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つくりたい!創作意欲からはじまる高校生クリエイターたちの探究[マイプロジェクトのドラマ#04]

vol.095Column

連載 マイプロジェクトのドラマ
全国192校から562プロジェクト2,713人が集まる全国高校生マイプロジェクトアワード。そこにはプロジェクトを通じて成長し、学びを次に活かそうとする高校生クリエイターたちの姿があります。映像・プログラミング・服飾・ゲーム、多彩な創造性で課題に向き合う彼らはどのようにして誕生したのか?その舞台裏をご紹介しましょう。

高校生がクリエイターになる時代

みなさんの身近に、高校生クリエイターはいますか?

テクノロジーの進化により、高校生だって背伸びをすればプロと変わらないような環境を手にすることができる時代が訪れました。今やSNSは、高校生クリエイターたちによる作品発表の場にもなっています。

全国高校生マイプロジェクトアワードでは例年、文部科学大臣賞に次ぐ部門賞の中でも、探究性に秀でた高校生に授与する「ベストラーニング賞」において、高校生クリエイターの入賞が目立ちます。

いくつかの事例を紹介しましょう。 昨年大会では岩手県立大船渡高校よる、テクノロジーで障がい者の可能性を広げる「新しい”あたりまえ”を」が入賞しました。聴覚障がい者による音楽の演奏など、本格的なクリエイティブが評価されました。 服飾のクリエイターも、青森から世界平和を訴えかけるためTシャツをデザイン・販売した「武器をにぎるな、おにぎりにぎれ」など事例が豊富です。

世界平和を訴えかけるTシャツをデザイン・販売した青森県の高校生(当時)

広島県呉市には地域を魅力化するアパレルブランド「U.T.I.K.」、石巻のファッションショー「夢見るCloset」など、高校生の独創性が光ります。

地域を魅力化するアパレルブランド「U.T.I.K.」広島県呉市

映像やプログラミングの分野にも高校生クリエイターもいます。特に印象に残っているのは、写真整理アプリ「Photon」を開発したあーやです。彼女と出会ったのは、中学2年生の夏。ちょうどプログラミングを学び始めたばかりの頃でした。当時の彼女は「自分にはやりたいことがない」と言いつつも、そのことに劣等感を抱くでもなく、やりたいことが見つかるまでできることを増やす、と技術力を磨いていました。

その後、高校生になったあーやは、山梨の魅力を世界に発信することを目指す久実に出会います。その出会いに刺激を受け、彼女のためのPR映像を制作するプロジェクトを始めることを決意します。

Will-Can-Needの問いかけ

私たちはマイプロジェクトを始める高校生に、3つの問を投げかけます。
何をしたい?(Will)
誰のために?(Need)
何ができる?(Can)

山梨の久実には地元を活性化したいというWillはありましたが、それをPRする技術がありませんでした。一方、映像・プログラミングというCanを得たあーやには、PRしたい内容がありませんでした。二人の出会いがお互いを補完しました。 結果的に、あーやは高校2年生の夏に映像を学ぶため短期留学し、慶應義塾大学SFCに進みました。そして新たなるWillと出会うための日々を過ごしています。

高校生活の学びを発表するあーや(当時高校3年生)

気仙沼を歩くゲームの開発

Canから始まったマイプロジェクトと言えば、昨年大会で大きな注目を集めたのは「気仙沼クエスト」です。気仙沼の町をドット絵で再現したゲームで、プレイヤーはご当地キャラになりきって町を歩きます。当時高校1年生のえいごくんが制作し、ネットで公開されてからは6,000回以上プレイされています。

6,000回以上プレイされている「気仙沼クエスト」のマップ画面

きっとゲーム好きな高校生なんだろうとインタビューしてみたら、最新のゲーム機やスマホを持っていないと言うので驚きです。CGを駆使した新しいゲームよりも、親戚にもらったスーパーファミコンを手放さずに育ったのだそうです。高校では美術部に所属していて、絵を描いたり、作曲したり、ゲームを考えたり、ひとりで創作活動に没頭して時間を忘れてしまう。それが彼の日常。

