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会社史上最年少のマネージャーからNPO職員へ。教育へ向き合う覚悟を決めた彼女が、カタリバを選んだわけ/NEWFACE #019

vol.231Interview

date

category #インタビュー #スタッフ

writer 田中 嘉人

Profile

馬込 麟 Rin Magome マイプロジェクト事務局

慶應義塾大学文学部・教育学専攻を卒業後、株式会社セルムにて、大手企業向けの人材育成・組織開発に関するプロジェクト企画・営業・伴走に従事。大手精密機器メーカーや消費財メーカーなどにおける次世代リーダー育成、チェンジマネジメント、新規事業開発等のプロジェクトを立ち上げ・伴走。21年に認定NPO法人カタリバに転職。現在は、マイプロジェクト事務局として、高校における探究学習の企画・導入支援や、地域における教育プレイヤーの活躍支援、毎年1月ごろから開催される「全国高校生MY PROJECT AWARD」の企画運営を行っている。

ここ10年で、仕事のあり方・捉え方は、まったく違ったものになってきている。終身雇用は崩壊、転職は当たり前のものとなり、複業やフリーランスも一般化。テクノロジーの発達によって無くなる仕事予想も大きな話題となった。給料や肩書よりもやりがいや意味を重視する若者も増え、都会から地方にUIターンすることも珍しくなくなった。世界が一斉に経験したコロナ禍をへて、今後ますます働き方は多様に変化していくだろう。

そんな中カタリバには、元教員・ビジネスセクターからの転職・元公務員・元デザイナーなど、多様なバックグラウンドを持った人材が就職してきており、最近は複業としてカタリバを選ぶ人材もいる。その多くは20代・30代。彼らはなぜ、人生の大きな決断で、いまNPOを、いまカタリバを選んだのか?

連載「New Face」では、カタリバで働くことを選んだスタッフから、その選択の背景を探る。

大学卒業後、教育系ベンチャー企業へ入社。若くして営業として頭角を表し、当時最年少でマネージャーへ昇格した馬込麟(まごめ・りん)。 順風満帆なキャリアを歩んでいた彼女が、新たな活躍の場に選んだのはカタリバだった。

「教育」という共通のテーマはあるものの、なぜ彼女は民間企業のマネージャーからNPO職員という環境の異なる場所を志したのか。彼女が人生の転換期に考えていたこと、そして教育にこだわるきっかけとなった原体験を明かす。

教育に携わるなら、もっと世の中を知らなければいけない

ーまず、教育に関心を抱くようになった経緯から教えてください。

大学入学のタイミングでは、全く教育系に就くことは考えてなかったんです。

ただ、中学高校と演劇部に所属していて、後輩育成にやり甲斐を感じていたので、漠然と興味はあったんだと思います。顕在化したのは、2年に進級した頃です。当時中学生だった妹が若年性うつ病を患ってしまい、心配すると同時に「同じ家庭環境・教育環境で育ったのに、なぜ異なる精神状態になってしまったのか」と疑問を抱くようになりました。

ちょうど学科選択のタイミングだったので、教育学科を選び、3年からは教職課程も取得しました。

ー一般的には就職活動を始めるタイミングですよね。

3年に進級したとき、両親から「教育学科に通っているなら、教職取ったら?」って言われたことがきっかけです。それこそ、学科選択の頃から言われてはいたのですが、ずっと反発していて。ただ、いざ自分が3年になったら「あ、やっておいた方がいいかも」と手のひらを返して、取得し始めました。途端にめちゃくちゃ忙しくなりましたが(笑)。

ーそれだけ頑張って取得したのであれば、教員の道へ進みたい気持ちもあったのでしょうか。

いえ、もちろん教員の道も検討しましたが、一度民間企業で働きたい気持ちの方が強かったです。その気持ちは教育実習で現場の先生たちの姿を見て、より強くなりましたね。

ーというと?

私の実習期間に、クラスでちょっとしたいじめが発生したことがありました。いじめ自体は解決したのですが、当時の先生の「首謀者らしき生徒をピンポイントで呼び出し、問い詰める」という対応に疑問を覚えてしまって。個人的にはもっといろんな生徒から意見を聞くべきだと思ったし、それによっていじめられていた生徒にさらなる被害がもたらされてしまっては本末転倒です。

でも、生徒と向き合う際のベースとなるのは、先生自身の人生観でしかありません。だから、少なくとも私は子どもたちに人生の選択肢の多さを見せていく存在であるためにも、民間企業でビジネスの仕組みや世の中の構造を学んでいく必要があると感じました。

