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熊本豪雨から4ヶ月。災害支援の鍵となる、現地への引き継ぎ

vol.174Report

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category #活動レポート

writer 編集部

7月4日の発災から5ヶ月が経とうとしている、熊本県の豪雨災害。最近ではテレビの報道も減りましたが、それは決して被災地の復旧復興が完了したからではありません。

今でも被災地では、冬を目前に焦る気持ちを抑えながら、片付けや泥かきをしている人がいます。手狭な仮設住宅で必死に受験勉強に励む子どもたちがいます。

11月下旬になってもなお、くま川鉄道の線路の電柱は倒れたままになっている

カタリバがメインの活動拠点としていたのは、人吉球磨地域。特に、人口約3800人の球磨村は被害が大きく、多くの子どもたちが住む場所を失いました。現在は、避難所から仮設住宅に移られる方が増えるなど、徐々に落ち着きを取り戻しつつあります。

その一方、損壊した家屋の解体ができていない地域もあります。不安定な生活やショックで心のケアが必要な子どもたちもおり、復旧・復興には長い年月を要する状態です。

カタリバは、毎年のように自然災害が起きている状況を鑑み、次の現場に駆け付けられるような体制整備と平行しながら、なんとか復興支援を継続することができないかと考え、地域の人たちに活動を引き継ぐことで持続可能な支援の実現を目指すことになりました。

コロナ禍での初めての大きな自然災害に対して、現場はどう向き合い、どう引き継いでいったのかそのプロセスをsonaeruチームの戸田がレポートします。

容易ではなかった
コロナ禍での災害支援

カタリバは、東日本大震災(2011年)・熊本地震(2016年)などの災害でも、被災地の子どもたちに対して中長期の支援を行ってきました。2019年8月には、自治体・企業と事前にアライアンスを組んでおき、セクターを越えたスムーズな連携、迅速な子どもたちの支援ができる仕組み、災害時子ども支援アライアンス「sonaeru」が誕生しました。

その2ヶ月後に起きた東日本台風(台風19号)では、過去の経験を活かして災害発生時に迅速な支援を子ども達に届けることができましたが、コロナ禍における被災地支援では、これまで得たノウハウを活用できない場面も多々ありました。

通常であれば、カタリバの各拠点から人を派遣したり都市部からボランティアを呼んだりしますが、コロナ禍においては、現地の医療資源的な観点から、県外から人が入ることが難しかったのです。常駐して子ども支援をしていた団体は、私たちが知る限りカタリバを除いてほとんどなく、これまでの災害と比べて直接子どもを支援している団体が極端に少ない状態でした。

復旧の見通しがたっていない崩落した橋。右側に見えるのは、上流から流されてきた赤い鉄橋。

カタリバは、地域の人に有償スタッフとして動いてもらうことで初動のスタッフをいちはやく確保し活動を行うことができましたが、それを現地の人に引き継いでいくことは、容易ではありません。

人吉球磨地域は、アクセスが良いとは言えず、県内の団体といえども簡単に通うことができません。JR肥薩線は今も復旧の目処が立たず、道路も限定通行の状態。ハード面の要因も重なり、引継ぎ先探しは難航しました。

地元団体への引き継ぎと
自立サポート

そんな中で引き継ぎ先として見つかったのが、「多良木キッズサークル」。10年ほどの休止状態を経て、今回の豪雨災害をきっかけに活動を再開された団体です。

被災エリアの近隣に住む代表の吉村さんは、発災初期から、主に子ども用品の支援物資を集めて被災者に送り届けるなど、きめ細かい支援活動をされていました。その後、カタリバが旧多良木高校避難所で支援活動している際に出会い、以後ボランティアとしてカタリバの活動に参加してくださっていました。

多良木キッズサークル代表・吉村さん。まだ水道の水が飲めないエリアの家庭に飲用水を届けたり、子ども支援以外の活動も行っている。

私たちが活動を引き継ぐ上で大切にしていることは、2つあります。それは、「目線合わせ」と、「自立サポート」。たとえ活動を引き継ぐ先が見つかったとしても、カタリバと考え方が大きく違う方々に引き継いでしまうと、子どもたちも戸惑ってしまいます。そういったことが起きないよう、ともに活動する時間を大切にし、支援の目線合わせを十分行ってから引き継ぐようにしています。

また、せっかく引き継いでも、行き詰まってしまい活動できない状態になってしまっては意味がありません。支援のノウハウはもちろんのこと、カタリバが現地で築いてきた行政や地元住民との関係性も引き継ぎ、引き継ぎ先の団体が自立できるようサポートしています。

球磨中学校で行っていた受験生向けの学習支援についても少しずつ引き継ぎを進め、今後は熊本県教育委員会と球磨村教育委員会、熊本大学が協力して行うことになりました。

今もなお遊び場が少ない
子どもたち

11月に入った今でも、毎週20名ほどの子どもが拠点に遊びにきています。元気いっぱいに走り回る子がいる一方、未だに感情がうまくコントロールできず、心が安定しない子もいるのが現状です。その上、近くの公園には仮設住宅が立つなど子どもが安心して遊べる場所は少なく、まだまだ支援が必要だと感じざるを得ません。

季節が変わり、新たに出てきた課題として「暖房」設備の問題があります。冬が近づく人吉球磨は日ごとに冷えが増してきており、暖房がない空間で一日過ごすのは難しい状態です。

活動拠点である体育館に設置されている暖房を利用しようとすると、多額の費用がかかってしまい、使用できないことがわかりました。そこで、既にカタリバが連携している企業に相談し、蓄電池とソーラーパネルをお借りして必要な電気を自家発電できるようにし、持ち込みの暖房器具を使えるようにしました。

多良木キッズサークルが名付けた新しい子どもの居場所「ASOBIBA」

また、引き継ぎのタイミングでお別れするスタッフもおりましたが、地元のボランティアは引き続き多良木キッズサークルの活動に参加してくださっています。スタッフの一人だった宇佐美さんは、今回の支援活動をきっかけに、被災した球磨村の小学校で先生として勤務することになりました。

子どもを支える人が
地域に増えていく未来を目指して

カタリバの支援が形を変えて被災地で続いていく。これは、私たちが描きたかった未来の一つです。

現地への引き継ぎは、ある意味では現地に入るときよりも、手間がかかります。それでも私たちがこのプロセスを大切にしているのは、「復旧復興のその後」を見据えているからです。

人吉球磨地域は、決してNPOが多い地域ではありませんでした。特に子ども支援系のNPOは数えるほどしかなく、教育資源も十分整っているとは言えません。

今回災害によって生まれた活動を引き継ぎ、ノウハウを提供して自立をサポートすることは、この地域で子どもを支えようとする人を増やすことに繋がります。それはやがて、今はまだ見えない困難を抱える子どもを支えることに繋がると思うのです。

公園などの遊び場は減ったけれど、校庭で遊ぶ子どもたち。

今回、被災地支援を引き継ぐことになった多良木キッズサークルの吉村さんも「これをきっかけに、生活再建が落ち着いても継続して子どもやママの支援活動を行いたいと思います。災害の影響がなくなったとしても、困っている人は常にいるから続けたいです」と話してくれています。

災害で受けた傷は大きいけれど、これをきっかけに現地で子どもたちを支える居場所が生まれていく。子どもたちや大人たちが手を合わせて災害を乗り越えていくためのサポートを、これからもカタリバ sonaeruチームでは行っていけたらと思います。

 



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Writer

編集部 編集部

KATARIBAMagazine編集部が担当した記事です。

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