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令和2年7月熊本豪雨「スピード重視の支援が数年後の子どもの未来を変える」コロナ禍に取り組む災害支援

vol.160Report

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category #活動レポート

writer 長濱 彩

7月4日未明から熊本県南部を襲った豪雨は、県内最大の球磨川水系13箇所を氾濫・決壊させ、多くの家屋・土地を飲み込み、住民の生活を一変させました。被災した子ども達の中には、生活用品・学用品の一切を流された子もいます。「水害」の後に待つのは猛暑の中の重労働「泥かき」と、生活再建に奔走する親の裏で居場所を失う子どもたちの存在です。

水害は泥が堆積する

カタリバはこれまでの西日本豪雨(平成30年)や台風19号(令和元年)の水害支援経験から、一刻も早く子どもたちの置かれている状況を把握し、支援を始めることが必要と判断。発災の翌日には現地在住のパートナーを中心とした緊急調査チームを立ち上げ、2日後には現地調査をスタート。5日後には避難所内に子どもの居場所を開設し、現在は3か所で運営しています。

コロナ禍で様々な制限が課される中、スピード重視で立ち上げ、少し無理をしながら始めた今回の支援の裏側には、2016年の熊本地震からの学びがありました。発災から立ち上げ、そしていま、現場はどのような状況なのか、レポートします。

スピード重視の
居場所立ち上げ

令和2年7月4日未明から九州地方に降り続いた集中豪雨の影響により、熊本県南部を流れる県内最大の球磨川が各地で氾濫。国土地理院の浸水推定図によると、球磨村渡地区では最大9メートルの深さまで浸水したと言います。ニュースを聞いたカタリバスタッフは4日の夜に打ち合わせ、現地在住のパートナーを中心としたニーズ調査を行うチームを立ち上げました。

チームの中心に立つのは、カタリバパートナーの「井下友梨花」。2016年の熊本地震を機に同県益城町へ移住し、以降カタリバが運営する仮設住宅での学習支援の責任者を務め、現在は町の地域おこし協力隊として教育委員会に籍を置き、益城町の子どもたちへの継続的な活動を行っています。

カタリバパートナー 井下友梨花 大分県佐伯市出身、熊本県益城町在住。北海道大学農学部卒。2012年、リクルート(現リクルート住まいカンパニー)入社。クライアントとの対話の中で、「場所のポテンシャルは、意志ある人の数」だと感じ、2016年6月カタリバに転職。熊本県益城町へ移住し、コラボ・スクールましき夢創塾、大分大学カタリバを担当。2019年よりNPOカタリバパートナー。現在は熊本豪雨の支援で現地入りし活動中。

そんな最中に起きた今回の熊本豪雨。気象庁によると平成30年の西日本豪雨を超える雨量が観測されているとのこと。さらに今回は「コロナ禍での災害支援」という難しさも加わりました。県外からの移動がしづらい状況を鑑み、県内に在住する井下が現地で手や足を動かし、その情報から全国のスタッフがリモートで支援をするという体制が築かれました。

緊急調査チームが始めに向かったのは甚大な被害を受けているという人吉市。しかし、高速道路の通行止めにより6日は現地入りを断念。人吉市の手前の八代市と芦北町で状況ヒアリングと県教育委員会に連絡をとり、情報交換を行いました。翌日には高速道路も開通し、人吉市の避難所2カ所を訪問。保護者に状況を聞くと、やはりこれまでの水害時と同様、子どもの預かり支援へのニーズが高く、夜不安で眠れないなど子どもたちへの心のケアも必要であることがわかりました。

教育委員会と打ち合わせをする緊急調査チーム(写真奥左側が井下)

井下:「私は2年前の西日本豪雨の際、泥かきボランティアに参加したのですが、想像以上に泥かきって大変で、人数も少ないと1日に進められるのも本当にごく一部で。しかもこの猛暑の中、気力も体力も奪われるしんどい作業なんですよね。危険も伴うので子どもたちには避難所で待っていてほしい、でもゲームやSNSで一日つぶしているという状況も歓迎できない・・という困り感を抱えている保護者さんがたくさんいました。」

