを解いている」「クラスメイトのあの子は4年生のプリントなのに、自分は1年生のプリントだ」と子どもたちに分かってしまっては自信をなくし、やる気を削いでしまう。“1年生の足し算”ではなく、LV.1、LV.2といった表記になっていて、子どもたちはゲーム感覚で攻略していくことができる。自分でプリントを印刷することも、攻略して次のステージに進む感を演出し、子どもたちが楽しく学習できるゲーム性に一役買っている。

プリント印刷ツールはネットに繋がるパソコン1台とプリンターさえあれば導入できるため、Wi-Fi環境を整備したり、子どもたち一人ひとりにパソコンやタブレットを用意したりといった、設備投資がほとんどかからない。デジタルとアナログのいいとこ取りをしたツールになっている。

プリント印刷ツールで自分の習熟度に合ったプリントを印刷する児童

こうして吉里っ子スクールでは、宿題と自分の習熟度に合ったプリントに毎日取り組むことで、学習習慣が定着してきた。

この場を運営するのは、地域の元気で優しいおばちゃんたち。全員が吉里吉里地区に住んでいて、シフトを組み、1日3名がやってきてくれる。「カタリバのスタッフがやっていることは私たちにはできない」と思われていたところから、分かりやすいマニュアルを整え、少しずつ説明を行い、地域の人が楽しく子どもたちに関われる場所に変えていった。

地域の人が地域の子どもたちを育む、
豊かで持続性の高い居場所づくり

「私はずっと吉里っ子スクールを、地域の人が地域の子どもたちの放課後を豊かにする場所にしたいと思っていたんです。それは私たちがやり続けるよりもずっと持続可能性が高くて、地域の活力になって、子どもたちにとっても先生にとってもいい場所になると思っていたからです。そのためには、今まで自分たちが属人的にやってきたことを、誰でもできるように仕組み化することが必要でした。」

そう話すのは、コラボ・スクール大槌臨学舎の責任者の宮城千恵子。2016年、地域に密着した教育に関わりたいとカタリバに転職してきた彼女は、大槌臨学舎に配属。東京から大槌町に移り住んだ。

コラボ・スクール大槌臨学舎担当 宮城千恵子 1987年沖縄県出身。学生時代は地域活性化のゼミやイスラエルのキブツボランティアを通して社会の在り方を模索する。卒業後は大手アパレル会社に入社し、5年半で12店舗の経営、新店開発に従事する。スタッフとの対話から、自分の意志をもって生きるきっかけをもっと早い段階で若者に届けたいと、2016年1月よりカタリバに参画。岩手県大槌町を舞台に「ジブンゴトにあふれる地域」を目指して奮闘中。

「プリント印刷ツールはこれまで関わってくれたボランティアさんやたくさんの職員が積み上げで開発してきたので、その分きれいに整理されてはいなかったんです。例えば解答冊子なんかがしっかり揃っていないので、私たちスタッフは子どもたちの解答をみて、自分で計算をしながら丸つけをしていました。それを見た地域の人は、そんなのできないよと。勉強なんか教えられないよと。まずはしっかり解答冊子をつくることから始めて、地域の方も、子どもたち自身でも、誰でも丸付けができるようにしていきました。」

仕組みを整え、地域の方々にツールやパソコンの使い方を丁寧に説明した。「やっていただきたいことは、子どもたちに勉強を教えることではないんです」と、居場所づくりのスタンスも伝えていった。

勉強を教えるのではなく、ここに集う子どもたちをサポートしてほしい。この違いを体感してもらえるようになると、地域の人たちはみるみる変わっていった。子どもたちの学びが豊かになったり、便利になったりするなら、どんどん新しいツールを導入しようと盛り上がる。パソコンを起動することにも抵抗感を持っていた方々が、シフト調整に便利なアプリがあると紹介すれば、「すぐに導入してよ!」というほどになった。

吉里っ子スクールを運営する地域のみなさん

運営メンバーのふみさんとひろみさんはこう話す。

「始めたばかりの頃は、子どもの何気ない一言によく傷ついていました。『こんなのもわからないんだ、先生なのに』といったような。ですが今では、こちらが学ぶ姿勢をみせることと、一緒に考えようという姿勢が大切なのだと感じています。子どもたちと一緒にいくつになっても学び続けられる、成長し続けられるという刺激があります。」

「また昔と比べて地域の大人と子どもの接点が減ってきている中、子どもたちを見守る一翼を担えているのではないかということにもやりがいを感じます。学校内にいるので気になる子にはすぐ声をかけることができますし。今後はもっと地域の目が子どもたちに注がれるきっかけになれたらと思っています。」

こうして、地域のおばちゃんたちが、子どもたちの成長を楽しみに吉里っ子スクールに関わってくれるようになった。全員吉里吉里地区の出身なので、子どもたちの家庭のことにも先生以上に詳しい。週1回前後、吉里っ子スクールの様子を見に行っているカタリバスタッフの坂本は、今がとてもいい状態だと感じていた。

