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中四国エリアにマイプロジェクトと探究の『熱旋風』を生み出した1人のドラマ

vol.129Report

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category #活動レポート

writer 青柳 望美

中四国エリアに「マイプロジェクトと探究の熱旋風」を生み出した、1人の男性を紹介したい。名前は藤井剛。岡山県井原市教育委員会で、生涯学習課と学校教育課を兼務する行政職員だ。

始まりは、2014年9月に遡る。真夏日の暑い3日間、NPOカタリバは、神奈川県鎌倉にある「建長寺」で全国の高校生がマイプロジェクトをつくる合宿を初めて開催した。「鎌倉カイギ」と呼ばれたこのイベントには、北海道から沖縄まで全国から73名の高校生が集まった。鎌倉カイギは、高校生が自分が地域や身の回りの気になることを解決する“マイプロジェクト”を企画しまとめるアイディアソン。高校生1人ひとりが当事者意識をもってプロジェクトのテーマを決め、プランニングするため、高校生に伴走する大人も多数参加する。

運営の裏方をしていた、NPOカタリバに入社したばかりの筆者は、このイベントで1人の男性と出会う。

2014年9月に初めて開催したマイプロジェクトをつくる合宿「鎌倉カイギ」

その男性は高校生のプランニングに伴走するファシリテーターの1人として参加していた。ファシリテーターは忙しい。2泊3日、夜通し考える高校生に伴走し続けるので、ほとんど眠れない。しかしその人は、誰も気付かない裏方の動きもいち早く察して、さわやかな笑顔でスッと手伝ってくれる。かといって高校生への伴走にも一切手を抜いていない。疲れている様子も一切ない。

「なんだこのすごい人は」と思ったその人が、岡山県井原市教育委員会に勤める藤井剛さんだった。思えば、この「すごい人」だという印象は、このあと更新され続けることになる。

藤井さんは、鎌倉カイギに参加した後、マイプロジェクトをつくる合宿や発表会を井原市で自主的に開き続けた。初めての取組みに参加した高校生は19名。地域の大人が入れ替わり立ち替わりで30名前後。予算も何もなく、完全な手弁当で始まった。藤井さんの熱い想いが熱源となり、人を巻き込み、藤井さんの熱に感染した人たちのコラボレーションが、井原市に、複数の市町村に、そして岡山県に広がり続ける。

写真左が藤井さん

そうして2020年1月。藤井さんが旗を振り続けたマイプロジェクトと探究の熱旋風は、ついに中四国エリアに広がり、70プロジェクト・300人以上の高校生が参加する一大イベント、「全国高校生マイプロジェクトアワード 中四国Summit」に拡大し、開催された。

中四国Summit当日。その中心には、5年間、熱量を一度も下げることなく走り続けてきた、藤井さんの姿があった。


藤井さんを突き動かしたものは何だったのだろうか?

いつかの教え子たちが
高校や大学で元気をなくしているとしたら…

藤井:「鎌倉カイギに参加する前のことでいうと、2013年度に小学校教員から井原市教育委員会生涯学習課に異動になったんです。自分の立ち位置が定まらず迷走していた年度内の2月に、当時NPOカタリバの職員だった今村亮さんの講演を聞く機会があって。その3ヶ月後の2014年5月には、井原市教育委員会の企画として『夢源塾』を立ち上げました。高校生が人との交流を通じて多様な価値観に出会える機会をつくろうと、手探りで高校生向けのイベントを実施していました」

藤井さんは、元々は小学校教員。教え子と会えばもちろん挨拶や会話はするが、深い関わりをもつことはできていなかった。卒業した子どもたちは中学生以降も、きっと小学校の経験を活かしていきいきと頑張っていってくれているだろうと信じていた。

しかし、カタリバの職員の講演を聞き、多くの高校生や大学生たちは自己肯定感や意欲が低く、自分に自信がもてないでいる、というリアルを知ったそうだ。卒業を見送ってきたあの子たちが、自分の知らないところで元気をなくしているのかもしれない。このままでいいのだろうか。社会教育にいる自分だからこそできることがあるんじゃないか。藤井さんはそんな強い思いに突き動かされる。

そうしてまずは、高2になっていた教え子に声をかけた。バラバラの高校に進学していた子たちが久々に会えたり、魅力的な大人たちと出逢ったりすることで、「新しい発見がある場所」にしたいと考えイベントを開催するようになったという。