会社史上最速でマネージャーへ昇格。そして転職

ー就職活動のお話を聞かせてください。

就職活動では、3〜4社しか受けていないんですよね。教職課程が忙しかったので。就活の軸としていたのは「教育×ベンチャー」です。やはり、学びや成長に携わる仕事にしたい気持ちは変わらなかったですし、大勢の中のひとりで埋もれてしまうよりも早くから自分の裁量で働きたかった。だから、自ずと大手企業よりもベンチャー企業を目指していました。

ーそして入社したのが、社内研修や人材開発を手がけるベンチャー企業です。

営業として関西支社配属になったのですが、すごく楽しかったですね。早朝から深夜まで必死で働いたのですが、大阪の雰囲気が合っていたというか。1年目から裁量権がありましたし、お客さんも「○○社の人」ではなく「佐藤さん(旧姓)」として接してくれたので。ベンチャーを選んで間違っていなかったですね。仕事しながら、人間力も磨かれたような感覚がありました。

ー印象に残っている出来事はありますか?

担当していたとある精密機械メーカーの工場から「今のままの事業成長スピードだと、近いうちに人員が足りなくなり逼迫する。一人ひとりが今以上に力を発揮していけるよう、マネジメント層のレベルを上げていきたい」と相談を受けたことがありました。マネジメント研修という手段を取ることは簡単なのですが、工場長や各部の部長陣とコミュニケーションする中で「組織風土全体に寄与できる施策を打とう」という結論に。

そこからマネジメント層だけではなく、メンバー全員を巻き込むような組織開発的なプロジェクトに発展。最終的に、工場全体に「育ち・育て合う」文化を根付かせるきっかけを作ることができました。この経験は前職において、大きな成功体験のひとつです。

ーそして、入社から4年でマネージャーへ昇格されています。当時、会社史上最年少だったとか。昇格の決め手はなんだったと思いますか?

数字へのこだわりと、チームづくりでしょうか。プレイヤーとして目標数字を上げていくと、だんだんひとりだと回せなくなりますよね。一方で目標数字やミッションはどんどん大きくなっていく。そうなると、社内外に限らず仲間を増やしていくことが何よりも重要になります。数字にこだわりながらも、一人ひとりが働きやすい環境・言葉かけを意識したチームづくりをこころがけた部分が評価されたポイントだと思います。

ーマネージャーとして3〜4年働いて、次のキャリアも見え始めたタイミングで、転職を検討されたのには何があったのでしょうか?

仕事自体はすごく楽しかったのですが、コロナ禍になって、一度自分の人生を見つめ直してみたんです。そのときに立ち返ったのが、社会人2年目ぐらいの頃に参加したワークショップで描いた絵です。

馬込の仕事観をアウトプットした絵。「私が存在することで創り出したいものは、1人ひとりの個性が活きる学びの場」というキーメッセージは、社内でも発信していたという

この絵を見返したときに、右上の大企業の教育には携わってきたけれど、それ以外の学校や家庭や地域にはアプローチできていないことに気づき、転職を決断しました。2020年5月ぐらいのことです。

業務委託で契約。そして正職員として入社するまで

ーいかにしてカタリバに行き着いたのでしょうか?

大阪で働いていた頃から学校や地域の教育に興味があったので、休日は旅行がてら地方の学校や地域おこし協力隊のところへ足を運んでいたのですが、現地で話を聞いていると最終的に名前が挙がるのがカタリバでして。転職を考え始めたタイミングでもう一度カタリバを調べると「やりたいこととドンピシャじゃん」となり、自然と門を叩いていました。

ーどのあたりがドンピシャだと感じたのでしょうか?

「共助の精神・価値観を広げていく組織」という点です。私は、ひとりの人間だけが頑張るのではなく、みんなで支え、みんなで育てていく考え方がすごく大事だと思っています。

妹が若年性うつ病を患ってしまったのも、彼女が「学生だから、勉強頑張らなきゃ」と、自分で役割を決めつけて頑張った結果、自分の本音がわからなくなったことが原因だと思っていて。妹だけではありません。父は父で「大黒柱だから仕事を頑張らなきゃ」、母は母で「子育て頑張らなきゃ」とそれぞれに役割を背負って、どんどん追い詰められていった。お隣さんに頼ったり、学校の先生に助けを求めたりできれば、防げたかもしれないわけです。そのことはすごく後悔もしていて。

だから、カタリバが推進している地域や学校を巻き込んで子どもたちを育てていくことには意味があると思うし、「私が一端を担いたい」と真剣に思いました。

ーめでたく入職、と思いきや、最初は業務委託だったんですよね。その理由は?

