保育士からNPOへ。「自分のままでいい」と思える居場所をつくりたい/NEWFACE
Interview
宇佐美 和奏 Wakana Usami アダチベース ノース
東京都出身。シュタイナー学園で小・中・高時代を過ごす。神奈川県の洗足こども短期大学卒業後、世田谷区内の保育園にて新園の立ち上げ・クラス運営の経験。2024年11月よりカタリバに参画。現在はアダチベースにて、これまでの保育士経験を活かしユースワーカー(10代の子どもに寄り添う伴走者)として活動する他、食事支援や人材育成業務にも従事している。
ここ10年で、仕事のあり方・捉え方は、まったく違ったものになってきている。終身雇用は崩壊、転職は当たり前のものとなり、複業やフリーランスも一般化。テクノロジーの発達によって無くなる仕事予想も大きな話題となった。給料や肩書よりもやりがいや意味を重視する若者も増え、都会から地方にUIターンすることも珍しくなくなった。世界が一斉に経験したコロナ禍をへて、今後ますます働き方は多様に変化していくだろう。
そんな中カタリバには、元教員・ビジネスセクターからの転職・元公務員・元デザイナーなど、多様なバックグラウンドを持った人材が就職してきており、最近は複業としてカタリバを選ぶ人材もいる。その多くは20代・30代。彼らはなぜ、人生の大きな決断で、いまNPOを、いまカタリバを選んだのか?
連載「New Face」では、カタリバで働くことを選んだスタッフから、その選択の背景を探る。
さまざまな事情を抱える中高生が、放課後を安心して過ごせる居場所「アダチベース」。2024年11月に入職した宇佐美和奏(うさみ・わかな)は、ここで日々、子どもたちとの関わりに向き合っている。
シュタイナー教育の中で育ち、「一人ひとりが尊重される感覚」を大切にしながら、保育士からNPOへと活動の場を移した彼女に、居場所支援の現場で感じていることや、一貫して大切にしてきた価値観について聞いた。
里山の「まるごとの肯定」が育んだもの
——「シュタイナー教育」という学びの環境で12年間を過ごされたそうですね。
はい。小学1年生のときからシュタイナー教育の学校に通っていました。シュタイナー教育は、子どもの感性や主体性を育み、一人ひとりの個性を尊重することを大切にしています。
小学2年生のときに学校が神奈川県北部の里山に移転し、自然の中で体を動かしたり、手を使って学んだりする時間が多くなりました。教科書で知識を覚える前にまず自分で触れてみる、体験してみる、という感覚が強かった記憶があります。
——その環境は、自身にどんな影響を与えたと感じていますか?
地域全体に「子どもの感性をそのまま受け入れる」というあたたかな空気が流れていて、コミュニティ全体から守られている安心感が常にありました。先生や友だち、その家族までもがお互いをよく知っていて、みんながつながっている感覚です。
何か意見がぶつかったときも、先生をはじめとする大人が一方的に否定することはありませんでした。「あなたはどうしたいの?」と問いかけ、納得がいくまで対話を重ねてくれる。その過程で、「自分はこのままでいいんだ」って思える感覚が育まれた気がします。
いまアダチベースで子どもたちと向き合う際にも、この「一人ひとりを尊重する」という感覚が、私の大切な指針になっています。
現場で感じていた保育と
社会で語られる保育とのギャップ
——最初のキャリアでは保育士の道に進まれたんですね。
中学生の頃から近所の年下の子たちの面倒を見ることが多く、そのことを感謝されたりするのもうれしくて、自然と子どもと関わる仕事に興味をもちました。でも、「保育」を仕事として意識したのは、高校2年生のときの福祉実習がきっかけです。
未就学児の発達支援施設で3週間過ごしたのですが、そこでは先生たちが子どもの特性に合わせて、かける言葉一つひとつに意図を持って関わっていました。先生のちょっとした言葉がけで、子どもの表情や動きが劇的に変わっていくんです。
その様子を見て、「自分もこの力を身につけたい」と思うと同時に、子どもを取り巻く大人の影響の大きさを身に染みて感じました。
それで短大卒業後、新たに開園する認可保育園に就職したんです。最初は園庭に遊具すらないような状態で、そこから自分たちの手で園をつくっていくプロセスは、本当に刺激的でやりがいがありました。
——そこからなぜ保育外へと視点が向いていったのでしょう?
5年間、現場で一生懸命に取り組む中で、社会とのギャップを感じる場面が何度もありました。
「保育士さんって大変な仕事ですよね」と声をかけていただくことが多くあり、ニュースでも保育現場の大変さが取り上げられているのをよく目にしました。
でも、私が毎日現場で見ていたのは、子どもたちが「やってみたい」ことを全力で楽しんでいる、豊かで笑顔のある学びの場だったんです。
私が現場で感じていることと、社会の中で語られている保育との間にあるギャップにもどかしさを感じました。
目の前の子どもたちを支えていくことは大切だけど、もう少し違う角度から子どもたちを取り巻く環境を見てみたい。そんな思いが、自分の中で少しずつ膨らんでいきました。
——転職にあたって、カタリバを選んだ決め手は何だったのでしょう?
