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「生活困窮世帯へのあたらしい支援」あの子にまなびをつなぐプロジェクトReport #01

vol.159Report

新型コロナウィルス第二波到来が取りざたされる中、岐阜県では7月31日に独自の「非常事態」が宣言され、8月1日には沖縄県で緊急事態宣言が発出された。ほとんどの学校は夏休みに突入している時期ではあるが、このまま感染者数が増えれば、子どもの居場所の制限や、経済の停滞が及ぼす家庭や子どもたちへの影響がより深刻になることが予想される。

厚労省の発表によると、2020年4月、前年同月時点と比較して生活保護の申請件数は24.8%増、受給開始世帯は約2万世帯に相当する14.8%も増加、18年1月以来減り続けてきた生活保護受給世帯数ははじめて増加に転じた。

この数字の裏で、実際に各家庭では何が起きているのだろうか。子どもたちの支援を行うカタリバには、ギリギリの生活の中で必死に家計と子どもたちを守ろうとする保護者たちの悲痛な声が届いている。

「今私たちにできることをやろう」代表今村のひと声とともに、カタリバは生活困窮世帯の子どもたちに向けた新たな支援をスタートさせた。本事業担当者でもある筆者がそのリアルをレポートする。

*あの子にまなびをつなぐプロジェクトの概要を詳しく知りたい方はこちら

オンライン上の居場所に
アクセスできない子どもたち

3月に突如始まった全国一斉休校中にカタリバが立ち上げたオンライン上の子どもたちの居場所「カタリバオンライン」。様々な経験や専門性をもった大人が各地からボランティアでweb上に集い、バラエティに富んだプログラムを日々提供している。子どもたちは学びのプログラムに自由に参加し、同世代や魅力的な大人との出会いや対話を通してコロナ禍ならではの学びを進化させている。保護者からは「子どもが意欲的に学ぶようになった」「生活リズムが改善された」「不登校だけどここなら娘らしく自己表現している」といった子どもたちの良い変化を報せる声が届いている。5月、緊急事態宣言が解除され、徐々に学校が再開されても「続けて参加したい」という声が多く、20年8月現在も継続運営されている。

オンライン上のサードプレイス「カタリバオンライン」には全国から子どもが集まる

こうした喜びの声がある一方で、オンライン支援に潜む大きな課題も見えてきた。家庭にPCやWifiなどのオンライン環境が整っておらず、そもそもオンラインにアクセスすることができない生活困窮世帯の子どもたちの存在だ。

もともと公的経済支援を受けている家庭はもちろん、このコロナ禍で仕事を失い収入が激減、毎日の生活費すらままならない家庭は増加した。特にひとり親家庭の保護者からは、「子どものことに使えるお金の余裕がなくなったので塾をやめさせた、勉強についていけるか不安」「節約のため、一日3食食べることをあきらめた」「電気が止まり、調べものもできなくて困っている」といった声が届いていた。

「お金がないから学びの機会にたどり着けない」という「教育キッカケ格差」が広がっている。この状況に危機感を覚えたカタリバ代表の今村は、全国の生活困窮世帯の学齢期の子どもたちに無償でPCとWifiを貸与し、学びの機会を届ける「カタリバオンライン・キッカケプログラム」(以下キッカケプログラム)に取り組むことを決めた。

プログラムの情報が
必要な家庭に届かない

キッカケプログラムの対象は就学援助等の公的経済支援を受給している小学校1年生~高校3年生。SNSでの拡散やTV・新聞等の取材も入り、全国に広く募集した。しかし当初2週間で受けた申込はせいぜい20件程度。対象世帯にはなかなか取組みの存在が届かなかった。

理由のひとつは、メディアを通じた発信では情報が届かないということ。例えばSNSをやっていなかったり、見ているほど余裕がなかったり、家庭事情が複雑でSNS利用を避けている場合もある。自宅にネット環境がなく調べものができないという家庭もあった。またTVや新聞といった媒体をほとんど見なかったり、見る時間帯が違ったり、TV自体が自宅にない家庭も。新聞をとっていないことも多い。

もうひとつの理由は、緊急事態宣言下だったということ。通常なら、役所に申請手続きに来る人たちが、外出自粛で窓口に来ない。公的機関にチラシ設置の依頼をしても、「誰も来ないですよ」と返されてしまった。学校や社会福祉団体などを通してのチラシ配布も難しいという反応だった。

そこで手法を変え、Twitterで「#就学援助」「#ひとり親」など検索し、該当する方1人ひとりに個別のダイレクトメールを送ってプロジェクトの紹介をしたり、ひとり親家庭を支援する「認定NPO法人しんぐるまざあず・ふぉーらむ」(東京都千代田区、代表 明石千衣子)のメルマガで取組みを紹介してもらうなどした。なるべく直接つながる方法を模索し、情報を拡散していくことで、97台の枠が埋まった。