前職の引き継ぎに時間がかかったからです。2020年6〜7月ぐらいに内定が出て、9月から正職員として働く準備をしていたのですが、前職から「年度末まではいてほしい」と言われまして。

私自身同僚や後輩に迷惑をかけることは本意ではなかったし、途中の仕事もあったので、一か八かでカタリバに「2021年3月までは業務委託として働きたい」と相談してみたんです。すると、まさかのOKで。2021年3月までは前職の引き継ぎをしつつ、マイプロジェクトアワード関係の仕事をしつつ……という日々を過ごしていました。

ーすごい行動力ですね。

いやいや、ありがたいお話です。いろいろな方に支えていただいています。実際、業務委託で働く期間があって、すごくよかったですね。チームメンバーの顔や名前、役割を覚えられるし、カタリバでの事業のサイクルも把握できる。関わりのある学校の先生や地域の方たちとの関係性も築くことができたので、入職後の滑り出しがすごくスムーズでした。

ーちなみに上場企業のマネージャーからNPO職員への転職ですと、収入面の不安はなかったんですか?

あまりなかったですね。カタリバで働きながらご家族を養っている職員もたくさんいるので。「まぁ、生きてはいけるだろう」と(笑)。

「共に助け合う社会」を目指して、
チームだからこそできることを

ー正職員になってからはいかがですか?

とてもやり甲斐のある毎日を過ごしています。特に「入職してよかった」と感じるのは、同じような世界を目指す人たちと一緒に働ける環境です。もちろんバックグラウンドも価値観もバラバラですが、「子どもや地域のために」という気持ちで働いています。個人よりもチームの方ができることも増えてくるので、すごく刺激的だし、心地いいです。

ー民間企業から転職して、戸惑いを感じることはありませんか?

強いて挙げるとするなら数字に対する捉え方ですね。前職では、数字は絶対的に追いかけるべき目標でしたが、今は数字ではなく社会的な意義やインパクトが問われます。私が配属されているマイプロジェクト事務局の場合は、「カタリバの伴走なしでも学校や地域が学びの土壌をつくれるか?」という問いを持ちながら判断していきます。

例えば行政からの相談を受けた案件があったとしても、「本当にカタリバがやるべきなのか?」という問いに対してNOだった場合、どれだけ金額が大きくても断る、という結論になるわけです。頭では理解しつつ、どうしても、最初は戸惑いました(笑)。自分でも深く考えたり、同僚に相談したりすることで、今は少しずつクリアになってきています。

ー現在所属しているマイプロジェクト事務局での業務についても教えてください。

現在は全国の高校生が自分の身の回りにある関心事をテーマにプロジェクトを立ち上げ、実践を通して学んでいく「全国高校生マイプロジェクト」のスタッフとして企画から運営、サポートまで携わっています。いまは主に探究学習に取り組む高校生を下支えする学校や地域の相談役として中間支援を行っていますが、今後は学校・地域・家庭それぞれの境界線を溶かして、共に助け合う社会をつくって行きたいですね。

ー共に助け合う社会をつくるために、今後どんなことをしていきますか?

大きく分けて2つあります。ひとつは、学校・地域・家庭の連携をリードしていくコーディネーターのような存在を増やしていくこと。もうひとつはマイプロジェクトアワードをいろいろな地域で開催し、自治体の首長や地元企業の経営者などのキーマンの参加者を増やし「みんなで高校生の学びの機会をつくっていこう」という雰囲気を醸成していくことです。いずれも急にできるようになることではないので、一つひとつ実績をつくっていきたいです。

「私、演劇部にいたからか、さまざまな専門性をもった人たちが協力してひとつのものをつくっている場面を見ると、嬉しくてニヤニヤしちゃうんです(笑)。だから、大変かもしれないけど、頑張れちゃうんですよね」

最後に馬込は嬉しそうにそう語った。マイプロジェクトに限らず、カタリバではさまざまな専門性を持ったメンバーが協力し、それぞれの能力を発揮し、「教育」という大きなテーマと向き合っている。その様子は、確かにキャストとスタッフ、そして舞台の関係性にもよく似ている。天職に就いた彼女が、これから見せてくれるであろうパフォーマンスに期待せずにはいられない。


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Information
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■「全国高校生マイプロジェクトアワード 全国Summit」 観覧受付中

今回ご紹介した馬込も関わる実践型探究学習「全国高校生マイプロジェクト」では、毎年12月から3月にかけて、探究学習に取り組んできた高校生たちが集う、日本最大級の学びの祭典「全国高校生マイプロジェクトアワード」を開催しています。