転職を考えつつも、働き方が大きく変わることには不安がありました。だから、最初は保育園の環境改善に関わる仕事や、保育現場を支える事業をしているIT系企業などを探したんです。
でも、転職活動の中でカタリバの方から声をかけていただいて、話を聞くうちに「そういえば、自分はもともと福祉的な領域にも関心があったんだ」ということを思い出しました。学生時代の感覚が少しずつですが、つながっていった感じでした。
その後、アダチベースを見学した際、中高生たちがまるで自分の家みたいに、本当に自然体でリラックスして過ごしている光景を見て驚きました。初めて会う私にも「次いつ来るの?」と温かく声をかけてくれて。
そのとき、「私はこの居場所をつくっているメンバーと一緒に、この空気感をつくっていきたい」って直感したんです。
保育士として大切にしてきた「一人ひとりに寄り添う力」を、もっと広いフィールドで試してみたい。その思いが決断を後押ししてくれました。
保育園も居場所も
「1人の人間」として向き合う感覚は同じ
——アダチベースという「居場所」の役割についてお聞かせください。
アダチベースは、家庭の事情などで放課後の居場所を必要としている中高生が、安心して過ごせる場所です。学習支援や食事支援を行いながら、何気ない関わりを重ねて行く中で、やりたいことを見つけたり、一歩踏み出す挑戦をしたりと、自分の人生を切り開いていくことに伴走しています。
でも、単に「勉強を教える」「食事を提供する」だけの場所ではなくて、私たちが一番大事にしているのは、子どもたちが「自分はここにいていいんだ」と思えるような安心感があることなんです。
「何かができるから認めらる」ではなく、「それぞれに尊重されている」って思えるような空気を大切にしたい。それは、私自身が子どもの頃に、里山のコミュニティの中で感じていた「みんなに守られている感覚」とも、どこかつながっている気がしています。
——実際に中高生と向き合う中で、保育士としての経験はどのように生きていますか?
保育園と今とでは子どもの年齢がまったく違いますが、根本的には「1人の人間」として向き合う感覚に変わりはないと感じています。保育士の経験を生かすというよりは、今の仕事が、保育士時代の経験の「答え合わせ」になっている感覚が強いんです。
前職で関わっていた乳幼児期の子たちが、数年後にはきっとこんなふうに成長していくんだろうなと想像したり、逆に、今アダチベースで出会っている中高生たちの幼少期を思い浮かべたり。
「あのときの子たちって、もしかしたらこうなっていくのかな」「今いる子たちの小さい頃って、こんな感じだったのかな」など、つながって見える瞬間があるんです。
——現場での関わりに加え、プロジェクト運営などの役割も担われていますね。
現在は食事支援プロジェクトを担当しながら、インターンの育成や、活動を数字で見つめ直す振り返り(モニタリング)などにも挑戦しています。
活動を広げていく中で、特に「連携」の大切さを実感しています。現場で子どもたちと直接関わりながら、「この子に本当に必要なつながりは何だろう」と考えることが、今の仕事の面白さでもあるんです。
安心感やあたたかい関わりが
一歩を踏み出す土台になる
——居場所支援に携わる中で、どのような瞬間にやりがいを感じますか?
入職前にアダチベースを見学したときに感じた、まるで大きな家族のような心地よい空気感の一部になれていることに、今は一番のやりがいを感じています。
現場では、本当にいろいろな変化を目の当たりにします。最初はコミュニケーションが取れなかった子が、少しずつ表情がやわらかくなって、自分から話しかけてくれるようになったり、「絶対やりたくない」と言っていた子が、「苦手だからこそ頑張りたい」と自分から学習に向き合えるようになったり。
そんなふうに、小さな変化や成長を長い時間をかけて見守っていける。それが、私にとっての大きな力になっています。
——保育士から居場所づくりの現場へと歩みを進める中で、これからどんなことを大切にしていきたいですか?
子どもたちには、「自分はこのままでいいんだ」と思える安心感や、人とのあたたかな関わりを知ってもらうことが、何より大事だと考えています。そうした安心感が、人が新しい一歩を踏み出すための土台になると、今改めて感じています。
子どもたちの「やってみたい」という気持ちをしっかり後押しできるように、まずはその子が安心して過ごせる場所を、身近なところから一つずつ増やしていきたいです。
そして、アダチベースのことを、もっといろんな人に知ってほしい。さまざまな事情を抱える家庭の子どもたちのことや、そうした居場所があることを、もっと多くの人に知ってもらえたら、アダチベースのような居場所から卒業した子どもたちの支えになり、理解につながっていくでしょう。
だから、アダチベースの取り組みを発信していくことはもちろん、同じような活動をしている人たちとつながって、「こういう場をつくりたい」と思っている人たちに、自分たちの経験を少しでも共有できたら。今はそう考えています。
「親が耕していた畑から野菜を採って食べたり、友だちと川で遊んだり、冬はつららを集めたり。学校帰りには、桑の実やむかごをつまみながら歩いていました」
子ども時代の思い出を話す宇佐美の言葉からは、当時のキラキラとした笑顔と情景が鮮明に浮かび上がる。そんな里山で「自分のままでいい」と思える居場所を体感した彼女。その経験こそが、今後の活動の大きな力となっていくのだろう。
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佐々木 正孝 ライター
秋田県出身。児童マンガ誌などでライターとして活動を開始し、学年誌で取材、マンガ原作を手がける。2012年に編集プロダクションのキッズファクトリーを設立。サステナビリティ経営やネイチャーポジティブ、リジェネラティブについて取材・執筆を続けている。
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