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「不登校の子どもたちの“今”を肯定したい」元・保健室の先生がカタリバを選んだわけ/NEWFACE

vol.322Interview

date

category #インタビュー #スタッフ

writer 田中 嘉人

Profile

鬼頭 文音 Ayane Kitou アダチベース 不登校支援

静岡県藤枝市出身。大学では看護学科・養護教諭養成課程を専攻、卒業後は小児専門病院に配属。その後私立小学校の保健室にて9年間勤務し、児童と保護者が安心して過ごせる居場所づくりに取り組む。2022年よりカタリバへ入職し、現在は不登校支援拠点責任者を務めると共に、夜間中学事業のサポートや、room-Kと協働しオンラインとオフラインを往還する支援に携わっている。趣味はライブに行くこと。

ここ10年で、仕事のあり方・捉え方は、まったく違ったものになってきている。終身雇用は崩壊、転職は当たり前のものとなり、複業やフリーランスも一般化。テクノロジーの発達によって無くなる仕事予想も大きな話題となった。給料や肩書よりもやりがいや意味を重視する若者も増え、都会から地方にUIターンすることも珍しくなくなった。世界が一斉に経験したコロナ禍をへて、今後ますます働き方は多様に変化していくだろう。

そんな中カタリバには、元教員・ビジネスセクターからの転職・元公務員・元デザイナーなど、多様なバックグラウンドを持った人材が就職してきており、最近は複業としてカタリバを選ぶ人材もいる。その多くは20代・30代。彼らはなぜ、人生の大きな決断で、いまNPOを、いまカタリバを選んだのか?

連載「New Face」では、カタリバで働くことを選んだスタッフから、その選択の背景を探る。

養護教諭、いわゆる保健室の先生だった鬼頭文音(きとう・あやね)。

子どもが目の前で倒れていても対応できる養護教諭になるために、看護系の大学へ入学。国立成育医療研究センターの救急病棟で1年働いたのち、念願の養護教諭に転職した。

かねてより憧れていた養護教諭として働き続けること9年。新たなチャレンジとして選んだのが、カタリバが足立区から委託を受けて運営する、家庭の事情で放課後の居場所を求めている子どものための施設「アダチベース」だった。なぜ彼女はアダチベースを選んだのか。彼女のターニングポイントに迫る。

勇気をくれたある保護者のひとこと
「鬼頭さんみたいな人が保健室にいてくれたら安心」

——本題に入る前にこれまでの経歴について教えてください。

大学では養護教諭や看護師、保健師の資格も取得し、卒業後は看護師として働く道を選びました。

看護師を選んだ理由は、「このまま医療の現場を知らずに養護教諭になることはもったいない」と感じたからです。大学時代の看護実習で、内科・外科・小児科・産婦人科と複数の科へ行くなかで、「少しぐらい回り道してもいいから、いろいろな人と出会って、看護についてしっかり関わった状態で学校へ行きたい」と思うようになりました。養護教諭として働くことを見据えたうえでの選択でしたね。

最初は小児科を志望していたのですが、人気があり希望が通らない可能性もあると聞いて、「じゃあ、国で一番大きい子ども専門の病院へ行こう」と。国立成育医療研究センターで働くことになりました。

——どういった業務を担当していたのでしょうか?

配属になったのは救急病棟です。

そこでは交通事故に遭ってしまった子どもや、別の病院で手術を受けて戻ってきた子ども、日本ではこの病院でしか診られない病気の子どもなど、本当にいろいろな子に出会いました。私自身、手先が器用なタイプではないので難しいこともありました。

——大変な仕事でもがんばれた要因はなんですか?

子どもたちや職場の先輩・同僚だけでなく、私は保護者とコミュニケーションをとる機会が多くて。看護師1年目の私よりも保護者のほうが自分の子どもについて詳しいので、教えてもらいながら対応する時間もたくさんありました。ひとりで頑張るのではなく、助けてもらうことで成長できましたね

実は転職のきっかけとなったのも、あるお母さんからの言葉です。「鬼頭さんはうちの子どもの病気のことを本当に理解してくれている」「鬼頭さんみたいな人が保健室にいてくれたら安心なんだけどな」と言われて、「え!? 私、保健室の先生の資格を持っていますよ!」と。本当は看護師として3年ほど働くつもりでしたが、「今が良いタイミングかもしれない。受けるだけ受けてみようかな」と考えました。

私立の求人をたまたま見つけて応募し、面接は病院で深夜1時まで働いた後に行ったことを覚えています。「もし不合格だったらどうしますか?」と聞かれたときに「そのまま病院に残ります」と答えたので、不採用になると思っていたのですが……ありがたいことに採用されました。

保健室は、病気やケガ以外の理由で行っていい。
モヤモヤを吐き出せるオープンな場所を目指す

——病院から学校へ職場環境が大きく変わるわけですが、戸惑いはありませんでしたか?