チームはすぐさま人吉市教育委員会を訪問し、集めた情報を共有。「すぐにできること」を模索しながら、学校や避難所と連携し、発災から3日後の7日には避難所内に子どもの居場所を作る方針が決まりました。開設までのスピードが、過去カタリバが行ってきた災害支援の中で最も早かった経緯について、井下はこう話します。

井下:「カタリバのこれまでの水害時の支援経験がとても活きていて、居場所開設までの困難はほとんど感じずにことが運びました。私は普段熊本県の益城町で働いているのですが、県教委に顔がきく方がいて、すぐに話を通してくれて。県教委から市教委、学校、避難所という順番でどんどん決まっていきました。誰から話をすると早いとか、このあとはこれという道筋が経験から見えていたのが大きいと思います。スタッフ同士の認識が揃っていたことも大きかった。とにかく一刻も早く子ども達に居場所を届けるために意思決定が迅速だったのはとても良かったです」

居場所開設の準備を進める井下

ただ、その中でも「コロナ禍である」ということが新しい壁だったと井下は言います。平時であれば全国から支援の手が差し伸べられ、週末・連休には泥かきボランティアがあふれる・・という状況です。しかし、今回は県として外からのボランティアを受け付けていないこともあり、居場所の運営スタッフも県内から募集しなければならず常時不足、報道陣も自粛傾向にあるため情報が外に伝わりづらいなど、カタリバにとってもどのように支援をするか改めて模索しなければならない状況でした。

3ヶ所で開いた
みんなの遊び場
「カタリバ・パーク」

人吉市に隣接する人口約3,800人ほどの村「球磨村」の小中学校は7月末までの休校が決定し、土日だけでなく平日の子どもの居場所が必要とされました。最初に立ち上がったのは、発災から5日後の9日、人吉市内の約700名(7/7現在)が避難する人吉スポーツパレスの施設の一部を借りた「みんなの遊び場『カタリバ・パーク』」です。朝8時~夕方5時まで、子どもたちが自由に遊んだり学んだりすることができます。

井下:「子どもたちからは、『夜不安で眠れない』『体調が優れない』といった心身の健康状態への影響や『コロナの休校と今回の豪雨で受験が心配』といった学習面への不安が出てきていました。スピード重視で開設したこの居場所では、毎朝の健康チェックに加え、リラックスして過ごせる時間や個別に話をする時間を作ったり学習スペースを確保したりするなど子どもたちが安心して過ごせるように日々改善を重ねています。子ども達が笑顔で帰ることで保護者さんたちの疲れやストレスを少しでも緩和できたらいいなとも思っています」

朝のサークルタイムで子どもたちの健康チェックを行う様子

13日からは閉校した高校の剣道場で、16日からは人吉第一中学校の武道場で居場所が開設され、現在も毎日50人前後の4才~高校生が利用しています(人吉スポーツパレスは土日祝のみ運営)。これまでのノウハウがあるとはいえ、今回の居場所運営では、感染症対策、熱中症対策、人手不足の3つのハードルがあると井下は言います。

井下:「感染症予防のためにソーシャルディスタンスを保った遊びや、1時間ごとの消毒タイムなどを設けています。限られたスペースでできるだけ密を避けながら、子どもたちにはいっぱい体を動かしてほしいと思っています。また、マスクをしながら喚起のため窓を開け放していますが、外は連日30度を超えているので、熱中症にならないようにエアコンを利かせるなど空調管理や子どもたちの健康管理にも気を配っています。最も大変なのは人手不足です。県内の限られたボランティアの方々に協力を頂きながらなんとかやってきましたが、正直運営側もそろそろ体力的に限界が来ています。早く現場の体制を整えて安定した運営ができるようになるといいのですが・・」