『夢源塾』初期の活動の様子

こうして『夢源塾』という名前で高校生向けの社会教育イベントを企画し始めた藤井さん。その4ヶ月後、『夢源塾』の高校生とともに参加したのが、鎌倉カイギだった。

藤井:「17年間小学校教員だった井の中の蛙の藤井にとって、中高生のために活動する全国の大人が集まっていた鎌倉カイギはあまりにも刺激的過ぎました。日本中には、本当にすごい人たちがいるんだなと。カタリバさんはもちろん、隠岐國学習センター長の豊田さんや藤岡さん、気仙沼のNPO底上げ代表の矢部さん、沖縄で活動する東濱さん…それぞれの地域で、志を持って人生をかけて教育に関わっている大人たちがたくさんいて、とにかくすごい空間だなと。そこにさらに、熱い高校生たちがたくさんいて。

すごい熱気でしたよね。主催してるカタリバさんも、細かいプログラムをつくってきてるんじゃなくて、その場の空気や状況を見ながらみんなで『次どうしようか?』と議論しながらつくっていったあの感じ…あの場をつくることを、あっという間に自分事にさせられました。

本気の大人たちと出会って、ものすごい熱気に触れて、『もっと自分を高めたい、この人たちと肩を並べたい、この人たちの中で認められるような人になりたい』みたいな気持ちにもなったんですよ」

鎌倉カイギ参加時の藤井さん(写真中央)

マイプロジェクト熱の伝播

藤井さんは、井原市に戻ってすぐに鎌倉カイギの報告会を開催。同年度に開催されたマイプロジェクトの発表大会、『全国高校生マイプロジェクトアワード2014』にも審査員として参加した。

藤井:「マイプロジェクトは、プロジェクトの規模感は違えど、誰でも挑戦できるじゃないですか。自分のおじいちゃんおばあちゃんのために何かしたいとか、地元の商店街を賑やかにしたいとか。ちょっとした想いからでも何かを始めて、前よりも成長した自分を感じることができる。そうして高校生は、人と出会ったり振り返ったりしている間にどんどんキラキラしていくし、逆にどんどん悩んでしまう子もいる。そういうこと全部が、なんかこう、生きてるって感じがする時間を過ごせるのが、いいなと思ったんです。

マイプロジェクトアワードのように、学校や地域を越えた他流試合の機会も本当に重要で。例えば学校の中の人間関係なんて本当は小さなことで、1歩外に踏み出せばいくらでも仲間がいて、楽しいことがあって。外に出て世界を感じて、色々な人と出会うことはものすごく意味がある。学校で居場所がなくても、違う場所では輝けたり、普段と違った自分を見つける機会があると、どの子も元気になって、『何かできる』『やりたい』って信じて帰ってくる。

一言では言い表せないけれど、素晴らしい場だと思いましたね。藤井にとっては、その最高峰がマイプロジェクトアワードで、一人でも多くの高校生にこの場の雰囲気を味わせたかった。だからこそ、岡山でアワードをいつか絶対にやりたいと思うようになりました」

高校生たちは普段とは違う出会いによって元気になったり自信をつけて帰ってくる

藤井さんはある人に『マイプロ熱に罹っている』と言われたそうだ。自分でも、鎌倉カイギから今もずっと、マイプロ熱に罹っていると感じているという。

その言葉が「確かにその通り」と思うほど、藤井さんの勢いは止まらない。

2015年度には、『夢源塾』を『Team夢源』に改名。1年で組織的な取組みに発展させたからだ。中高生チームを夢源Makers、それをサポートする大人集団を夢源Supportersとして組織化。中高生30名、サポーターの大人は最大で50名ほどが登録した。さらに近隣の矢掛町で活動していた室先生、井辻さん率いるチームと繋がり、合宿や発表会をコラボレーションして開催するようになった。

2016年度になると、さらに連携する地域を広げていく。自分たちの地域だけでやるのではなく、もっと広域で。広域で連携しあって、子ども若者と大人の協働の場づくりをしていこうという、想いの広がりと人の流れをつくっていった。

2017年度には、岡山県倉敷市や井原市や浅口市などを含めた広域地域をさす『備中』というエリア名称をつけた『備中志事人』という広域連携をめざす活動を開始。

2018年度になると、『備中』という広域エリアの範囲も越える。岡山市や備前地域など県内全域に広がったことから、『備中』の文字は次第に薄れ、『志事人ネットワーク』と呼ぶつながりができた。くらしき作陽大学との連携で大学生メンバーも加わった。

