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震災、生徒数減少…存続の危機にあった岩手県立大槌高校の入学者数がV字回復するまでの5年間

vol.321Report

東日本大震災により、大きな被害を受けた岩手県大槌町。町唯一の高校である岩手県立大槌高校では、震災前に100名以上いた新入生が2019年度に42名まで減少し、存続が危ぶまれる状況がありました。

2019年度に始動した大槌高校魅力化プロジェクトでは、大槌高校、大槌町、認定NPO法人カタリバという立場の異なる三者が連携して、地域や高校の魅力化に向けて取り組みを進めてきました。丸5年を経た今、地域や高校にどのような変化が起こっているのか、連携のポイントは何なのか、大槌高校の継枝校長、大槌町教育委員会事務局 大槌型教育推進班の平野班長、カタリバ職員の小野寺が語り合いました。

継枝 斉(つぐえだ ひとし)/岩手県立大槌高等学校 校長(写真1枚目、中央)
1964年岩手県生まれ、弘前大学大学院理学研究科数学専攻を修了後、数学の高校教員となる。教員歴36年目。2021年より校長として大槌高校へ赴任。同校勤務3年。

平野 正晃(ひらの まさあき)/大槌町教育委員会(写真1枚目、左)
1999年に大槌町役場に入庁。東日本大震災津波からの復興事業では町の基盤整備事業を担当。
2023年1月より教育委員会に配属され、大槌高校魅力化事業をはじめとして“教育の町「おおつち」”の推進に取り組む。

小野寺 綾(おのでら りょう)/NPOカタリバ職員(写真1枚目、右)
1991年岩手県生まれ。高校時代までは地元で野球に打ち込む。大学では教員養成課程で学ぶとともに、子どもを支援する課外活動に取り組む。カタリバには学生時代にインターンとして参画し、新卒で入職。首都圏を中心に、出張授業カタリ場やユースセンター事業に従事した後、2020年に大槌町に異動。現在は大槌高校魅力化と大槌臨学舎事業の推進を担っている。

教員中心、前例踏襲をやめ、
みんなで意見を出し合う

──大槌町として、どのような期待をもって大槌高校魅力化プロジェクトに取り組み始めたのでしょうか?

平野班長:大槌町では、防災学習を柱とした「大槌町子供の学び基本条例」を策定するなど、0歳から18歳までの学びの保障に取り組んできました。高校教育を充実させたいという思いがある一方で、大槌町では東日本大震災を機に若年層の転出が進み、生徒数が減少した大槌高校は存続の危機にありました。そうしたなか、なんとか地域の高校を存続させ、魅力ある教育環境を整えたいと、町を挙げて高校魅力化事業に取り組むことになりました。

──大槌高校魅力化プロジェクトの始動と同時に、魅力化推進委員(コーディネーター)としてカタリバの職員が大槌高校に派遣されました。大槌町として、カタリバにどのような期待をされていましたか?

平野班長:震災後いち早く大槌町に駆けつけ、放課後支援や子どもの居場所づくりに取り組んでくれたカタリバとは、連携の土台となる信頼関係ができていました。カタリバの方々は生徒の精神面・心理面でのサポートに加えて教育施策についても知見があるので、当時の教育委員会の担当者もパートナーとして心強く感じていたことと思います。

──プロジェクト開始後、最初に取り組んだのが魅力化プロジェクトのビジョンの策定だと聞いています。どのようなプロセスで進めていったのでしょうか?

継枝校長:まずは、魅力化プロジェクトのビジョンの検討から始めました。大槌高校に限らず、これまで「学校」という場では、学校の中だけで、しかも教員が中心になって、前例踏襲をベースに物事を決めてきたような気がします。それをやめ、地域の人や生徒の意見を交えてみんなで話し合って決めることにしたのが、何よりも大きかったですね。

町のおじいちゃん・おばあちゃんから高校生まで110名ほどが集まり、どんな学校にしたいのか、どんな生徒を育てたいのかについて意見を出し合いました。こうしてできたのが、「自立・協働・創造」という目指す人物像の3つの柱です。コンセプトには「大海を航る、大槌(ハンマー)を持とう」を掲げました。ハンマーとは「強み」や「資質・能力」を表します。

──その後も、校則の検討など学校づくりの根幹となる事案については、生徒の声を反映することを重視されてきました。どのような動きがあったのでしょうか?

