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僕らがマイプロジェクトを始めたわけ[マイプロジェクトのドラマ#01]

vol.052Column

連載 マイプロジェクトのドラマ
文部科学大臣表彰をかけて、全国150校の高校生が出場する「全国高校生マイプロジェクトアワード」。このように全国に拡がったのにはドラマがあった。慶應義塾大学湘南藤沢キャンパスで生まれた手法は、いかにして全国の高校生へと拡がったのか?その原点に迫ります。

いかに「やらされ探究」を「自分ごと化」するか?

みなさんは「全国高校生マイプロジェクト」をご存知でしょうか?高校生が地域や身の回りの課題や気になることをテーマにプロジェクトを立ち上げ、実行することを通じて学ぶ探究型学習プログラムです。PBLや探究型学習といえば、お題が用意されているプログラムが一般的かもしれませんが、マイプロジェクトではテーマ設定に対する「主体性」を大切にしています。また、たとえ小さくても実際に「アクションを起こす」ことで、社会に揉まれ試行錯誤する中から大きな学びが生まれるのがマイプロジェクトです。

もちろん、肯定的な声ばかりではありません。「そんなの、うちの生徒には無理!」「どうやって地域と連携するの?」「先生方は忙しいから・・・」それでも全国にマイプロジェクトが拡がっている背景には、「やらされ探究」「操りアクティブラーニング」「お飾りPBL」の拡散に問題意識を持つ、熱い熱い熱い先生方の伴走があります。
2019年2月から開催された「全国高校生マイプロジェクトアワード2018」では、“きみだけのドラマを語れ”という募集メッセージに、全国150高校の先生方が3,000人の高校生を送り出してくださいました。時代の変化を感じずにはいられません。

支援される側から、支援する側へ

全国高校生マイプロジェクト事務局はNPOカタリバが運営しています。「全国高校生マイプロジェクトアワード」が始まったのは2013年のことですが、そもそもマイプロジェクトは2006年に慶應義塾大学湘南藤沢キャンパスの井上英之研究会で生まれた手法です。筆者は2009年に井上さんと出会い、ときに政府の会議で、ときにシアトルで、ときに街角のカフェで教えを受けました。マイプロジェクトについて語る井上さんは、いつも自由で魅力的でした。

そんな中、東日本大震災が起こりました。たくさんの悲しいことがありました。
東京でニュースを見ていた私たちは、いてもたってもいられず東北へ向かいました。はじめは街頭募金で集めた寄付金を預けて帰ってくるつもりでしたが、甘かった。すべてを津波に奪われ、居場所を失った子どもたちを目の当たりにして、運命は変わりました。東北に居を移し、腰を据えて活動することに決めたのです。宮城県女川町、岩手県大槌町、福島県広野町、3つの町で行政と連携し、「放課後学校コラボ・スクール」を開きました。あれから8年間が経ちますが、今夜も変わらず明かりを灯し続けています。

コラボ・スクール大槌臨学舎

復興の道のりは並大抵ではありませんでしたが、希望がありました。それは高校生です。
2012年のある日、井上英之さんを大槌町に招きました。瓦礫が片づき、さら地になってしまった町で、先の見えない復興議論が続いていた時期です。大槌町で井上さんは高校生と語りました。すると彼らはぽろぽろと涙を流しながら、あの日から今日まで誰にも言えずかかえてきた想いを言葉にしました。その涙がきっかけとなりました。「自分たちも何かしたい」と、高校生は大槌町の復興のためにマイプロジェクトを始めました。

高校生の取組は思った以上に多彩でした。大槌町を被災地から星空の町へ、と天文をテーマにしたナイトツアー。4年に一度みんなで建て替える復興木碑。伝統の手踊りの継承など・・・・。高校生たちが汗をかく姿に、大人たちの心にも本気の火が灯り始めました。

3.11を教訓に防災活動に取り組んだ岩手県大槌町の高校生たち(2013年3月)

たった18人のための全国アワード

不思議なことに、高校生の変化は同時多発的に起きました。気仙沼でも、石巻でも、宮古でも、南相馬でも、いわきでも、女川でも・・・。

彼らが地域を越えて出会い、交流する場が必要だと、企画されたのが第1回「全国高校生マイプロジェクトアワード」でした。学生時代からの恩師である鈴木寛さんに実行委員長をお引き受けいただき、「全国」と仰々しく銘打ってはみたものの、そんなちっぽけなイベント、当時は誰も知りません。結果的に集まった高校生はたった18人だけでした。しかしこの18人が素晴らしかったのです!高校生だって社会を変えることができる、誰もがそう信じられるアワードでした。私たちはこのアワードを本気で「全国」の運動にしよう、と固く決意しました。

18名の高校生のため初開催した全国高校生MYPROJECT AWARD2013(2013年12月)

そこで始まったのが「マイプロジェクトスタートアップキャンプ」でした。どんな環境にある高校生でもマイプロジェクトを始められるよう、きっかけを手にする場が全国に必要です。鎌倉からはじまって、東京・東北・九州・関西・北海道・オンラインへと拡がりました。さらには「マイプロジェクトを取り入れたい」という要望を受け、学校・自治体の支援が始まりました。川崎市、気仙沼市、雲南市。そしてふたば未来学園高校、N高校、郁文館高校と続いています。

この流れを大きく後押ししたのは文部科学省でした。高校の新しい学習指導要領に「探究」が位置づけられたことで、マイプロジェクトの目指す未来と国の方針が、不思議な偶然で合致し始めました。2015年のアワードからは、グランプリに文部科学大臣表彰を行うこととなりました。年々その規模は拡大し、全国1万人、そして高校生の1%となる3万人の高校生へと拡がる未来を目指しています。そこにはひとつひとつのドラマがあります。

マイプロジェクトを通して、生徒はいかにして探究のテーマを「自分ごと化」したのでしょうか?そして先生はどのように向き合い伴走したのでしょうか?これから、全国の現場から高校生と先生のドラマを連載でお届けします。どうぞお付き合いください。

この連載の記事
#02/島の高校と、ネットの高校。高校生をアクションへ導いた共通点とは
#03/「高校生団体」という新しいスタイル

*本連載はリクルート進学総研発行キャリアガイダンスで連載する「マイプロジェクトに学ぶ、探究が蒔いた未来の種」の転載記事です。

Writer

今村 亮 パートナー

1982年熊本市生まれ。東京都立大学卒。NPOカタリバ創業期からのディレクターとして、カタリ場事業、カタリバ大学、中高生の秘密基地b-lab、コラボ・スクールましき夢創塾、全国高校生マイプロジェクト事務局を手がける。文部科学省熟議協働員、岐阜県教育ビジョン検討委員会委員を歴任。2019年に独立し「ディスカバ!」立ち上げ中。NPOカタリバパートナー。慶應義塾大学にて非常勤講師を兼務。共著『本気の教育改革論』(学事出版)。

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