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知的能力の高さが「困難さ」ではなく「特異な才能」として表れることもある[代表のつぶやき]

vol.267Voice

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category #代表のつぶやき

writer 今村 久美

文部科学省の有識者会議の委員ということで、とりまとめに対する私見を取り上げていただきました。記事では文字数が足りなかったので、コメントプラスでも補足的に書きました。

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『すべての子どもたち』『誰一人取りこぼさない』という標語を掲げると、まずは学習の遅れがある子どもや、経済的に困難な子どもなど、標準とされるものへ届くことが難しい状況の子どもたちへの視点の優先度があがる。そのため、まずはそこに教師のなけなしの時間をついやしながら取りくむ。

この会議で語られる、標準よりも知的能力の高い子どもについて義務教育段階で重きを置こうとする場合、「エリート教育を優先するのか」「頭のいい子をかわいがるのか」など、厳しい声も届きやすく、長く公教育においてサポートしきれてこなかった。

標準より知的能力の高い子どもは、家庭の経済力が許せば、学校外の塾等に居場所を作り能力を伸ばせるものの、それができない家庭の子どもには苦しい環境を強いてきたともいえる。

今回の審議会では、 “知的能力の高い子どもたちの困難さ” という観点にはじめて光が当てられた。この議論が朝日新聞等で取り上げられるたびに話題にもなり「実は言い出せなかったけど、勉強ができすぎて、授業中に椅子に座って聞いたふりをしていることが苦痛で、精神的に参ってしまうほどだった」という、サイレントマジョリティの方々の声がSNS上を駆け巡り、共感の輪がすごいスピードで広がったと聞く。

記事にあるとおり、この議論はまだまだはじまったばかりで、これから国としての実証研究がスタートする。まだ制度にも落ちていないし、本質的な政策にはまだ落とし込めていない。やっとスタートにつくことができた、というのが現在地。

国主導の実証の予算は限られている。概算要求1億円の外で行われる自治体主導の取り組みや、民間主導の先行的な取り組みも含め、可能ならば1年以内に、長くても2年以内に、何をしなければいけないのか明らかにしたうえで、次期学習指導要領(2030年スタート)議論が開始する2025年には、マクロとミクロを行き来したデータを提示できるよう、間に合わせたい。

しかし、現場の先生たちにお願いしたいことは、国の方針なんて待たないでほしい。どんどん「こんなやり方がある」という実証的な実例を作りまくり、SNS等で発信しまくってほしい。それも、あるべき制度政策論の重要なヒントになるはずだし、なにより今日も苦しいと思いながら机に座り、心をすり減らしている子どもたちを助けることになる。

「誰にも言えない苦しみをもったあなたのことを、私はちゃんと考えてるよ」と伝わることで、泣きたいほど救いになる子どもたちが、目の前にいるはずだから。

発達特性が「困難さ」になるかどうかは、遺伝的な特性 × 教育 × 家庭・地域等の環境、等が相互に影響しあって表れる。環境調整さえうまくいけば、困難さではなく、特異な才能として表れることもあり、それはIQの高い子どもにだけ言えることではない。それを前提に、すべての子どもたちに対して、一人ひとりに個別最適な学びが保障される状況を目指したい。


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Writer

今村 久美 代表理事

79年生まれ。岐阜県出身。慶應義塾大学卒。NPOカタリバ代表理事。ここではゆるくつぶやいていきます。

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