人吉スポーツパレスに集まり過ごす子どもたち

そんな人手不足を感じている現場ですが、リモートスタッフの存在に助けられていると言います。県外にいるスタッフが毎朝夕、現場スタッフと電話で情報交換し、遠隔で現地の情報の整理や必要な支援物資の手配などに奔走。さらには、球磨村の学校の先生たちも、ローテーションを組んで子どもの支援に来てくれています。顔なじみの先生たちに会えることで、子どもたちの安心づくりにも役立っているようです。

4年前の熊本地震
からの学び

熊本地震で被災した子どもたちの支援を4年前から続けてきた井下は、今回の水害支援とは明らかな違いがあると語ります。

井下:「コロナ禍という前提の違いはもちろんありますが、それ以前に『水害』と『地震被害』は異なる部分があると実感しています。水害って『流される』んですよね。物理的にものがなくなってしまう。地震だと思い出の品や生活用品、衣類なんかも『探せばなんとか出てくる』こともありますが、水害は全部流されている。被災者にとってその違いはすごく大きいです。片付けの手間も段違いで、まずは泥をどかすことから。保護者のストレスも負担も高まるので、水害時に子どもを預かるって本当に大事だなと痛感しています」

被災直後に安心して過ごせる居場所があるかないかが子どもの心身の健康に影響する

今回スピード重視で居場所の開設を行ってきた井下ですが、その重要性は、熊本地震からの学びにあるといいます。現在益城町教育委員会では、不登校生徒が増加。その裏には、熊本地震直後の子どもの居場所支援の遅さが影響しているのではないかと語ります。

井下:「地震が起きてからカタリバが実際に支援を始めたのは1か月後からでした。その2ヶ月間は子どもたちにとって大人が思う以上に長く、負担も大きかったのではと想像しています。親が不安定な間は子どもが我慢せざるを得なく、ある程度親が安定してくると、逆にそれまで我慢していた子どもたちがPTSDなどを発症し、学校に行けなくなる、という事例が増えています。とにかく発災後の不安な時期を少しでも減らすことが数年後の彼らの未来を変えることにつながるのではないか。これが今回スピード重視で居場所運営をしている理由のひとつです」

井下率いる支援チームは、子どもたちの支援をする傍ら、球磨村のような地方の小さな村が、水害があろうと、子どもたちが誇りをもって「球磨村っていいよね」と思えるような、強く自分の未来を切り開いていけるような支援をどのようにしていくか、今まさに語り合いながら、支援活動を続けている。


 

令和2年7月熊本豪雨のご支援・ご協力について

子どもたちの支援活動を続けるために、寄付やボランティアなどご支援・ご協力をお願いいたします。

●寄付で応援する
今回の活動を目的とした、緊急支援募金の受付を開始しております。一人でも多くの子どもたちを支援するために、みなさまのご支援・ご協力をお願いいたします。

ご寄付はこちらから

●寄付以外のご支援方法
1.Amazonから必要物資を支援する
必要な物資の支援をしてくださる方を募集しています。Amazonで必要物資のリストを公開しておりますので、ご支援いただける方はぜひAmazonからご支援をよろしくお願いいたします。
https://www.amazon.co.jp/hz/wishlist/ls/2AH8RUKA7TX08

2.熊本県内限定 ボランティアとして活動する
熊本県内にお住まいの方で、子どもたちと遊んでくれるボランティアを募集しています。
https://forms.gle/aczjNFvBzxXmgZWe7

 

Writer

長濱 彩 編集担当

1988年生まれ。神奈川県横浜市出身。横浜国立大学卒業後、JICA青年海外協力隊でベナン共和国に赴任。理数科教師として2年間活動。帰国後、2014年4月カタリバに就職。岩手県大槌町のコラボ・スクールで数学を担当。小学部、適応指導教室の立ち上げにも携わる。第一子出産を機に島根県雲南市のおんせんキャンパスへ異動。不登校支援を行う。第二子出産と夫の転職を機に、沖縄県那覇市へ移住。2019年5月~復職し、在宅でカタリバmagazineの編集を行う。

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