生活困窮世帯のリアル

まず実施したのは、キッカケプログラムに申込があった各家庭への、電話ヒアリング。1件ずつ、丁寧に状況を聞いていく。申込があった家庭の多くはひとり親家庭だった。このコロナ禍で家庭内のストレスは高まり、いつ限界がきてもおかしくないくらいぎりぎりの状態。しかしこういった状況は当事者か、その直接的な支援者しか知らない。ヒアリングを担当したカタリバパートナーの芳岡はこのように語る。

芳岡:「困窮と一口に言っても、家庭によって本当にいろいろ複雑な事情を抱えています。保護者が非正規雇用で収入が激減・またはゼロになったという方。日中から夜間もダブルワークしなければならないが子どもを一人にしてしまう罪悪感に苛まれているという方。精神疾患や長期入院で身も心も家庭もボロボロだという方もいました。DV被害から逃げるように家を出て、やっと母子支援施設で生活が落ち着いたころにコロナで子どものストレスを親が受け止めきれないということも。

そんな中でも、子どもたちに何かしらの教育機会を、どうにかして与えたいと思った方がキッカケプログラムに申込をしてくれたという印象です。

ヒアリングを通じて、家でPCなどの端末を立ち上げネットに接続でき、使いたいように使うことができるというのは全然当たり前ではないんだ、ということを痛感しました。格安Wifiを契約しようと思ったけれどもクレジットカードがないと契約できず断念したという方や、昔中古のパソコンを買ったけどつなげ方がわからず放置しているといった場合もありました」

 


カタリバパートナー 芳岡千裕(写真左下が芳岡、キッカケプログラムスタッフの打合せの様子)

京都府出身。同志社大学、スタンフォード大学を経て、2012年にNPOカタリバへ入職。被災地支援の放課後学校「コラボ・スクール女川向学館」創設期の教育活動、マイプロジェクト事務局の立ち上げを経て、2015年から河合塾で新指導要領を踏まえたプログラム開発を担当。2019年よりカタリバパートナーとして広報、ハタチ基金、キッカケプログラムを担当。

キッカケプログラムに申し込んだ保護者からは、こんな声が届いている。

『マスク、アルコール、トイレットペーパー等に翻弄させられて、食費が少なくなり、私はほとんど食事をしていない日々が続いています。この上にパソコンやWi-Fi等を揃える余裕はありません。 助けて下さい。どうぞ宜しくお願い致します。』

『母子家庭で生活が困窮しているため、仕事を休むことができず、不安で一杯です。そんな折に経済的格差なく均等な機会を与えている本プログラムを知りました。大変ありがたい制度です。』

『オンラインの課題が(学校から)出ていますが出来ずにいます。それに加えて、学習意欲のある子ですが、設備を準備する金銭的な余裕がなく、オンライン学習を我慢させている状況です。 スマホも持たせて いないため、コロナ禍で友達との関わりもなくなり、話し相手がおらず心配しています。』

カタリバは、早急にPCとWi-Fiの発送の手配を・・と急いだ。

しかし当時、世間は一斉にリモートワークモードに入ったところ。全国、いや全世界でPCやWifiの需要が高まっていたために、どこも在庫不足。子どもたちに届けるPCを入手するには時間がかかった。ひとまず先行して手に入った15台を、兄弟姉妹が多い・乳幼児がいる・虐待不安を抱えている・学校からPCなどを用意するように言われているなど、より優先度の高い家庭に送付した。

保護者支援の重要性

5月から、先行してPCを届けた家庭に、PCの立ち上げ・ネット接続のサポートに加え、子どもとのオンライン面談を週1回、定期的に実施した。1週間どのように過ごしたか、カタリバオンラインの学習プログラムやコンテンツを利用してみたか、やってみてどうだったか、来週一週間の目標は何にするか、興味あること・やってみたいことなど・・子どもとカタリバのスタッフがzoom上で対話する。

オンラインでも何度か会うことで仲は深まっていく

3週間ほどたち、オンライン支援の難しさのポイント2点が明らかになってきた。1つ目は、送られてきたPCやWifiの立ち上げ~接続まで、子どもの傍にいる大人のサポートが必須だということ。2つ目は、子どもとのオンライン面談だけでは、状況を正確にとらえ、適切な学びの機会につなぐ難易度は高いということだ。低学年であるほど、自分の気持ちや置かれている状況を言語化し説明することが難しい。

そこでこの支援は、子どもの一番近くにいる「保護者」とどうつながるか?がキーだと考えた。

保護者と子どもの学びや成長について対話し、目線を合わせながら子どもを学びの機会に誘い出す。さらには、少し時間をかけて保護者と信頼関係を築いていければ、何かあったときに利害関係のない第三者に保護者自身が相談できる、というセーフプレイスにもなるのではないか。保護者にとって閉塞感のある子育てや生活でたまったストレスや不安のガス抜きのような役割も果たせるのではないかという期待もあった。こうして、保護者と子ども両者へのオンライン伴走支援構想が生まれ、実働に向けて準備されていった。

6月になるとようやく97人の採択者へ渡せるPCが手元に届き、カタリバの高円寺事務所では、100台のPCが着々とセットアップされていく。子どもたちが安心安全に利用するためのシステムを1台ずつ手作業で設定していくのだ。職員からボランティアまで、「一刻も早く子どもたちに届けたい」その一心で昼夜を問わず作業が進められた。そして6月下旬、ついに全国97人の子どもたちにPCとWifiが発送された。

多くの人の協力によって実現したPC&Wifiの無償貸与、子どもたちの手に届け!