最初に驚いたことは、保健室が有効に使われていないということです。私立だからなのかもしれませんが「病気やケガ以外では行ってはいけません」というルールで。保健室登校という概念もなく、生徒と雑談していると担任の先生が連れ戻しにくるようなこともありました。

でも、そもそも私は「保健室は病気やケガ以外でも行っていい場所」と思っていて。日常のモヤモヤを吐き出せるようなオープンな場所にしていきたかったので、いつでも中が見えるようにしたり、保健だよりや掲示物などを作成して発信したり、保健室の外で子どもと遊んだり、保健の授業をちょっとアレンジしたりなど、いろんな工夫をしていました。

——“病気やケガをした子のための保健室”から、少しずつ“みんなの保健室”にしていったわけですね。

一番大変だったのが、学校の先生の理解を得ることでした。でも、一度保健室でワンクッション置けば教室へ行ける子がいたり、保健室を利用することで先生たちの負担も少しずつ減っていったりしたことで、理解が深まっていきました。

——校内で保健室、何より鬼頭さんが必要とされていることが伝わるエピソードですね。最終的に9年勤めて、なぜ新しいチャレンジをしようと思ったのでしょうか。

きっかけは、ある保健室登校の生徒との出会いです。私は「保健室でワンクッション置いてでも最終的には教室へ行くのが一番いい」という想いが根底にあったのですが、彼女は「教室に戻らなきゃいけないことはわかってるんだけど、今どうしたらいいかわからない」と言っていて。

「もしかしたら私は保健室にいる彼女の“今”を大切にできていないのかもしれない」「彼女に“教室に行けない自分はダメだ”と思わせているのかもしれない」と感じ、自問自答する毎日でした。

ちょうどコロナ禍で休校になったときに、カタリバを知りました。早々に『カタリバオンライン for Kids』という小学生向けのオンラインプログラムをスタートしていて、「もうこんなことやってるの!?」と驚いたのを覚えています。

コロナが少し落ち着いたタイミングで改めてカタリバのHPを見ると、カタリバが提唱する「ナナメの関係」という共成長モデルや、アダチベースのコンセプトである「安全基地」という言葉が、今までの私のスタンスにすごくフィットして……「カタリバのアダチベースでは逆境にある生徒の“今”を大事にできて、さらにエンパワーメントできる場所なのかもしれない」と感じ、外の世界でチャレンジすることにしました。

アダチベースにいてもいいよ。
でも、外の世界に行けたら私たちはうれしいよ

——前職と比較して子どもとの関わり方は変わりましたか?

やはり変わりますね。保健室の先生時代に向き合っていたのはあくまでも学校には通えていた子どもたちで、友達や先生たちとのつながりもあるわけで。一方、アダチベースで私が伴走しているのは不登校の子どもたち。学習のきっかけが失われてしまっているケースもあり、褒められる機会が少ない子もいるので、今はスモールステップにも目を向けて、褒めることで自信をつけてもらいたいと考えています。

——成果を感じるのはどのようなときでしょうか?

スモールステップを踏んだ子どもたちが、アダチベースの外に目を向け始めたときですね。

受験を控えたある子どものエピソードを紹介させてください。足立区には、適応指導教室(チャレンジ教室)という、学習に重点を置いた教室があります。その子は適応指導教室に通えるだけの力があるのに、アダチベースに長年通っていたこともあって、居心地のいいアダチベースからなかなか出れずにいました。

ただ、受験期になると適応指導教室に少しずつ通えるようになって……ある朝電話がかかってきて「また今日もアダチベースを利用するのかな?」と思ったら、「今日はアダチベースか適応指導教室かのどちらかしか行けないから、適応指導教室に行きます」と。驚きとともに、「行っておいで!」という気持ちになり、嬉しさで満たされたのを覚えています。

——これからチャレンジしたいことはありますか?

今期からアダチベースでの仕事と並行して、オンライン不登校支援プログラム「room-K」の担当にもなりました。そのため、今後は足立区で家から出られない子どもたちに「room-K」を通じて外に出るきっかけを提供していくという取り組みも始まります。

完全に不登校状態の子どもたちに伴走することになるので、今までよりも難易度は高いかもしれませんが、「思ったよりも世界は怖くない」「この世界でも自分にできることがある」と実感が持てるよう、支援していきたいと考えています。

「room-K」は全国で展開しているので、足立区で実績をつくって横展開できたら素敵じゃないですか。自分と同じ、またはそれ以上に伴走できる人を全国に増やしていく足がかりにしたいですね。

——カタリバが掲げる「伴走」という言葉についても深く考えるようになったそうですね。

最近までは、保健室の先生のように子どもの隣を私が走って、一緒にさまざまな時間を過ごすことが「伴走」だと思っていました。

でも、カタリバはチームで伴走しています。私以外のメンバーがフォローしてくれるので、

受験など次のステップへ行くときは厳しく背中を押すこともできるわけです。みんなで「アダチベースにいてもいいよ。でも、アダチベース以外にも行けたら私たちはうれしいよ」と、子どもたちの可能性を信じて、小さく背中を押して、自信をつけて、ひとりで走っていって……振り返ると「アダチベースの人や適応指導教室の人など、たくさん仲間がいたな」という景色が見えるような伴走をしていきたいと思います。


 

保健室の先生時代、保健室登校だった卒業生の母親から「我が家にとっての正門は鬼頭先生がいる保健室でした」と言われたときに胸を熱くしたことを明かした鬼頭。

アダチベースがこれまで以上に“今”を肯定される場所、そして新しいチャレンジを応援してくれる場所になっていくために、彼女の挑戦は終わらない。

 

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Writer

田中 嘉人 ライター

ライター/作家 1983年生まれ。静岡県出身。静岡文化芸術大学大学院修了後、2008年にエン・ジャパンへ入社。求人広告のコピーライター、Webメディア編集などを経て、2017年5月1日独立。キャリアハック、ジモコロ、SPOT、TVブロス、ケトルなどを担当しながら、ラジオドラマ脚本も執筆。

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