実は小学2年生のとき、えいごくんの自宅は津波で全壊しています。 「震災はつらかった、でも乗り越えました。」 彼を支えたのは気仙沼の大人たちへの憧れでした。

地元の大人たちは立ち上がり、外からはボランティアがたくさん訪れました。絆を深め一致団結する姿を見て、自分も将来このコミュニティに加わりたいと思うようになりました。 中でも、えいごくんを変えたのは成宮さん。東日本大震災の復興活動で気仙沼を訪れたのをきっかけに、気仙沼で生きていくことを決めたNPO職員です。 大人になるのを待つよりも、高校生の今からでも行動してみない?気仙沼を復興する輪の中へと加わるきっかけをくれました。

気仙沼の海と認定NPO法人底上げ(中央が成宮さん)

「はじめ、えいごくんは大人しい中学生でした。でも、創作意欲が光っていた。きっかけさえあれば変わっていく予感がありました」

成宮さんは、気仙沼のマイプロジェクトアワードにえいごくんを誘い出します。対話を重ねる中で、えいごくんは創作活動にのめりこんできたCanに気づきます。自分にとっての当たり前こそ、プロジェクトの種。気負わずに好きなことを活かそうと、気仙沼クエストの開発が始まりました。 家では夜中までプログラミングを自学し、BGMまで作曲。そして放課後は、制服も脱がないまま気仙沼のまちでゲームの企画を進めました。

「気仙沼クエストの魅力はマップです。移動速度が遅いドット絵のゲームだからこそマップへの思い入れが生まれます。これがドラクエの手法で再現した気仙沼です。」

先日、地元のお祭で気仙沼クエスト中に自分のキャラクターを登場させようというブースを出店したら、50人が登録したそうです。えいごくんの一番の目的は、気仙沼のコミュニティの魅力をゲームで表現して、そこに入り込んでほしいという願いです。彼の世界へと気仙沼はどんどん引き込まれつつあります。

Canを広げるクリエイティブ教育の可能性

一方、えいごくんのように自力で制作・開発を進められる高校生ばかりではありません。

高校生のCanの広げる場として、クリエイティブ教育は有効です。たとえば、前述したあーやが参加していたのはライフイズテック社のプログラムでした。中高生が開発という孤独に向き合うため、ライフイズテックは場づくりやコミュニティづくりによる熱狂的な仕掛けを準備しています。そうしたノウハウは出張授業としても活用されており、広尾学園など首都圏の私立高校にも導入されています。 そのライフイズテックは経産省「未来の教室」実証事業として、福岡県で開催した「Creative Hack for Local in 飯塚市、嘉麻市、桂川町」を開催しました。プログラミングやクリエイティブの技術を伝えるところから始まり、その技術を通して地域課題を解決するというプログラムです。 一ヶ月半の活動の結果、全員が開発に成功。たとえばある中学生は桂川町の「王塚古墳」をホテルに見立てて観光PRするWEBを制作したそうです。大きな成功体験になったことでしょう。

探究的な学びにおいて「あなたは何をやりたいの?」とWillを問いかけることは重要ですが、ときにはCanを広げ、まずやってみる経験も重要です。趣味を突き詰めることや、技術を身につけることで、Canが次第に大きくなれば、新しいWillやNeedに出会いやすくなります。

Willを起点にした対話、Canを広げるクリエイティブ教育、マイプロへと高校生を導くためにはアプローチを柔軟に個別化することが重要です。

この連載の記事
#01/僕らがマイプロジェクトを始めたわけ
#02/島の高校と、ネットの高校。高校生をアクションへ導いた共通点とは
#03/「高校生団体」という新しいスタイル

*本連載はリクルート進学総研発行キャリアガイダンスで連載する「マイプロジェクトに学ぶ、探究が蒔いた未来の種」の転載記事です。

Writer

今村 亮 パートナー

1982年熊本市生まれ。東京都立大学卒。NPOカタリバ創業期からのディレクターとして、カタリ場事業、カタリバ大学、中高生の秘密基地b-lab、コラボ・スクールましき夢創塾、全国高校生マイプロジェクト事務局を手がける。文部科学省熟議協働員、岐阜県教育ビジョン検討委員会委員を歴任。2019年に独立し「ディスカバ!」立ち上げ中。NPOカタリバパートナー。慶應義塾大学にて非常勤講師を兼務。共著『本気の教育改革論』(学事出版)。

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