同時に取組みを始めたプロジェクトに、「つながるカタリバごはん」がある。都内の提携飲食店に受け取りに来れる生活困窮世帯を対象に、お弁当を月2回、無償で配布する。お弁当を取りに来た保護者の中には、目に涙を浮かべて自身の家庭状況をこぼす姿も。お店で直接弁当を手渡した今村が話をきくと、本当に切羽詰まった状況の中で生活をしていることがわかった。

栄養・ボリューム満点のお弁当を子どもたちに食べさせた保護者からは、「こんなにいいごはんを子どもに食べさせる機会がなかった」「子どもたちはダイナミックなお肉に大喜びで、ペロリでした」といった喜びの声が届いた。この弁当配布を機に、保護者・子どもとのつながりをつくり、キッカケプログラムなどの教育支援につなげていくことを目指している。

一人一人にお弁当を手渡すカタリバ代表の今村

これまでの教育や社会が取り残してきた、困窮世帯の子どもたちの 外からは見えにくかった格差や課題は、コロナ禍によってあらわとなった。カタリバは、3月4日からZoom上にオンラインの無料の居場所「カタリバオンライン」をオープン、生活困窮世帯へは「キッカケプログラム」を通じてパソコンやWi-Fiを貸し出し学習支援をしたり、子どもと保護者にお弁当を配布するなどして、窮状をできる範囲でサポートしてきた。しかし、子どもたちへの支援は早急に拡大していく必要がある。

これまでの取組みを進化させ、まなびのチカラで貧困の連鎖を断ち切れる社会を目指した大きな運動に発展させようと、6月22日に『あの子にまなびをつなぐプロジェクト』を立ち上げた。

「困っている子どもを誰一人とりのこさず、学習機会やサポートを届けたい。貧困の連鎖が拡大していくのを止めたい、それが教育の役割なはず。」そんな想いに共感し志を共にする、教育関係者や著名人やアスリートの方々に、設立発起人になっていただいたり、チャリティ企画やプログラムへの協力をもらう。クラウドファウンディングにも取組み、このプロジェクトに寄付をするという参画の仕方もつくっている。

『あの子にまなびをつなぐプロジェクト』オンライン記者会見の様子 

こうして始まった、『あの子にまなびをつなぐプロジェクト』。コロナ第二波が到来したと言われる今、オンラインの支援でどこまで子どもたちや家庭を支えられるか、この挑戦は始まったばかりだ。

*あの子にまなびをつなぐプロジェクトの概要を詳しく知りたい方はこちら

*パソコン機材のご寄付のお申しでをありがたくも複数いただいておりますが、子どもたちのオンライン上の安全や遠隔で技術面サポートをすることができる、Chromebookを選定しておりますこと、ご了承いただけますと幸いです。


 

本プロジェクトのクラウドファンディングを8月31日(月)午後11時まで行っています。応援いただける方はぜひご協力をお願いいたします。
プロジェクトページ:https://readyfor.jp/projects/manatsuna

■設立発起人
研究者として、国際大グローバル・コミュニケーション・センターの豊福晋平さん、慶應義塾大学の中室牧子さんにもプロジェクトに加わっていただき、エビデンスベースの調査を始めています。鳥取県情報モラルエデュケーターの今度珠美さんには、ネット依存にならないための研修をお願いしました。

学びのプログラムは、神野元基さんとAIドリル「キュビナ」、水野雄介さんとプログラミング教育「テクノロジア魔法学校」、山田貴子さんとオンライン英会話「WAKU-WORK ENGLISH」、高橋歩さんとWorld Friendshipで連携します。

プロジェクト推進上の総合的アドバイスは、山崎大祐さん、中原淳さん、酒井穣さん、小泉文明さん、竹下隆一郎さんにお願いし、村上財団の村上絢さんにはマッチング寄付で協力いただいています。

■ドリームサポーター
ドリームサポーターには、子どもたちに対するオンラインプログラムなどを実施したり、クラウドファンディングの返礼品のデザイン等を、ボランティアでサポートいただいています。

為末大 さん(元陸上選手)・一青窈さん(歌手)・丸山敬太さん(ファッションデザイナー)・MEGUMIさん(女優)・山口絵理子さん(マザーハウスデザイナー)・ 安宅和人さん(慶應義塾大学教授・シンニホン著者)など



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Writer

長濱 彩 パートナー

神奈川県横浜市出身。横浜国立大学卒業後、JICA青年海外協力隊でベナン共和国に赴任。理数科教師として2年間活動。帰国後、2014年4月カタリバに就職。岩手県大槌町のコラボ・スクール、島根県雲南市のおんせんキャンパスでの勤務を経て、沖縄県那覇市へ移住。元カタリバmagazine編集担当。現在はパートナーとしてオンラインによる保護者支援や不登校支援の開発を担う。

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