継枝校長:これまでの学校は、同じ品質のものをつくる工場のように、厳格なルールのもと「言われたことを言われた通りにできる」一律の人材を育てることをよしとしてきたイメージがあります。そして、その結果として、学校と生徒の考えが一致しないという事態に陥っていました。このやり方には無理があるだろう、学校は生徒のものなのだから生徒の意見を聞こうというのが、「自立・協働・創造」を掲げる大槌高校のスタンスです。

校則についても、たとえば「ツーブロック(髪型)は禁止」だったのですが、生徒からそもそもなぜ禁止なのかという声が上がりました。教員はツーブロックのような髪型は就職活動に不利になるからと考えて指導していたのですが、生徒が地元の企業に「ツーブロックだと入社試験に落ちるのか」とアンケート調査を行ったところ、そんなことはないという結果になりました。そこで、みんなで話し合って校則を変えていきました。

地域の人とつながりながら
深める探究学習

──魅力化プロジェクトでは、地域に根ざした探究学習にも注力されてきました。探究学習においては、町、高校、カタリバの三者はどのように連携しているのでしょうか?

小野寺:カタリバのスタッフがコーディネーターとして各学年に付き、学年担当の6~7人の先生とチームを組んで、カリキュラム策定から授業内容の検討や準備、運営・進行まで一緒に進めています。大槌高校の探究学習は、生徒の興味・関心を起点に地域をフィールドに学びを深めるのが特徴で、コーディネーターは地域の人と高校生とをつなぐ役割も担っています。

防災や郷土芸能など地域と関係の深いテーマについて探究する生徒もいれば、睡眠不足の解消、部活動のチームワークの向上など、一見すると地域には関係ないテーマの生徒もいます。後者のような生徒の場合も、たとえば行政の健康福祉課の取り組みについて聞く、地域のスポーツクラブの指導者に話を聞くなど、そのテーマに精通している地域の大人とつなぐようアプローチしています。

平野班長:地域の人たちにも、子どもたちと接点を持ちたい、見守りたいという気持ちがあるんですよね。小野寺さんたちから「こういう人を探している」という相談を受けて地域の方に声をかけると、喜んで協力してくださる方が多いです。

継枝校長:平野さんは、復興担当として大槌町の復興に奔走してきた方で、町内のいろんな人のことをご存知です。「こういうことに興味がある生徒がいるんだけど」と相談すると、「〜さんが詳しい」と即座に人の名前が出てきて、つないでいただいています。

小野寺:まさにそうですね。学校から地域に協力をお願いするときは、書面を作成して正式に依頼しますが、平野さんが事前に話を通しておいてくださるので、頼みやすくてその後の流れもスムーズです。異なる立場の者が連携するうえでは、人と人としての関係性ができていることが何よりも大事だと実感しています。

どんどん変わる生徒、
触発される大人たち

──学校づくりや探究学習に生徒が主体的にかかわることで、どのような変化がありましたか?

継枝校長:大槌高校に入学する子は、おとなしく内気な子が多いんです。校則検討や探究学習を通して、そういう生徒が自分の考えを持ち、積極的に発言するようになり、どんどん変わる姿を私も目の当たりにしてきました。こんなに変わるものかと教員も驚き、何より生徒自身がびっくりしていると思います。

平野班長:生徒が自分の探究テーマについて地域の人の前で発表する場があるのですが、人前で話すのが苦手だった子が堂々と自分の考えを話す姿に、地域の人も驚いていました。

小野寺:大槌高校に限らず地方の小規模校では、自分の意思で何かをやって成功した経験が少なく、自己肯定感や自己効力感の低い生徒がが入学してくる傾向にあると感じます。そうした子たちが、校則検討や探究学習を通して自分の意思・意見が尊重される経験、自分の行動が誰かに喜んでもらえる経験をすることで、「やればできるんだ」と自尊感情が高まる。

学校だと、部活動や勉強といった評価軸が中心となることが多いですが、それとは異なるシーンで輝けることで、目の色が変わる。大槌高校では、そんな生徒をたくさん見てきました。

──魅力化プロジェクトの推進により、地域の方々にも変化が見られますか?

継枝校長:地域の方々の「高校生と一緒に何かをしたい」という気持ちの高まりを肌で感じています。町内のある地区の新春交流会では、生徒が餅つきをしたり郷土料理を振る舞ったりしたのですが、520人あまりが暮らす地区に250人もの人が集まったんです。この活動はある生徒の探究テーマからスタートしているのですが、この5年間で、生徒と地域の人が一緒になって地域を盛り上げることがすっかり浸透してきました。

新春交流会で地域の方と郷土料理について話している生徒(左から2番目)

小野寺:高校生の「大槌をこういう町にしたい」「こういうことをやってみたい」という発表を聞いた地域の方々からは、「協力したい」と賛同する声のほか、「自分たちも頑張りたい、負けていられないと刺激を受けた」という声もよく聞かれます。高校生が学ぶ姿に触発されて、大人たちも変わっていく。そんな素敵な循環が生まれていると感じます。

平野班長:高校生には、行政を動かすほどのパワーがあります。実際、高校生から行政に向けてふるさと納税についての提案があり、生徒たちが地域の事業者にプレゼンに行ったこともあります。高校生が地域に積極的にかかわることで、町自体に活気が生まれていると感じます。