マイプロジェクトを発表するイベントを岡山大学で開催できるようになると、さらに認知が広がっていく。マイプロジェクトをつくる合宿イベントや発表会には、教育長をはじめとした岡山県教育委員会の職員が参加。中高生がキラキラしながら自分の想いを語っている姿と、場づくりに関わる大人たちに感動した岡山県教育長の鍵本さんは、『志事人ネットワーク』の仲間にもなってくれた。

こうして、岡山大学と岡山県教委と繋がったことで、飛躍的に規模を拡大したその翌年。

2019年度、藤井さんが旗を振り続けた岡山県チームと、大崎上島で高校魅力化に取り組んできた広島県チームがタッグを組み、70プロジェクト・300人以上の高校生が参加する「全国高校生マイプロジェクトアワード 中四国Summit」が開催されたー。

20年1月開催された全国高校生マイプロジェクトアワード 中四国Summit

2014年度から5年間の熱の伝播の軌跡を、ここでは全く書ききれていない。毎年必ず大きなうねりとなっていくそのプロセスは、語ってもらうなら、1晩でも足りない。

詳しく知りたい人はぜひ、藤井さんに会いに、岡山県井原市を訪ねてほしい。

つくるのは楽しくて熱い
志あるネットワーク

なぜこんなにも大きな広がりをつくることができたのだろうか。

藤井:「藤井の力は本当に微々たるもので、巻き込まれてくださった方々のちからを借りまくってなんとかここまで来れた、という感じなんですが…芋づる式というか…半強制的というか…とにかく繋がってくれた人がみんないい人たちだったというのは大きいですよ。

あとは、みんな面白がってくれて。大人がみんな楽しんでいるから、来ると中高校生も楽しいみたいで。リピーターになってくれたり友だち連れてきたり…参加する中高生も大人も楽しい場にする、ということはずっと変わらずにこだわってきました。

大人側の巻き込みで言うと、志のある人と繋がっていくことを大切にしています。子どもたちや地域のためにという、熱い志を持っている人。そういう人の集まりにしないと、例えば言葉はあれですけど、人脈づくりがしたいだけというような、大事な部分を共有できない人がいると、熱いネットワークにはならないんじゃないかなと」

志がある仲間と楽しむことが大事、楽しくなければダメだと、藤井さんは言い切った。

Team夢源の最近の活動の様子、みんな楽しそうだ

さらに驚くべきは、藤井さんは岡山だけでなく、九州・関西にマイプロジェクトを広げるための立ち上げメンバーにも加わってくれたことだ。秋にマイプロジェクトをつくるキャンプの運営、冬に地域発表会を運営する各地区の実行委員会メンバーに加わるとともに、春には全国発表会であるマイプロジェクトアワードの運営にも参加。その間に地元の井原市で『Team夢源』の活動のブラッシュアップを図るとともに、岡山県広域で活動する『志事人ネットワーク』の運営も行う。もちろん本業は、井原市教育委員会職員としての仕事である。

地元にマイプロジェクトと探究を広げたいという想いは分かる。全国に広げようという取組みにも、なぜこんなにもコミットしてくれたのだろうか。

藤井:「そうですね…でも行くのが当たり前というか、行かなきゃいけないというか…自分としても学びたかったし、高校生や大人との新しい出会いもほしかったし。声をかけてくれるカタリバさんには感謝していました。楽しくて仕方なかったんですよ。行けば必ず新しい刺激がもらえて。40歳になるまで『私事』と『仕事』しか知らなかった藤井が『志事』の楽しさと大切さを知り、考え方や生き方も変わって毎日がとても充実しました。

だからこそ、新しい学びを井原市や岡山県に戻って広げることが使命だと思っていました。外で学んで地元に活かす、そしてまた活かすために学びに行くという、勉強の場でしたね。地元の中高生たちに、全国の匂いを感じさせたいという想いもありました」

マイプロジェクトを通じて出会った全国の仲間(前列左端が藤井さん)

藤井:「カタリバさんってウィルスみたいなものですよ笑。1番の魅力は人。それぞれがすごい伴走力を持っています。高校生のことも関わる大人のことも、絶対に見捨てずにコミットしてくれるじゃないですか。その姿勢は全ての人たちが学べることです。あのコミット感はすごい。伴走力とコミット力、人の魅力があるから、関係を続けていきたいと思う。藤井も巻き込み力があると言われることがありますが、自分よりもむしろ、カタリバの巻き込み力のほうがすごいですよ!」