コラボ・スクール大槌臨学舎担当 坂本千紘 宮城県出身。岩手大学教育学部に進学をするも、教育という分野でのキャリアの築き方に悩み、休学。半年間上京し、カタリバ事業部でのインターンを経験した。そこで得た知見や学びを岩手で生かしたいと思い、卒業後、2015年より大槌臨学舎にスタッフとして関わり始める。現在は教務を中心に、スタッフが子どもたちに関わるスキル育成プログラムの開発に携わっている。

「すごくよかったなと思うのは、地域のおばちゃんたちなので、子どもたちの家庭のこともよく知っているんですよ。先生も知らないような、家庭事情や保護者の状態を知っていたりして。前は私たちが間に入って先生たちに情報連携をしていたんですが、今は先生と地域の人と私たちとみんなで打合せをするようにしています。みんなで情報を共有できるようになったので、例えば、あの子は宿題はやっているけど全然漢字ができない、という情報がリアルタイムで先生に伝わって、先生はすぐに吉里っ子スクールでやらせてほしいと漢字のプリントを持ってくる。そういう連携もできていて、本当にいいかたちになっているなと感じています。」

実際の学力にも成果は現れている。もちろん先生方が常に授業を工夫し頑張っていらっしゃるという大前提があるが、「宿題をちゃんとやって、自習をする習慣が身についたからこそ学力アップに繋がった部分が大きい」と先生たちからも評価されている。

カタリバは、ツールと人の介入の
最適なあり方を開発し続けたい

2019年4月いよいよ、吉里吉里地区のWi-Fi環境が整った。これまでは使えなかったICT教育ツールが学校の中で使えるようになることで、さらに進んだ個別最適化学習を実現することができる。

このタイミングで、小学校だけでなく、吉里吉里中学校での学習サポートの連携が決まった。まず夏休みの間、部活後に立ち寄れる学習スペースをオープンした。学習の難易度があがる中学校でも、ICT教育ツールを整備し、場所の見守りを地域の人たちに担ってもらうことでいい場作りが行えれば、地域の人たちにもっと学校の中に入ってきてもらえるようになる。

カタリバはこれまで、プリント印刷ツールの開発だけでなく、既存の様々なICT教育ツールを活用してきた。今は、ICTを使った教育サービスやアダプティブラーニングを実現する学習アプリなどの選択肢が豊富だからこそ、現場では、どのツールをどのように組み合わせて活用すればいいかという、「最適な組み合わせ」や「活用方法」が課題になりがちだ。

だからこそ、子どものタイプ・学力・学年・教科に最も合ったツールを見つけるため、現場で実際に使いながら最適な組み合わせを模索し、どうファシリテーションすることで子どもたちが意欲的に学習に取り組むか実験を重ねてきた。

大槌臨学舎では2011年の開校以来、skype英会話やeboardなど様々なICT教育ツールを活用

大槌臨学舎で勤務後、カタリバが運営する島根県雲南市の教育支援センター「おんせんキャンパス」で不登校の子どもたちへの学習支援に取り組んだ長濱はこう話す。

「不登校支援の現場でもプリント印刷ツールや動画授業を導入しましたが、ICT教育ツールの活用に加えて、スタッフが伴走することで学習の効果が高まることを感じました。ICT教育ツールを使わない個別の学習支援では、子どもの人数が増えるとスタッフの手が回りきらず、彼らの待ち時間が増えるという課題がありました。ほかの子どもと一緒の部屋で学習する事が難しい子もいます。だからといって、iPadを渡して、動画見て勉強してね、では長続きしません。大切なのは、子どもの『できた』という喜びに伴走し、次なる目標を一緒に確認したり、できないときにはどのように進めていったらいいか気軽に相談できる相手がいることだと思います。それぞれの現場の状況によって、ツールとファシリテートをちょうどよい具合にコーディネートしていくことが、子どもたちのよい学びを促すのではないでしょうか。」

これからも様々なICT教育ツールが開発され、データが蓄積されることで個別最適化学習の精度もますます高まっていくだろう。

だからこそ、何のツールを組み合わせて学習の仕組みをつくり、その場をどうファシリテーションして子どもたちに伴走していくか、というノウハウもまた、必要とされるはずだ。ICTにしかできないこと、人にしかできないことの最適な組み合わせを、地域や子どもたちに合わせてデザインする力が求められる。カタリバはこれからも、全国の現場で「ICT教育ツールと人の介入の最適なあり方」を開発し続けたい。

その先には、どんな環境に生まれ育っても、子どもたちが豊かで自分に合った学びを選んでいける未来が待っているはずだ。

取材・編集・執筆=青柳望美
写真=荷川取佑太

Writer

青柳 望美 パートナー

1983年生まれ。群馬県前橋市出身。大学時代は英語ができないバックパッカー。人材系企業数社で営業・営業企画・Webマーケティング・Webデザインを担当。非営利セクターで働いてみたいと考え2014年4月にカタリバに転職。全国高校生マイプロジェクトの全国展開・雲南市プロジェクト・アダチベースなどの立上げを担当。現在は新規プロジェクトの企画や団体のブランディングなどを担当。カタリバmagazine初代編集長、現在はパートナー。

このライターが書いた記事をもっと読む