お互いの強みを活かし、
できないことは補完し合う

──立場の異なる人々が協働して高校魅力化に取り組むうえで肝になることについて、それぞれのお考えをお聞かせください。

継枝校長:「自立・協働・創造」というみんなで策定した共通の教育目標があることが大きいと思います。それは、これまで、町・地域の方々・学校・NPO・企業がそれぞれ行っていた人材育成が、同じ方向を向いたベクトルになったということですから。

そして大事なのは、本音で話すこと。地域の方々には、ときには無理難題をお願いすることもあるのですが、そんなときでも、自分たちが何をしたいか、どう考えているのかという本心をしっかりと伝えれば、大概のことは理解していただけます。

小野寺:校長先生がおっしゃるように、共通のビジョンをもつことが何よりも大事だと思います。そのうえで、コミュニケーションを密に取り合うこと、お互いの強みを活かし合い、できないことは頼り合い、相互に強化・補完していくことが、コレクティブインパクトを起こすためには重要だと感じています。

平野班長:震災を経験し、町の未来を支える人材を育てるためには教育の拡充が不可欠だ、という地域の人たちの目線合わせがしっかりとできていたことも、大きかったと思います。小野寺さんが言うように、何ができて何ができないか、お互いの差異を理解したうえで協力関係ができていることも、連携がうまくいっている理由の一つだと思います。

──最後に、大槌高校魅力化プロジェクトとして、今後に向けた課題や取り組みたいテーマをお聞かせください。

継枝校長:大槌高校では、2024年度より「地域探究科」に学科を変更します。学校設定科目を増やして地域での学びの機会を拡充させ、かつ、個別最適な学びを実現したいと考えています。具体的には、座学で学びつつ地域の事業者のもとで実習を重ねる「デュアルシステム」の導入などを予定しています。私自身が課題だと感じているのが、「個別最適な学び」をいかに実現するか、ということ。

「これがあなたに最適ですよ」と与えられたものを学ぶのではなく、自分の目標を達成するには何が必要かを判断し、自分で学びを構築していく……という意味での、個別最適な学びを実現したいです。学び続ける力を育てるために、いかにこれを実現するか、目下、先生方や魅力化推進委員のみなさんと一緒に検討中です。

平野班長:個別最適な学びのなかには、義務教育段階の学習内容の「学び直し」も含まれています。高校の取り組みを大槌町内の小中学校の先生方にも見ていただき、「義務教育段階ではどのような学びを実現していけるとよいか」という議論にもつなげていくことができればと、教育委員会の立場として考えています。

小野寺:この5年間の取り組みを通して、探究学習においては主体的・自立的な学びをある程度確立できたと自負しています。今後はそうした学びのあり方を他の教科や学校行事等に転用しつつ、さまざまなシーンで生徒が自分の意思で学びを深めていけるような学校をつくっていきたいです。

この地域の人たちと一緒であれば、そうした学校文化を醸成できると信じています。そして、大槌高校っていいよね、大槌町の教育っていいよねと、この地域ならではの教育に魅力を感じる人を増やしていけたら……と思っています。引き続きみなさんと協力しながら、教育の力で実現できることを模索していきたいです。

魅力化プロジェクトがスタートした2019年以降入学者数は年々上昇しており、より多くの生徒に選ばれる学校になるべくプロジェクトを推進している。

継枝校長:「大海を航る、大槌(ハンマー)を持とう」というコンセプトに紐づけて、生徒が高校3年間で身につけた自分のハンマーを発表する、という場があります。そこである生徒が、「自分が身につけたのは“鍋力”だ」と言ったんです。

鍋にはいろんな具材が入っていて、全体を整えることでいい味が出るように、いろんな人がいるなかみんなをまとめつつ持ち味を活かす力をつけた、と。それを聞いて、ああいいことを言うなあ、いい経験をしているなあと思いました。これからも高校生には、それぞれのハンマーを見つけてほしいと願っています。


 

高校、地域、NPOと、三者が連携して高校魅力化プロジェクトに取り組んで5年。大槌高校、そして大槌町が、そこで学ぶ生徒、そこに暮らす人々にとって、誇りをもてる魅力ある学校・地域になっていることが取材を通して感じられました。「地域探究科」として新しい一歩を踏み出す大槌高校がどのように進化していくのか、期待が高まります。

 

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Writer

笹原 風花 ライター・編集者

ライター・編集者。奈良県出身、東京在住。第2の故郷はオランダ・ライデン。高校生向けの大学受験情報誌の編集部に4年間勤めたのち、制作会社勤務を経て2014年に独立。取材・執筆分野は教育や学びを中心に多岐にわたり、企業の社内報や広告制作などにも携わる。

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