この取材中、藤井さんは何度もなんども「藤井の力は微々たるもの」「みなさんのおかげ」と繰り返した。藤井さんと話すと伝わってくるのは、仲間に対する感謝の想いと謙虚な心・何事もチャンスと捉えて楽しむスタンス・熱い志。この3つだ。そしてこの3つを持った藤井さんが旗を振り続けたことが、この熱旋風を生み出した秘訣だったのではないだろうかー。

妄想はアクションすれば
実現できる

大いに巻き込まれ、巻き込んだこの5年間を振り返ってみると、どんな5年間だったのだろうか。

藤井:「この5年を振り返ってみると『ヤバイ』の一言ですね笑。楽しかったとしか言いようがないです。本当に日本中の色々な人とつながれて、つながるだけじゃなくて、みなさん同じ想いをもたれていて。想いを共有できる人たちとの出会い、これは財産です。

岡山では、大人たちも『マイプロいいな』とか『中高生と関わることっていいな』と言ってくれる雰囲気というか風土というか、それがちょっとずつ広がって、形になってきているという手応えを感じています。

あとは、井原市で一緒に活動してきた中高生たちも、本当に成長してくれて。コアに関わってきた高校生たちがこれから大学生や社会人になるんですよ。みんな、中高生の伴走役として戻ってくるのが夢だと言ってくれているので、一緒に活動するのが今から楽しみです」

伴走役の大学生と大人だけが着れる青いTシャツは憧れの的

果たして藤井さんのやってきたことは、他の誰かも再現可能なのだろうか?

藤井:「もしこれを読んでいる人の中に、マイプロジェクトや探究に取り組む学びの土壌を地域に広げていきたい人がいるとしたら、とにかく動いて、出会ってほしいと思います。妄想ってあると思うんですけど、妄想できたことは、実現できると思うんですよ。思い描けた時点で、可能性はある。

そのためには、外に出て人と出会うことが大事だと思います。藤井が外に出て、カタリバさんや矢掛町の室先生や井辻さん、岡山大学の吉川先生たちに出会ったみたいに。妄想だけで止まったらそれで終わりです。一歩踏み出すことにブレーキをかける自分もいるかもしれませんが、動けば出会いがあって、可能性が広がって、現実になっていきます」

藤井さんたちの妄想とアクションは止まらない。次の構想は、もっと産業界を巻き込んでいくこと。色々なものが岡山県の中で循環し持続する流れをつくりたいと考えているそうだ。

藤井:「マイプロジェクトや探究を通じて中高生が育ち、その子たちが大学生になり社会人になった時に、マイプロジェクトが終わってしまっては意味がない。いつだって自分のマイプロジェクトを見つけて挑戦できるように、大学も企業も変わらなければならないと思うんです。常にみんながみんなのチャレンジを応援しあえる環境はもちろん、持続的な地域づくりのためには、ある程度の予算も必要だと思っています。産業界が人づくりに投資するようになって、アントレプレナーシップをもった子たちが増えれば増えるほど社会は良くなっていく。社会教育にいる人たちだけでなく、幅広い人たちが関わる循環を、井原市で、岡山県で実現していきたいんですよ」

そう話す藤井さんは、自分のマイプロジェクトについて熱く語る高校生のように見えた。

藤井さんとカタリバパートナーの今村亮、この2人の出会いが始まりとなった

そうだ、マイプロジェクトとは、高校生が取り組む教育プログラムのことではない。
地域のためになる活動に取り組むことでもない。
社会課題を解決することでもない。

『自分の人生を生きるというスタンス』そのもののことだ。
本気のマイプロジェクトは、人の心を動かす。

マイプロジェクトと探究の熱旋風を生み出すことは、藤井さんの人生をかけて取り組む本気のマイプロジェクトなのだ。

次は、いつまた話を聞こう。
藤井さんから語られる次のドラマを聞くのが、今から楽しみで仕方ない。

Writer

青柳 望美 編集長

1983年生まれ。群馬県前橋市出身。大学時代は英語ができないバックパッカー。人材系企業数社で営業・営業企画・Webマーケティング・Webデザインを担当。非営利セクターで働いてみたいと考え2014年4月にカタリバに転職。全国高校生マイプロジェクトの全国展開・雲南市プロジェクト・アダチベースなどの立上げを担当。現在は新規プロジェクトの企画や団体のブランディングなどを担当。カタリバmagazine編集長。

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