オンラインで開催した2020年度マイプロジェクトアワードの様子

3月25〜27日に開催される「全国高校生マイプロジェクトアワード 全国Summit」では、各地域SummitおよびオンラインSummitから招待された48プロジェクトの発表を予定しており、3日間にわたるプログラムのうちDAY2(3月27日(日)実施)の様子をYouTube Liveで視聴いただけます。探究学習に取り組んできた高校生の学びの発表に関心のある方は、ぜひご参加ください。

全国高校生マイプロジェクトアワード 全国Summit 概要
●日時:2022年3月25日(金)~27日(日) ※オンラインにて開催
●プログラム(※)
全国Summit Kick off DAY
 開催日:2022年3月25日(金)
 時 間:13:00-18:00

全国Summit DAY1
 開催日:2022年3月26日(土)
 時 間:8:45-18:00

全国Summit DAY2
 開催日:2022年3月27日(日)
 時 間:8:45-18:00
(※)視聴いただけるのは、DAY2の10:10〜16:30となります。DAY1の発表の中から選出された6プロジェクトが発表を行う予定です。

●観覧申込方法:こちらのフォームからお申し込みください(申込締切:3/20(日)中)
●観覧に関する詳細はこちら
●お問合せ:マイプロジェクト事務局(zenkoku-mypro@katariba.net

■2022年度マイプロジェクトパートナー登録も受付中

またマイプロジェクト事務局では、高校生の探究・プロジェクトに伴走される先生方・教育関係者の方に無料でご利用いただける「パートナー登録制度」を用意しています。探究学習をこれから導入したい方も、すでに導入し実践されている方もぜひご検討ください。

●パートナー登録を行っていただくことで、ご提供できるサービス
 ①探究・プロジェクトの実践支援に活用できる「探究ガイドブック」
 ②各地のパイオニアに学び、登録者同士で交流できる「オンライン勉強会」
 ③過去事例をご覧頂ける「勉強会アーカイブ動画/高校生の発表事例動画」

●登録期間:4/30(土)まで
●「2022年度マイプロジェクトパートナー登録」のお申込み・詳細はこちら


 

この連載の記事
#01/「人生のビジョンを実現するために選んだ道」25歳の彼が国際NPOからカタリバに転職したわけ
#02/「自分の幅を広げたい」25歳の彼女が教員からカタリバに転職したわけ
#03/「豊かな人間関係がこの社会には必要」海外留学・商社勤務を経た彼がNPOカタリバに転職したわけ
#04/「いま純粋に毎日が楽しい」27歳で大企業からカタリバに転職したわけ
#05/「正解はない。だから、おもしろい」27歳でまちづくり団体からカタリバに転職したわけ
#06/「人それぞれの良さを伸ばしたい」26歳で外資系コンサルからカタリバへ転職したわけ
#07/「生の課題に触れられる仕事」高校2年でカタリバと出会った22歳が新卒入職したわけ
#08/「助けが必要なひとたちのために」国際NGOを立ち上げた青年がカタリバを志したわけ
#09/「事業のスピード感を加速させる」採用のプロが28歳でカタリバに転職したわけ
#010/「経験を掛け合わせて、自分の価値を高める」民間企業でキャリアを重ねた彼が、カタリバを選んだわけ
#011/「自分の人生を自ら選択する勇気を授けたい」大手鉄道企業からカタリバに転職したわけ
#012/アボリジニの生活支援を経て、帰国した青年がカタリバを選んだわけ
#013/「複業で、多様な視点を身に付けたい」教育スタートアップで働く青年が、カタリバを選んだわけ
#014/「子どもたちに第三の場所をつくりたい」元新聞記者がカタリバを選んだわけ
#015/「民間と行政の間のポジションを探していた」大手メーカーでキャリアを積んだ青年がカタリバを選んだわけ
#016/「子どもが夢をあきらめない世の中へ」新卒でメガバンクへ就職した彼女が、カタリバを選んだわけ
#017/若者の政治参加を推進する団体を立ち上げた彼女が、カタリバに新卒入社したわけ
#018/「母の背中を押せたように、子どもたちの人生の選択を後押ししたい」複数業界を渡り歩いた彼女が、カタリバを選んだわけ


 

カタリバで働くことに関心のある方はぜひ採用ページをご覧ください

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Writer

田中 嘉人 ライター

ライター/作家 1983年生まれ。静岡県出身。静岡文化芸術大学大学院修了後、2008年にエン・ジャパンへ入社。求人広告のコピーライター、Webメディア編集などを経て、2017年5月1日独立。キャリアハック、ジモコロ、SPOT、TVブロス、ケトルなどを担当しながら、ラジオドラマ脚本も執筆。

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